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第4章 繋がる温もり
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しおりを挟む出会ってから、ずっと、ずっと好きだった。
全てのことを諦めていた達貴は、見ているだけで良いと思っていた。毎日少し話すだけで十分だと思っていた。
だけど、どうしても彼女を諦めきれなかった。
ものすごく欲しくて、彼女の中で異性として映りたい、男になりたいといつしか思うようになった。
この手で繋ぎ止めたい、腕の中に閉じ込めたい。
───…………どうか、お願いだ。
俺を拒まないで、俺の思いを受け止めて。
最後の、きっと最初で最後の願い。
それを胸に、達貴は彼女を呼び出し、大半が蕾である桜の木の下で俺は彼女と対峙していた。
あの出会いの日のように、桜が舞い散るとはいえないどんよりした曇り空の下、彼女を見つめる。
限られた時間になるかもしれない不安の中、気持ちが溢れ止められない。いろんなことを考える余裕がなくなっていく。
好きで、好きで、好きで、手に入れたい。
それだけだった。
心の中でずっとこみ上げる思いを、願いを、叫び続けている。
達貴は彼女の手を握り、懇願するように見つめた。
『…………俺が死ぬまで、付き合ってくれ』
気持ちのままに告げた言葉は、健康な男の告白ならば、それはプロポーズだ。
だか、達貴のこれは残酷な告白にすぎない。
わかっているが、もう一秒でも彼女のそばにいたいという欲求を抑えきれなかった。
俺というものを、刻みつけたいと思ってしまった。
達貴がこうなって、母が隠れて泣いているのを知っている。受け入れてくれた後にくる悲しみを思うと申し訳ない。
わかっていても、もう、達貴はそう願わずにはいられなかった。手を伸ばさずにはいられなかった。
彼女を掴んだ手が震える。
ただの告白にしては尋常ではない達貴の動きに、彼女は小さく目を見開き、ただ達貴を見つめる。
毎日、毎日、目で、声で、そばで、言葉に出さずとも俺は彼女が好きだと伝えてきた。
叫び出す心。
触れたいのに触れられない。
名前を呼びたいのに、呼ぶと心に占められるものが爆発しそうで怖い。
敏い彼女はやはり気づいていたのだろう。
そして、俺の抱えるものにも明確にはわからなくても何かはあると感じていたような気がする。
それでも、伸ばしてしまった手は、彼女の名前を口にしてしまった今では、引き返せないほど気持ちが溢れ出ていた。
───……一緒にいたい。
それだけの気持ちが、胸を締める。
俺の人生は俺のものだ。彼女の人生は彼女のものだ。
どうか俺とその人生の一部でもいいから共有してくれ、巻き込まれてくれ。
君の時間を、俺に分けてくれ。
達貴は切実に、切実に願い、受け入れられるとしまいには涙を流していた。
そうして付き合いだした日々は、宝箱がひっくり返ったかのように、愛おしさとともに抱きしめたく思い返すとキラキラとまばゆい日であった。
毎日がそうした優しく穏やかな思いばかりを抱えていたわけではないが、思い返すのは見上げて微笑むことができるような思い出ばかりだ。
ずっと出会ってから特別だった。
彼女の何が、とかなんてこと細かく説明なんてできない。
何が、どうとか今では些細なことだろう。
あの桜の木の下で見た瞬間、視界が開け、言葉を交わし胸に響いた。
それが惹かれるということで、恋をしたということなのだと思う。そして、今は彼女は俺のものだ。
独占欲という、ただのわがまま。
主張したいだけで、彼女の時間は彼女の時間であり、でもそれを共有できて、優しい気持ちと愛おしい時間と、時に狂うほどの熱に包まれることを許されると主張したくなる。
ただただ存在が愛おしく、誰にも取られたくなく、一緒に過ごしたくなって、くっつきたくなる。
大事に大事にしたいのに、もっと触れたいと思う衝動が抑えられない。繋いだ手だけではなく、身体を抱きしめたい。
静香の全てをこの目に焼きつけたい。そして、自分を焼きつけたい。
どこもかしこも溶け合うように、くっついて混じり合いたい。時を意識しなくていいように、全てが混ざり合えればいいのに。
それは、許されるのだろうか。
いつまで持つかわからないこの身体が、明らかに以前より悲鳴を上げていた。目に見えない心臓がうまく血を送ってくれない。
これだけ胸に思いを抱えているのに。
もっと、もっと、もっと生きたい。触れ合いたい。
──────どうして俺がっ。
家族を泣かせたくない。この病が発覚してからたくさん付き合わせ、心配かけさせている。
もらった時間の分、割いてもらった気持ちの分、家族のためにも最後はそれに報いるような身体になりたい。
そして、大丈夫だと安心して静香に手を伸ばしたい。先があると、誰もが当たり前のように考える日常を見せてあげたい。
それなのに、心臓は悲鳴をあげる。
彼女がこの先に別の誰かと過ごす未来を考えるだけで、嫉妬で狂いそうだ。誰にも取られたくない。俺が幸せにしたい。
そう思うのに、泣かせる未来が目の前に広がる。
悔しい。悔しくて、これだけ苦しいのなら心臓を取り除きたかった。
それを思いに変えて、見せて知って欲しかった。
好きなのに、泣かせたくないのに、俺が抱きしめていたいのに。
手術すると決めた晩、達貴は声を堪えて泣いた。
手術を受けるしかなく、成功してくれと願いながらやっぱり怖くて。
もしそこで命を落としてしまうなら、何もせず少しでも長く時間を過ごしたい。
そう思って何が悪い。
寝ている間に命を落とすかもしれない。それが一番怖かった。でも、成功を夢見る。長く生きられることを夢見る。
目の前の彼女が、焦がれた彼女が、手を伸ばして手に入れた彼女が、達貴を見つめる。
「待ってるから」
「ああ」
じっと食い入るように見つめる静香が、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「本当に待ってるからね」
「待ってて」
「待ってる。だから、また、ね」
「うん」
小さく頷くと、点滴で繋がれていない方の手を静香はそっと握ってきた。達貴もその手に指を絡め、約束するように力を込める。
また何も言わずじっと見つめながらも安心させるようにか微笑む静香に、達貴は力強く頷いた。
彼女の手を離したくないなら、やるしかない。家族を泣かせたくない。何より、自分がまだ生きたい。
そして今、家族とも離れ手術室に向かっていた。
達貴は手術台に乗って麻酔を受けるまで、ずっとずっと思う。
麻酔を嗅がされ、意識が遠のく。
────────生きたい……。
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