上 下
43 / 63

かけがえのない友人 *sideラシェル④

しおりを挟む
 
 騒がしく異物でしかなかった義母たちが連れて行かれ、侯爵と自分たちだけが残る。
 はぁ、と大きく息を吐き出したアンドリューが真意を測るようまっすぐに侯爵を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
 
「それでどのような処罰をされるわけで? 他家のことに口を出したくはありませんが、ラシェルは私の側近なので。彼を長い間虐げてきた彼女たちにはそれ相応の罰を願いたいところです」
「わかっております。お手を煩わせて申し訳ありません」
「そこは私にではなく、まず息子であるラシェルに声をかけるべきではないですか?」

 無駄に爽やかににっこりと笑顔を浮かべてアンドリューが告げると、侯爵はぎこちなくラシェルに視線を向け、ぎゅっと手を握りしめると小さく謝罪を口にした。

「……すまない」
「……いえ」

 侯爵らしいと思う。それになぜか安心さえもした。

 ここで言い訳をされても、過去に起きた事実は変わらないし、植え付けられたものの折り合いが変わるとも思わない。
 かといって、今までの正反対の態度で寄り添おうとされても困っていただろう。放置していた当事者にそうされたところで、今更との気持ちも強くなりそうだ。

 許すも許さないもない。義母たちさえいなくなるのであれば、今はそれ以上のことはもうどうでも良かった。
 だけど、周囲のほうがそれでは気が済まないようだった。オズワルドが冷え冷えとした声で、侯爵に提案する。

「それだけですか? 事情がおありなのかも知れませんが、ラシェルの受けてきたものは決して侯爵様を許したとかではありませんから、そこのところをお間違いないようお願いいたします。適当に手を打っておこうなんて生ぬるいことは言わないですよね?」
「わかっている」

 侯爵はゆっくりと頷いた。
 家の身分はオズワルドのほうが上とはいえ、十代の若造に言われるのは気分が良くないだろうが、侯爵は特に気分を害した様子はない。

「それは良かった。体力があり余っているようですので、彼女たちは鉱山で仕事をしてはどうかと思います。いくつか理想的な場所がありますのでどうでしょう?」
「修道院ではなく鉱山か」
「はい。そこでどのように扱われるかは知りませんが、あのような者でも役に立てる仕事はあると思いますよ。ラシェルへの贖罪の気持ちがおありなら、なるべくここから遠くの場所で、二度と地上に顔を出さないようにしていただきたい。後ほど、候補資料は送らせていただきます」

 だから、地上って。
 鉱山には犯罪者がよく労働力として送られる。もとは貴族の令嬢である義母と義姉がそこでの労働に耐えられるとは思えないが、修道院に行っても謙虚とは無縁な義母たちは迷惑をかけるだけのような気がする。
 実質的な労働力と言うよりは、男たちの相手をする可能性も含めての提案なのだろう。どちらにしろ、そこに待っているのは地獄である。

 犯罪者たちと一緒にとまでにはならないだろうが、それを侯爵が決断し、義母の実家も良しとしたのなら、実行されてしまうのだろう。
 ラシェルはこれでも跡継ぎである。そして王太子殿下の側近。このような形でばれ、家門存続を脅かしていたという点においては、判断次第ではあり得なくもない。
 罰が重すぎるのではとは思うが、年数だとか実際の待遇だとか細かなところは父たちが決めることだ。薄情でもなんでも、ラシェルは口を挟まなかった。

 義母たちがいなくなってアンドリューのもとに戻ったレイジェスとロイジェスは、むっと仁王立ちして侯爵を威嚇している。
 生真面目なレイジェスは、黙っていられないとばかりに口を開いた。

「明らかな元凶はあの人たちでしょうが、侯爵様のそもそもの管理がなっておらずラシェルを追い詰めた。そこの落とし前はどうつけられるので?」
「そうですね。普通ならあり得ないと思います」
「唯一の息子とおっしゃっていたのに、これではあまりにもひどい」

 オズワルドとアンドリューも追い打ちをかける。
 彼らが自分の代わりにそれぞれ怒っていることが節々に感じ取れ、ずっと重たかったものがすこんと払われていく。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...