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とくべつ3

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「食事も美味しかったし楽しかったです」
「ほかにも連れて行きたいところがたくさんあるから、また一緒に行こう」

 近くでラシェルを見ると、笑みを浮かべる金茶の瞳の奥には愛情が浮かんでいる。赤とオレンジの夕日を写しこみ、とても綺麗だった。
 好きが増していると自覚してからは、些細な会話からの約束がとても大きなもののようで、自分に向けられた言葉、双眸、仕草さえも愛おしい。
 特別扱いをしてもらっているとわかるだけで鼓動が高鳴り、それだけで満たされた気分になった。

 ――それで十分よね。

 ラシェルの心を傷つけてしまうのなら、余計なことは言いたくない。
 そのためには、自分の小さな不安は後回しでもいい。

「はい。一週間こっちにいるので、また連絡ください」

 店を出てすぐに繋がれた手からじわりと体温を伝えてくる。その温もりを名残惜しく思いながらも、ルーシーはくすぐったい思いでそう伝えた。
 ちゃんと二人でしたいことがあると聞かされて、それだけで不安だとかが解けてなくなっていく。

 だけど、晴れやかに笑うルーシーに対して、ラシェルの顔は見るからに曇っていく。
 あからさまに眉間にしわを寄せじとりと睨まれ、ルーシーは何に不況を買ったのかわからず、居心地の悪さにかすかに身じろいだ。

「えっ。ちょっと待って。このまま帰っちゃうの?」

 ラシェルのいつもより低い声は苛立ちを際立たせており、ルーシーは慌てて言い訳のような言葉を吐いた。

「だって、今日会おうとだけしか聞いてなかったし、食事してお話したら終わりかと」
「俺はルーと過ごすつもりで、この一週間のためになるべく仕事を減らしてきたよ。最初に会う時間を指定しただけで、お互いに用事がないときは会えるものだと思っていたのだけど」

 むっと拗ねたように言われ、ルーシーは戸惑ったようにラシェルを見た。
 不服を隠さない睨みとともに怒られている最中なのに、当然のように一緒にいるものと思ってくれていたことに、ルーシーは思わずにやけてしまう。

「そうなんですか?」
「もう! そんな顔をされたら怒るに怒れないじゃないか」
「ごめんなさい。そういった話はなかったから、てっきりちょっと会えるくらいなのかと思って。嬉しい……」

 正直に心情を吐露すると、ラシェルが困ったように前髪をかき上げた。
 それから大業に溜め息をつくと、繋いでいた手を離しルーシーを閉じ込めるように腕を伸ばしてきた。

 気づいた時には、ルーシーはラシェルの胸のなかにすっぽりと抱きしめられていた。
 なんだなんだと周囲の視線が集まるが人の多い場所で騒ぐこともできず、ルーシーはそのまま身を任せる。
 なにより、久しぶりの全身で感じる体温と甘すぎない匂い、そして早鐘を打つ心音を聞いてしまってはそこから動く気になれなかった。

「ルー。この一週間、できるだけ夜も一緒に過ごしたい」

 緊張で掠れた熱っぽい声が、頭上から落ちてくる。
 五感のすべてがラシェルへと向かっていく。
 独特の緊張感が漂い、ルーシーはラシェルの心音に急かされるように跳ね始めた心臓を落ちつかせようと、小さく深呼吸を繰り返した。

 恋人と言っても、自分たちはまだ健全な関係である。
 手が早かったラシェルが手を出してこない理由は、彼の過去からいろいろ考えられるし、心の問題は複雑で仲は良いが自分たちの関係は不透明だ。

 卒業後、ルーシーも王都で働く選択肢もないことはなかったが実家に帰ったのもそれもあったからだ。
 王都に残ることで、ラシェルに負担に思われるのも嫌だと思ったのもひとつの理由である。
 だけど、その彼が夜も一緒にと口にした。

 その意味を考えて、ルーシーは小さく頷くと肩口に顔を埋めた。
 心臓が早鐘を打ち続け、顔が火照っていくのがわかり、夕焼けでごまかせていることを願った。

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