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はじめての恋3
しおりを挟む「ええ。でも、私はその優しさに救われました。手を差し伸べて身体を張って助けてくれたのは他でもないラシェル様です。想いを告げられて、応えたいって思う気持ちのほうが強いんです。そんな状態でも良ければお付き合いから。その先のことは二人で話し合っていけばいいのかなって思いました」
「ああ、ルーシー。その潔さ。俺はどうしたらいいんだ……」
どうしたらいいんだって。
「ラシェル様の思うようにされてはどうでしょうか」
「男にそんなことを言ってはダメだよ」
無理強いをしてくることはないと信じているし、彼が望むことを受け入れたいと思う範囲で応えていけば、この気持ちも育っていくのではないかと思っている。
そう告げると、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜて、目尻を赤くさせたラシェルにきっと睨まれた。
「ルーシーは俺を喜ばす天才だね」
「それは良かったです」
そういうところがと、ブツブツと文句のようなことを言い出すラシェルに、ルーシーは苦笑する。
平凡な見た目と普段は地味な服装をしているので大人しく見られているから、ぽんっと発言するとこういうやつだと思わなかったと、生意気だと受け取られることがあると自覚している。
領地ではそれで距離が出来てしまう人もいれば、仲良くなることもあったので、礼儀さえ欠かなければ自分らしくいようと決めていた。
ラシェルは好意的に受け取ってくれているらしく、端整な顔を手で覆ったあと、目元を出すと上目遣いで見つめてくる。
その瞳には右目は赤みが、左目は金の輝きが細やかに散っていた。
「したいこと……、学園でできる限り一緒にいたいし、デートをたくさんしたい」
「いっぱい出かけたいですね」
ルーシーがうんうんと頷くと、ラシェルは幼い子がお菓子を目の前にして喜ぶかのように、ぱぁっと喜色を全面に押し出して笑った。
ルーシーが先のことを語ったのがよほど嬉しかったようだ。
素直な反応に口元を綻ばせると、ラシェルはさらににこにこと笑みを浮かべた。
ルーシーをぎゅうっと抱きしめると、ぱっと力を緩めて、くぅんと子犬がご機嫌うかがうようにじっと見つめてくる。
「今はくっついて、ルーシーの存在を確かめていたい。あと、…………もっと触れたい。キスしたい」
こてんとおでこをくっつけて、鼻を擦り付けてくる。
手慣れた動作ではあるが、声や見つめてくる眼差しがこちらが引きそうになるほど真剣で、それらの行為が嫌だとは思えない。キスをすることも、嫌だとは思わなかった。
ただ、ルーシーはキスをしたことがないし、したいと言われてどう反応すればいいのかわからない。
困ったように瞼をわずかに伏せると、こそこそっと秘密を告げるような小声で、ラシェルが爆弾発言をしてくる。
「俺、キスは初めてなんだ」
びっくりして顔を凝視すると、ラシェルの顔が真っ赤になった。触れたおでこからも熱が伝わってくる。
こんな時に嘘を吐くような人ではないとわかっているが、あれだけ女性と戯れていてのそれは信じられなかった。
キスをしたいと言われたことより、そちらのほうが衝撃でぽかんと口が開く。
困ったように微笑を浮かべたラシェルが、躊躇いながら続けた。
「キスだけは誰にも許してないし、してこなかったから。ルーシーにもらってほしい。ここだけは汚くないから」
ルーシーは瞑目し、長い、長い溜め息をついた。
――やっぱり過去を気にしている。
ルーシーのことを思うからこそ、そういうことを気にしてくれているのはわかるのだけど、なんだか悔しかった。
もじもじと身体を捩らせラシェルから距離を取ると、拒否されたのかと思ったのかラシェルは傷ついたように表情を曇らせた。
ルーシーは動かしやすくなった両手でラシェルの頬を挟み、今度は自分から彼のおでこに額をくっつけた。
微苦笑を浮かべながら、言い聞かせるように一言一言丁寧に言葉を発する。
「ラシェル様は何も汚くなんてないです。なので、ラシェル様が私に触れたいと思うのなら、そのように触れてください。嫌なときははっきり言いますから」
彼と一緒にいたいと思う気持ちに突き動かされる。
これが好きという気持ちからなのかはやっぱりわからないけれど、嫌いならこんな気持ちを抱かない。
少なくとも異性として一番気になる人に違いはないので、ルーシーにとってもラシェルは特別。
それを自覚してしまうと、すべてが愛しくなった。
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