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大切に思うからこそ①

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 国を混乱に陥れたランドマーク元公爵の刑が執行され、伯爵を含めたこのたびの騒動を起こした全ての者が裁かれてから数日。
 復興や解明も進みようやく収束の兆しが見え始めた。
 時とともに事実を知った衝撃から心の反応が薄れているように感じるが、大事な人たちを理不尽に失った悲しみは忘れることはない。

 風化していくことは決して裏切りではなく、環境が変われば心も変わらないままは苦しくて、自分のことを考えてくれている、大事にしたい人や時間が増えるたびにそれらは思い出として処理される。
 行き場のない憤りと悲しみしか残らなかったこのたびのこともようやく一つの区切りがつき、春の訪れを待つとともにこれからさらにこの国は強くなるだろうと皆が希望に満ちている時にそれは起こった。

 黒狼寮のホールに、騎士の声が大きく響く。

「魔物に襲われ負傷者が多くでました。すでに他の治癒士には連絡しております。ニコラス様も力をお貸しください」
「わかりました」

 ランドマーク元公爵の反乱とその時に暴れた魔物は殲滅したが、魔物の生態系が乱れたことで序列が変わり変異種まで現れ、今まで出なかった地域にも出没するようになった。
 その調査と殲滅にディートハンス様たち攻撃に特化した騎士団はすでに出払っており、第六騎士団治癒部隊であるニコラス様が外へと向かうのを私は呼び止める。

「私もお手伝いします」
「……各地に今は治癒士が派遣され、王都に治癒士が少ない状況です。かなりしんどいですよ?」
「邪魔になるようなら帰ります。ですが、私の能力でできることがあるのならばお手伝いを」
「わかりました。ついてきてください」

 了承を得て、門から一番近い騎士団寮へと赴く。
 命の危険が伴う重傷者はその場で治療、それから王城の治癒士や医師によって現在治療を受けているが治療を必要とする者は多く、残りの人たちは騎士団寮に運ばれていた。

 ホールに並べられた騎士たちの多さに絶句したが、ニコラス様が治療に取りかかったその横に寝かされた人物の容体を見るべくしゃがみ込んだ。
 左足が抉られた騎士は名前までは知らないけれど、何度か挨拶をしたことのある人だ。

「大丈夫ですよ。今、治療します」

 痛みで顔をしかめている騎士の手を掴み声をかけると、彼は目をうっすらと開けた。

「――君は、……ありがとう」

 治療するのは私だと知っても嫌な顔をせず、ふっと身体の力を抜いた騎士に私は再度力になりたいと強く思う。

「必ず助けます」

 今後、騎士生活に支障が出ないようにと祈ると、周囲に精霊たちが集まり目映いほどの光を放つ。
 伯爵家から助け出された後、十日ほど意識を取り戻せなかった夢の中で精霊王と再契約し、全ての魔力が戻ってきたため今の私は万全だ。

 ネイサンによる記憶の操作と魔力消失で精霊との繋がりが薄くなるなか、今までかろうじて糸一本ほどの細いもので繋がれていた。
 金目のものだったら絶対取られているはずの不思議な石は、なんと精霊石だった。
 それは契約者と繋ぐもので、私には透明度が高く日によって色が変わる不思議な宝石に見えていたが、他人には地面に落ちているようなただの石にしか見えず奪われることなく済んだようだ。

 ネイサンが魔物の森で明確な殺意をもって私を置き去りにしたことによって、企みに気づいた精霊王がディートハンス様との出会いを機に意図的に器を守るために最低限の魔力だけを残し膜を張った。
 そのことによって、下界に干渉することができなくなった精霊王と再度契約することで力を取り戻すことができた。

 十日も眠りについていたのは私の回復のためでもあったけれど、精霊王がせっかくなのだからとなかなか帰してくれなかったせいでもあった。
 石を大事にしていたからそれくらいで許してもらえたけれど、もし粗末に扱っていたらもっと拗ねていたことだろう。

 精霊も万能ではなく、独自の理や性質があるため人には気まぐれに映る。
 それでもしっかりとした繋がりを感じ、初めて万全な状態で聖魔法を使うことに不安はなかった。

 結果、私は暇を持て余していた精霊王を呼び出してしまい、ホールにいる全員を一気に治療することに成功した。
 その時は歓声に包まれ、やけに褒め称えられ、こそばゆさを感じながらも怪我が治せたこと、騎士たちが笑顔になったことが嬉しかった。
 器は出来ているけれど力の使い方が慣れていなかったため、その場でへたり込んでしまって心配をかけたこと以外は概ね良好だった。

 その晩、私はお風呂上がりにドキドキしながらディートハンス様の部屋に訪れていた。
 ディートハンス様の仕事が通常通りに終わる時は必ず部屋に誘われるようになり、何度来てもノックする時は緊張する。

「リア」

 コン、と躊躇いがちな音にすぐに気づいたディートハンス様がドアを開け、中へいざなわれる。
 それから当然のように手を差し出しベッドのほうへと誘おうとするディートハンス様に愛称で呼ばれ、私は立ち尽くした。
 まだ、私たちはそこまでいっていない。ただ、キスして抱きしめ合って眠るだけ。それでも意識してしまう場所だ。

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