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失ったものと温もり③

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「これからもずっとそばにいてくれるだろう? もうミザリアの何も失わせないし、これからは共に大切なものを増やしていこう。家族も増える。オリビアと仲良くしてくれると嬉しい」

 頬をそっと撫で、とどめににこっと滅多に見せない笑顔を見せられて、そのあまりの色気に目を覆いたくなった。
 家族をよろしくと告げるのに、なぜこんなに色気を醸し出す必要が?
 自然と触れる手も、うっとりさせるような美声も、何もかもとろりと甘くて、胸を熱くさせて、まったく慣れることなくくるとわかっていてもいつも胸を高鳴らせてしまう。

 ディートハンス様の全てが甘くて、本人はどうやら無意識に私に触れているらしく、腰に回された手も、頬に添えられた手も、熱い眼差しも、そして言動からして私のことが好きで大事にしたいと物語っていた。
 それは当事者の私だけではなく周囲にも伝わり、なんとも微妙な空気が広がる。
 誰かこの空気をどうにかしてほしいと助けを求めるようにフェリクス様たちに視線を向けるが、すぐさま目元をすっと親指で撫でられ咎められる。

「戸惑うミザリアも可愛いけれど、返事をしてくれないと不安になる」

 うっ、と私は息を詰まらせた。
 言えない時は徹底的に黙り素振りさえ見せないのに、隠さないと決めたら常にまっすぐでどの言葉も本気だ。

 魔力が多すぎて女性と関わりを持てないため王家の血を残せないと、成人とともにさっさと兄を守る立場として政治的に干渉の少ない騎士団に所属。
 ずっと魔力過多のため離れで過ごし姿を見せていなかったこともあり、そのまま病弱で伏せって療養していることにした。

 金の髪が象徴である王族であるけれど黒髪は初代英雄と同じ色味で、歴代の黒髪王族は皆多くの魔力を保持し担ぎ上げられるほどだった。
 そのため、いらぬ継承権争いに発展させないようにディートハンス様は早々に立場を行動とともに表明したのだ。

 有言実行。
 どこまでもまっすぐで優しさゆえに孤高となった人を前に、対する側もまっすぐにならざるを得なくなる。

「なぜ、妹をよろしくと話すのにそんな甘い空気になるんですか? もうその辺にしてくださいまし。このまま聞いていたら夜も落ち着かず眠れなくなりそうです」
「それは大変だな。後でハーブティーでも贈ろう。そうだな、アーノルドに持っていかせる」

 大変だなと言いながら離れるつもりはないようだ。
 ぴったりと私の横につきなんなら先ほどよりもさらに密着させようと無意識に引き寄せているディートハンス様に、オリビア様は口を半開きにして呆れていたが突如笑い出した。

「ふふふっ。まあ! ディースお兄様がそんな気遣いできるようになるなんて愛は偉大だわ」
「私がするのはここまでだ」
「わかっていますわ。当事者次第って言いたいのですね。私もディースお兄様を見習い頑張ります」

 話の半分もわからなかったけれど、ディートハンス様の言葉にオリビア様のテンションが明らかに上がった。

「私は私。オリビアはオリビアだ。私は私のできる全てをもってミザリアをそばにいてほしくてやっていることだから」
「そうですか。こんなにもまっすぐに思われて同じ女性として羨ましいけれど大変そうでもあるわね。でも、妹としては大歓迎よ。何よりディースお兄様とこのような話ができることも新鮮だし、よい変化だわ。お兄様は大々的にフォルジュを名乗るなら遠慮する必要もなくなり、公の場でも堂々と私のお兄様だと自慢できるのですから嬉しいわ」

 オリビア様の兄を想う気持ちが言葉の端々から伝わる。
 魔力暴走が落ち着くまで、家族としての交流はろくに持てなかったと聞いている。
 ディートハンス様がコントロールできるようになってからは交流を深めたのだろうけれど、ディートハンス様が苦しんでいる時に遠くで見守るしかできなかった時間はもどかしかったに違いない。

「ミザリアも何か困ったことがあれば頼ってちょうだいね。お兄様をよろしくね」

 私を見てにこっと笑った時の目はとても真剣で、オリビア様にたくされた思いに私は親身に頷いた。
 それから時間も時間なのでまたゆっくりという話になり、帰り際に私の服をくいっと引っ張ったオリビア様はこそっと耳打ちした。

「私、大好きな人がいるの。今日の突撃はディースお兄様のことがメインだけど、その人と屋根の下で一緒に暮らして守られていると知ってちょっと嫉妬していたの。だから、少し困らせようとしたの。ごめんね」
「いえ。好きな人に女性の影がちらつくと気になる気持ちはわかります」
「まあ。素直ね。いずれバレると思うから先に言っておくわ。私の好きな人は……」

 その名に目を見開くと同時に、言われてみれば会話や視線は意味ありげだったので納得する。
 年齢差もありなかなか受け入れてもらえないけれど、オリビア様も諦めるつもりはなく成人したからにはぐいぐいアタックしていくと言っていた。
 王女様に想いを寄せる人がいるという噂は本当だったようだ。

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