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切り離したはずのもの③

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「ああ。今回の魔石を調べた結果、伯爵領で採れた魔石であることが判明した。あまり知られていないし調べられる者は限られているが、採掘された土地によって含まれる成分が微妙に違う」
「初めて知りました」

 そこでフェリクス様はちらっとディートハンス様を見て、それから真面目な顔で私を見た。

「それでだ。ミザリアは採掘作業をしてきたと言っていたがどれくらいの頻度で関わっていた?」
「はい。ほぼ毎日作業しておりました」
「毎日……」

 そこで考え込むように顎に手をやったフェリクス様。
 呪いから魔物、そして魔石の話になったので一抹の不安を抱えつつ声をかけた。

「どうかされましたか?」
「――ミザリア、伯爵が君を探している」

 迷ったように視線を彷徨わせきゅっと口を引き結び言い切ったフェリクス様の言葉に、ドクンと心臓が音を立てる。
 足先からぐんと冷えるような感覚に声が上擦った。

「……なぜでしょうか?」

 完全に縁を切る形で放り出されたのだ。
 最初の頃は難癖をつけられる可能性も含めて気にはしていたけれど、すでに六か月経っている。
 なのに今更。

「ミザリアが出て行ってから魔石の質が落ち、今では魔石や鉱石が採れなくなったようだ。今ブレイクリー伯爵家は公爵との関係もだが運営も厳しくなっているはずだ」

 足先の冷たさが臓腑まですべて冷やすように行きわたり耳鳴りまでする。
 フェリクス様の声を耳鳴りの向こう側からかろうじて捉えていた。

「フェリクスがミザリアを町から出るときに行方を追われないように手を打っていたが、ここ最近王都を中心に動いているようだ。もしかしたら何か掴んだのかもしれない。ここ最近は必死になっているようだから」
「……っ」

 それでも他人の口から伯爵の名を聞く衝撃は自分の想像を遙かに超えた反応をした。
 自分で自分のことが制御できない。
 私の反応にわずかに眉を寄せたが、切り出したからにはとフェリクス様は言葉を続けた。

「――ミザリアに似た容姿の人物が各地で連れ去られているようだ」
「そんな……」
「探す者は君の容姿を知らないからね。聞いた特徴だけを頼りに攫うか金で買っているようだ。そういった者は身分が確かでないものばかりだから公にはなっておらず、このことは私たちも最近知ったばかりで証拠もないから動けない」

 捨てられ、自分からも切り離したつもりだった。
 伯爵の無関心と、兄や夫人の執拗な監視と暴力。ただただ生きるためだけに身を縮め働いていた日々。
 あの門をくぐった時点で彼らと関係はなく生きていくのだと思っていた。少しでも離れた場所に、目につかないところにさえ行けば関わることのない人たちだと信じていた。

 ――なのに、やっと居場所を見つけたと思ったのにまたあの場所に連れ戻される!

 そう考えるだけ身体がぶるぶると震える。
 抑えなければと思えば思うほど、制御効かない身体は激しく揺れた。

「ミザリア。大丈夫だ」

 横にいるディートハンス様に力強い声とともに抱きしめられ、とんとんと背中を撫でられる。
 爽やかで穏やかな安心感のある匂いに包まれ、呼吸をするたびに全身にディートハンス様の匂いが回るようで次第に身体の震えは収まった。

「あっ……」
「大丈夫。深呼吸を……。――そう、大きく吸って。吐いて」

 言われたように、何度か繰り返していくと次第に血流を感じ身体の感覚が戻ってきた。

「……すみません。取り乱しました」
「それだけミザリアにとっては刻まれたものがあるのだろう。不安だったらずっとそばにいるから、必要以上に恐れなくてもいい」

 そっと胸に手を押すと、身体を離され顔を覗き込まれる。
 じ、と見つめる双眸は、私が本当に大丈夫なのかどうか見極めようとどこまでも真摯だった。

 ディートハンス様の言葉に、騎士たちも頷く。
 先に過剰なほど私に声をかけてくれたも、ディートハンス様が横にいるのも、この件で私の反応を心配したためなのだろう。

 ずっと気遣われている。私が少しでも怖がらないように。
 それでいて、包み隠さず話してくれているのは私なら大丈夫だと信じてくれているから。
 
 その気持ちに応えたいと思った。
 その気遣いを無碍にしたくない。

 自分の身体のことなのに制御できないけれど、少しずつ自分の中に芽生えるものがあるのを感じた。

「もう大丈夫です」

 自分で考えていた以上に伯爵家でのことは心と身体が拒んでいたけれど、まだ話の入り口だ。
 ディートハンス様の温もり、心配そうに自分を見るフェリクス様たちの眼差し。
 ひとりではないと。伯爵家にいたときとの決定的に違い、今の私には差し伸べてくれる手がある。

 ――大丈夫。

 ここで怖がって隠れているだけでは、何も解決はしない。
 見つかるのも時間の問題だ。しかも、関係のない人たちまで危害が及んでいる。
 
 それに呪い、そして魔石のこともある。
 採掘はしていたことと現状に関係はないが、伯爵が私を探している事実は変わりない。
 探し連れ戻した上でどうするかまでは知らないが、捕まったらろくな目に遭わないだろう。

 ――やっぱり怖い……。

 だけど、逃げているだけでは変わらない。
 きっと私がすべきことがあるはずだ。

「私はどうすればいいですか?」

 恐怖に呑まれすぎてしまわないよう腹に力を込め、ぐいっと顔を上げた。


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