上 下
78 / 127

切り離したはずのもの②

しおりを挟む
 
「それでだ。総長を襲ったその魔物は他とは明らかにレベルが違った」
「初めから私を狙ってきていたな。普通、魔物は本能的に強者は避け自分より弱い者を狙うのだが、あの個体だけは違った」
「狙って……」

 そんなに危険だったのかとディートハンス様を見たが、いつものように何を考えているのかわからない美貌があるだけだった。
 本人はそれに対してどう感じているかわからない。だからさらにディートハンス様に危害を加えた人物に憤りを覚える。

「その魔物だけ一体につきひとつしかない魔石がふたつ出てきたことからも、手を加えられた魔物の可能性があると判断した」
「……特定の人物を狙って魔物を使って呪うというのは難しいように思えるのですが」

 討伐には多くの騎士たちが駆り出されていた。
 常に同じ場所にいるわけでもないし、行動する場所も違う。そのため騎士団総長であるディートハンス様がいる場所を把握し見分けることは魔物には難しいはずだ。

 ――裏で誰かが手引きしていないと……。

 そうか。そこも、なのかもしれない。

「そこまではわからない。ただ、ディートハンス様ではなければすぐに死に至っていた可能性もある。とにかく、総長含め王国騎士に悪意をもってこのたびのことを起こしたことは間違いない。相手はそれ相応の技術があり確実な悪意があって動いている」

 もう一度、ディートハンス様を見た。
 私に気づくと返してくれる視線からはやはり何を考えているのかわからない。人の心配はするのに、自分のことになると隠すことが上手な人だ。
 私は改めてここに至るまでの会話や現在の状況を考える。

 機密を私に話す理由。ただ、信頼しているから、守るからで話すにしてはかなり重大な情報だ。
 つまり、これらも私にまったく関係がないわけではない?
 それは聖力が関わっているのか、また別の何かがあるのか。

 ――まさか伯爵が?

 突拍子もない考えに至り、それこそまさかだと首を振る。破門されたとはいえ、現段階で血縁者に話すにはリスクがありすぎる。
 考えに没頭していると、ディートハンス様が察して声をかけてくれた。

「この話をミザリアに下手に隠すよりも、全て話すことについてはすでに国王陛下にも許しを得ている。情報に関して秘密さえ守れば不安に思うことはない。ミザリアと関係がまったくないわけではないから。」
「国王陛下!?」

 それだけこのたびのことは重大な案件ということだ。
 下手すればディートハンス様の命が危うかったことを考えると、国防の危機だったわけなので案件的には国のトップに話が通っていても不思議ではないのだが、言葉にされるとさらに重みが増す。

 自分の存在が国王に認知されていることに焦る思いもあった。
 軽い気持ちで話に参加しているわけではないが、この件から抜け出せない事実を突きつけられた気分になって、関係があることを示唆されたことを思い出し考えを改める。

 認知されていようといまいと、私はディートハンス様を脅かした呪いに関することを知らないままではいたくないし、対抗できる聖力を持っているのならなおさら知っておきたいと思ったはずだ。
 だったら、知るべき立場に引き入れてくれたことに感謝しなければならない。
 差し出され手を今みたいに掴んでいたいのなら、それが自分にとっていいことばかりではなくても受け止めて進んでいきたい。

「先ほど特定の人物を狙う方法はわからないとは言ったが、騎士団を、例えば、特定の誰かは考えにくいが強い魔力を襲うようにすることは可能だろう。魔物が暴れれば騎士団は赴く。その上で、一番魔力が多い者となればディートハンス様だ。このたびのことは騎士団、もしくは騎士団総長クラスを狙ったものだと考えている」
「そんな」
「そして、その黒幕はランドマーク公爵だと我々は考えている」

 フェリクス様が笑みを浮かべながらも苛立ちを滲ませた。
 地図と歴史書を思い浮かべる。
 前回遠征に出た場所の山脈を挟んだ領地を治めている筆頭公爵家だ。
 彼らがそれを口にするということは、確固とした証拠はなくともそれなりの理由があるのだろう。

「そうですか……」
「それでだ。魔石を何らかの方法で人為的に埋め込み呪いをかけたと思われるランドマーク公爵と、魔石の取引をしているのが君の父親、ブレイクリー伯爵だ」

 思わず身体が反応した。
 だが、すぐさまきゅっと力を込めたディートハンス様の手の温もりに深く息を吸った。
 落ちそうになるたびに、ディートハンス様の温もりに助けられる。

「確かに魔石採掘量は北部で一番だと聞いてましたが」

 採掘場では噂話が尽きなかった。
 大口の取引があるから働き詰めになるのだとか、夫人が新たな宝石商を呼んで伯爵家は羽振りがいいだとか、大した情報はなかったけれど多少は伯爵家の動向を知ることはできた。

 魔石と魔物。ブレイクリー伯爵とランドリー公爵。
 そして遠征先は北部であったこと。
 繋がっていくものに、そしてここに来て忘れたはずの、忘れようとしたはずの元家族の存在が心をむしばんでいく。

しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

殿下、そんなつもりではなかったんです!

橋本彩里(Ayari)
恋愛
常に金欠である侯爵家長女のリリエンに舞い込んできた仕事は、女性に興味を示さない第五皇子であるエルドレッドに興味を持たせること。 今まで送り込まれてきた女性もことごとく追い払ってきた難攻不落を相手にしたリリエンの秘策は思わぬ方向に転び……。 その気にさせた責任? そんなものは知りません! イラストは友人絵師kouma.に描いてもらいました。 5話の短いお話です。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】男の美醜が逆転した世界で私は貴方に恋をした

梅干しおにぎり
恋愛
私の感覚は間違っていなかった。貴方の格好良さは私にしか分からない。 過去の作品の加筆修正版です。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

処理中です...