上 下
77 / 127

切り離したはずのもの①

しおりを挟む
 
 ディートハンス様と見つめ合っていると、この中で一番がたいがよく顔に傷跡がある第五騎士団シミオン・ダルトリー団長がこほんとわざとらしく咳払いをした。
 彼らのほうを見るとアーノルド団長とフェリクス様はそこで意味ありげに視線を交し、アーノルド団長がふっと息をつくと口を開く。

「察していると思うがそろそろ情報を整理したい。話を進めてもいいか?」
「はい」

 自分が思っている以上に周囲が大事に考えてくれている事を知り、何度も言葉とともに行動でも伝えられ、不安が少しだけ軽くなった気がする。
 一度目を閉じ、最後の躊躇いを捨てるようにゆっくりと瞼を開け目の前のアーノルド団長たちを視界に入れた。

 ――いつまでも不安がってばかりではダメだ。

 決意を込めて頷くと、ディートハンス様が握っていた手にゆっくりと力を込めた。
 横に視線をやると、包み込むような強さと優しさを秘めた眼差しが私を見つめていた。
 こんな時なのにその双眸に見惚れ、どんな時でもその美貌は損なわずそれでいて意思の強さと優しさに感心と安堵しかけてはっとする。

 思わず差し出された手を握り返してしまったが、私はディートハンス様と並んで手を繋いだ状態で騎士たちの前にいる。
 今更だけどこれっていいのだろうかと首を傾げると、離す気はないよとさらに手を絡められた。

「ディートハンス様……」
「嫌か?」

 視線で訴えてみたけれど、機微を見逃さないとばかりにじっと見つめられるだけだった。

「嫌、ではないですけど」

 そう聞かれればそう答えるしかない。

「ならばこのままで。温もりは安心するだろう?」

 そう信じて疑わないまっすぐな眼差し。

 確かに悪い気分ではないし、存在をよりわかりやすく感じてひとりではないと思える。
 そして、そう感じたのはディートハンス様の最近の経験からくるもので、あの日の温もりにディートハンス様自身が安心したということで、私を安心させたくての行動なのだろう。

 そっと騎士たちの様子を窺うと、微笑ましそうな笑みや呆れたような顔を浮かべている。
 総長の事情を理解し私の境遇を知った上で、私たちのやり取りを見守ってくれているのが伝わってきた。
 これはこれで恥ずかしい。

 優しさからくる行動だとはわかっているけれど、自分よりも大きな手は安心するとともに落ち着かない気分にもなる。
 だけど、これから話すことを考えるとディートハンス様の温もりは手放しがたくて私は頷いた。触れるほど近くの距離にいる事実に勇気をもらえる。

 ――これが安心というものなのだろうか……。

 もしディートハンス様までもが前方にいればさらに緊張していただろうし、横にいてくれるだけでも随分違う。
 過保護で過分な対応ではあるけれど、過去のことを話すのは不安でそばにディートハンス様がいてくれるなら心強い。

「ありがとうございます」
「ああ」

 何をと言わなくても伝わったのだろう。ディートハンス様が嬉しそうに口元を綻ばせた。
 フェリクス様とアーノルド団長がちょっと困ったように苦笑しつつ、んんっと何か喉に突っかかったような声を出しアーノルド団長が話を続ける。

「話し合うことはたくさんあるが、まずはディートハンス総長の呪いについて話しておきたい。ミザリアから左腕から胸へと黒いもやが広がっていたという話を受けて元凶を突き止めた。遠征の時に魔物に傷つけられたことが原因だろう」
「魔物が? 魔物は呪うことがあるのですか?」

 人を殺し捕食することはあっても、呪うなんて聞いたことはない。
 呪いは人が行うものという認識だ。
 悪意をもって物理的精神的に追い詰め、相手や社会に対して災厄や不幸をもたらす行為。そう本で読んだので、ただ本能で人を食い殺す魔物と呪いは結びつかない。

「それはない。呪いの媒体として使われたということだ」
「それは、――もしそうなら許されない背徳行為では」

 苛立ちのこもった眼光とともに放たれた言葉に、ゆっくりと目を見開いた。

 ディートハンス様は人の悪意に晒されたということになる。
 呪いとわかった時点で、人が介入している可能性は視野に入れていた。だけど、それは偶発的なものか、人が動いてのものだと思っていた。

 呪う時点で許しがたいことではあるが、それが魔物を媒介し、しかも人々を守る職務での場で行われたことは卑劣すぎる。
 許せない。私でさえ憤りを感じるのだから、騎士の立場の団長たちはさらに怒りを覚えていることだろう。

「そうだ。だから、このたびのことは機密事項になる。ミザリアも心しておくように」
「わかりました」

 魔物を媒介することは可能か不可能かでいうと、可能性がないわけではないだろうとは思う。
 実の父親の伯爵たちを見ていても、人はどこまでも欲深くなれるということを知っている。他者を蹴落としてでも手に入れたいものがあれば手段は選ばない。
 それに魔物が使われたということは、その手法がわからなくてもあり得ないことではない。

しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

殿下、そんなつもりではなかったんです!

橋本彩里(Ayari)
恋愛
常に金欠である侯爵家長女のリリエンに舞い込んできた仕事は、女性に興味を示さない第五皇子であるエルドレッドに興味を持たせること。 今まで送り込まれてきた女性もことごとく追い払ってきた難攻不落を相手にしたリリエンの秘策は思わぬ方向に転び……。 その気にさせた責任? そんなものは知りません! イラストは友人絵師kouma.に描いてもらいました。 5話の短いお話です。

【完結】男の美醜が逆転した世界で私は貴方に恋をした

梅干しおにぎり
恋愛
私の感覚は間違っていなかった。貴方の格好良さは私にしか分からない。 過去の作品の加筆修正版です。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

処理中です...