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揺らぎ③
しおりを挟むだから、温もりを感じ心安らぐのなら拒むことはしたくなくて、この笑顔を見ていたくもあって、だけど甘やかされることが怖くて、でもそんなのはお構いなしに突き進めるディートハンス様にいつも流されてしまう。
結局、今回も甘やかされてしまうのだろうなと半ば諦めながら小さく息をつくと、すぐそばにあるディートハンス様が思慮深い目で見下ろし、わずかに表情を歪ませた。
「ミザリア。昨日はしっかり寝たか?」
「はい」
「本当に? 少し目の下にくまができている。眠れないほど怖い夢でも見たか?」
私は目を見開いてディートハンス様を見た。
些細な変化も見破られ、確信めいた声に私は苦笑した。
――そうだ。ディートハンス様は傷つけないために、守るために、周囲をよく見ている人だった。
じっと見るのも癖になるほど、まっすぐで優しい人。
これは誤魔化せないだろうと、もう一度ディートハンス様を見つめる。
すると、両手が使えないディートハンス様はこつんと私のおでこをつけるように顔を覗き込んできた。
「ミザリア。不調があれば言うように」
近い距離に真摯な声。
心配してくれているのはわかるのだけど、最近までベッドから出られなかった人に言われてもとちょっと拗ねた気持ちになる。
本当に心配したのだ。しかも呪いの類いかもしれないと教えられ、もしあの時に私の魔力が戻っていなかったら今も苦しんでいたかもしれないと思うと怖気が走る。
戦場では命の危険と隣り合わせな上に、呪いまでと思うとやるせない。
「それを言うならディートハンス様のほうでは?」
「ああ。そうだな」
「でしたら」
「だからこそ、少しの不調も軽んじてはならないと思えるようになった」
考えを改めてくれたことは嬉しい。
ディートハンス様を心配する人はたくさんいて、騎士団の総長という立場もある彼の体調はあらゆることに影響する。
もし自身の不調で何か事がまずいほうに進んだらディートハンス様は気に病むはずだし、やはり自身のことを今以上に大切に考えてくれたらいいと思う。
問題ないと信じていることが厄介だと思ったばかりだから、本人が意識してくれるのは非常に好ましい傾向だ。
「そうですか」
それが嬉しくてつい笑うと、ディートハンス様は私を抱え直すように腕を動かし目を細めた。
「それでどうなんだ?」
「伯爵家での生活の、あまり楽しくない夢でしたので。少し寝不足ではあります」
嘘をついたところで仕方がないと正直に話すと、ディートハンス様は眉をひそめた。
昨夜の夢は母が亡くなったところから延々と伯爵家で日々虐げられ働いて抜け出せない、逃げようと思っても捕まえられる夢を見た。
寝苦しくて夢から覚めてからはまた同じ夢を見るのではないかと怖くて寝つけなかった。
精霊のことを思い出し、どうして記憶がなかったのかと、過去を、伯爵家で過ごしたことをここ最近考えずにはいられず夢にまで見るようになった。
思い出したいのに夢と同じでろくなことは思い出せず、いつまでこの平穏が続くのだろうと心配にもなった。
だから、甘やかされるのが怖い。
優しくされればされるほど、伯爵家でのことを思い出し、彼らとは違うとわかっているのに騎士たちがどんなことでどんなきっかけでいつ態度や考えが変わり冷たくされるかもしれないと怖くなる。
だけど、信じたい気持ちのほうが強くて、精一杯ここで役に立ちたい気持ちも本物で。
騎士たちの、ディートハンス様のためにできることがあるのなら頑張りたくて、少しでもできることを見つけて、少しでも長くここに居させてほしいと願ってしまう。
気持ちは揺らぎ、落ちたり上がったりと不安定な自覚はあった。
「ですが、今日はしっかり寝るつもりなので大丈夫です」
「そうか……」
これ以上心配かけたくなくて言い切ると、ディートハンス様の表情は何か言いたそうなものはあったが、結局それには触れず、私を下ろすこともせずディートハンス様が洗濯かごを空にした。
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