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◆伯爵家の崩壊 足音②
しおりを挟む数日後、執事長であるネイサンは情報を携えて当主であるチェスターの部屋にいた。
「店主が言うにはその時に騎士がやってきて二人は話していただとか」
「騎士?」
チェスターの目の下は黒くくすみ若干頬はこけ、かつてはモテていたという面影は全く見受けられないほどやつれていた。
一気に老けた主人を前に、撫でつけたロマンスグレーの髪も服装も相変わらず一糸乱れることのない姿でネイサンは続けた。
「どうも安く買いたたこうとしたところを第二騎士団の者に止められたようです。店主が言うには団長のフェリクス・オーバンだったとか」
「なぜそいつがミザリアを助ける?」
「偶然居合わせたようです」
ふるふると首を振る姿に、ここ最近鏡を見るたびに老けたと自分で思うチェスターにこいつは出会った頃から変わらないなとどうでもいいことを考える。
ずっと怒ることも疲れ、今はなんだかなるようになれという気分だった。
「偶然か」
「そのようです。そこで四万ゼニほど手に入れたようです」
くず魔石を持たせたことは後で知ったが今はどうでもいい。
そこで助けられなかったら、少量の金額のみで遠くにはいけなかったはずだ。食料が尽きるのも早かっただろう。生き延びる算段はそこでついたわけだ。
この場合、すぐに死なれていれば今となってはチェスターにも問題だったわけでよしとすべきか。
チェスターは大きく肩で息をした。
――ここでミザリアを何としてでも連れ戻さなければ。
諦めたわけでもないし、ランドマーク公爵が怖いのは変わらない。
次に粗相すれば魔物に食べられるのは自分だと実際目にして植え付けられた恐怖は潜在意識に縫い付けられ、だからこそ恐怖してはいるが麻痺もしていた。
死にたくはないし、死ぬ気はない。
今まで自分が望んだものを手に入れ、おおよその望んだように進んできた。この地位につくためにいらないもの、家族でさえ捨て成功してきた。
そのためチェスターは自分の判断に自信があった。
魔石があれば確実に自分はこれまで以上のものを得ることができる。
それが無理なら、ミザリアさえいればどうにかなる。どうにかする。
あいつの娘なのだから、能力がないとわかっていても使いようはあるだろう。
自分にはそれができる力があるとチェスターは信じていた。
成人するまで置いてやったのだから親孝行ができる場を与えてやるのだと、ぎらりとミザリアが住んでいた別館のほうへと視線をやる。
――そうだ。育てた恩を返しもせず出て行ったあいつが悪い。
魔石が無理なら、早くミザリアを見つけて育てた恩を返してもらわねば。
チェスターがあれの母親に目をつけなければ、生まれなかった存在。ならば、自分は感謝されるべき存在であり、あれの唯一の所有者は自分だ。
それをどう扱うかを決めるのは父親である自分なのである。
「死んでいないということだな」
「そのようです。その日に向かった馬車の行き先を調べると同時に、店主が王都へ行きたがっていたようだと当時の会話を思い出したので、すでに王都を重点的に捜索を行っております」
「王都か」
出て行けと言って出て行ったのだから、帰ってこいと言えば帰ってくるべきだ。
これだけ探してやっているのに姿を現さないとはと、チェスターは苛立った。
怒りの矛先が自分の所有物のくせに出てこない娘へと向かう。
「もしかして騎士団に保護されたか?」
「でしたら記録は残るはずですが」
ネイサンもすでにその可能性を視野に入れて調べていたようだが、もし騎士のほうがミザリアを気に入り記録を残さなかったら?
何事にも抜け道はある。
「あの母親は美しく人を魅了するのがうまかった。ネイサンも知っているだろう? だったら、騎士を取り込んでいてもおかしくない」
そう告げると、ネイサンがはっとしたように目を見張り深々と頭を下げた。
「調べてみます」
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