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◇嫌いなものは sideディートハンス③

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 当初、がりがりだったミザリアはこの騎士団寮にきて少しふっくらし、ぷっくりとした唇も血色がよくなった。
 優しくされることにまだ戸惑うこともあるみたいだが、大分警戒せずに受け入れてくれるようになった。
 そんな姿を見せられて、ディートハンスを含めますます可愛がりたくなっていた。

 素直な反応が、一生懸命頑張ってきたのだと伝わる姿勢からどうしても目が離せずに、あの時の金に輝く魔力は感じられなかったけれど、どうしてもあの時の少女なのではと思わずにはいられなくて。
 どうしても気になった。

 すうすうと寝息を立てているミザリアを見つめる。
 柔らかそうな唇はうっすらと開けられ、ここで最初に見た時よりも本当に健康的になった。逆に言えば、どれだけの悪環境に置かれていたのかと思うと胸が引き絞られ怒りが湧いてくる。

「もう不幸に、ひとりにはさせない」

 再会し、ミザリアから飛び込んできてくれた。
 あの日も、今も。

 どんな色をしているのだろうと思っていた髪に手を差し入れ、慈しむように梳く。
 小さな頭に、柔らかな髪。梳くたびに優しい花の香りが花をくすぐりその度に心がほっと綻んでいった。

 きっかけは美しい魔力の色。
 だけど、その後のすべてはミザリアが動いてくれたおかげだ。魔力はただのきっかけにすぎない。

 彼女にその意図はなくても、彼女の思いがディートハンスを苦しみから解放し心も生かしてくれた。周囲を救った。
 今では国最大の魔力を保有し、この国に貢献することができている。
 周囲の大事な人を傷つけることも悲しませることも減り、むしろ守る力を手に入れた。

 最初、ミザリアの姿を見て一瞬懐かしい気持ちになったが、ここで彼女が働くことに期待していなかった。
 自身の魔力に反応した様子もなく、直接対面し確かに驚くほど魔力が少ないことは理解した。
 そばにいられる可能性もあるかと、伯爵家のこともあり無理をしないのであればここで働くこともあってもいいくらいだった。

 それからフェリクスから話を聞いていたからか、ディートハンスに無闇に近づこうともせず一生懸命働いていた。
 そんなミザリアだからこそ、こんなに輝いて見えその光はとても優しくて、その光を汚されないように守りたい。

 それに、温かい。
 彼女が魔法を使ってくれたのだろうことは、己の中に残る彼女の魔力の残滓でわかる。

 こんなにも人肌が温かいと知れたのも、
 こんなに温かい気持ちにさせてくれるのも、
 今こうして息をしているのも、
 周囲を傷つけずにいられるのも、
 自分を殺したくなるほどに嫌気がささなくなったのも、

 すべてミザリアのおかげ。

 ミザリアの顔を覗き込む。
 顔色は悪くなく、治療して疲れているだけのようだ。

 五歳の魔力検査で魔力がなくなったのは、どうして戻らなかったのかはわからないが、ディートハンスを治癒するのに持てる力を全て使ったからだろう。
 ミザリアの周囲に見える美しい魔力に、あの時のように魔力がなくなった様子もないことにほっとする。

 もう認めるしかなかった。間違いようのない、これから変わりようのない唯一の存在。
 ミザリアはディートハンスのかけがえのない希望。温かい光。決して失いたくない人。
 一度は伸ばせず不甲斐ない自分のせいで失った。もう二度と失いたくない。

 この温もりが愛おしい。
 大事に大事に閉じ込めて、誰にも傷をつけることのないようにしてしまいたい。

 持たせた水に毒を混入させたことといい、伯爵家の者にはそれ相応の報いを受けさせる。
 記憶のことといい、今後はさらに注意が必要だ。

 あの日、彼女は誰かに連れてこられたようなことを言っていた。間違いなくその『誰か』は関わっている。
 そして、魔物の森に放つということは殺すつもりであったこと。

 五歳の魔力検査までに殺す必要があった。そう考えるのが妥当だろう。
 その後、死なすようなことまでしなかったのは、魔力なしと判定されて魔力が戻らなかったからと考える。
 ミザリアに魔力があると不都合な者の存在が伯爵側にいるということだ。
 結果的にそうなっただけで、もしあの時に魔力がなくならないまま戻していたら?

 ぞっとした。
 少しでも戻っていたら、力のないミザリアはその者、もしくは者たちに殺されていただろう。

 二度と失いたくない。
 今度こそ自分のこの手で守る。
 嫌いだった魔力だが、ミザリアとの縁だというのなら少しは嫌うのをやめてやろうと思うほど、嫌いだからこそ使いこなしてやると誓う。

「もう二度と君を傷つけさせない」

 ディートハンスは決意を胸に、労るようにそっとミザリアの頬を指の背で撫でた。


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