49 / 127
帰還と緊急②
しおりを挟む*
遠征から帰ってきても処理や通常の任務など騎士たちは出たり入ったりと忙しそうだったが、ようやくいつもの日常に戻った。
相変わらず私のエプロンのポケットは食べ物でいっぱいだし、頭を撫でられる頻度が高くなっていた。
私は彼らの気遣いや好意をくすぐったく思いながらも、恐れ多いとか申し訳なく思うのではなくなるべくその時の素直な感情のまま受け取るようになった。
彼らの大きな手が好きだった。多くの人を守る手で優しく撫でられるととても安心する。
それに、騎士たちはいつ誰が危険な場所に出向くかわからない。
前回の遠征でも王都の騎士に死者は出なかったけれど、第十三騎士団では亡くなった方もいたと聞いた。
それだけ危険な場所に身を置くこともあり、人を襲う魔物と戦っている彼らとの時間がとても尊く感じるようになった。
何より、彼らの手が優しすぎて拒みたくないのが正直なところ。
私にとって贅沢なご褒美のような温もりや空気は少しでも長くと思わずにはいられないものになった。
騎士たちの遠征は私にちょっとした気持ちの変化をもたらしたけれど、徐々に遠征前と変わらず落ち着きだした時にそれは起こった。
その日は前日までは涼しかったのに、じとりと暑く滴る汗が次から次へと出てくる気温が高い日だった。
訓練を終え疲れて帰ってきた総長や団長たちは、各自部屋や談話室で寛いでいる。
告げられた時刻に夕食の準備を終えて騎士たちが下りてくるのを待っていると、聞いていた時間になってもディートハンス様は現れなかった。
連絡もなく大幅に時間に遅れるようなことをしない総長が、三十分経っても音沙汰もないことに訝しく思ったフェリクス様が総長を呼びに行ったがすぐにいつになく焦った様子で下りてきた。
「ディース様が熱を出して倒れている。すぐに医師を呼んで」
「わかった」
「ミザリアは水を用意して」
「わかりました」
フェリクス様が何度ノックしても応答がなかったため部屋を開けると、ベッドにもたれかかるようにディートハンス様は倒れていたらしい。
帰宅したままの騎士服姿で、息も荒く全身が発火したように熱かったそうだ。
すぐさまアーノルド団長は緊急連絡用の魔道具で連絡し、私も慌てて氷や水、タオルなど用意した。
それからすぐに飛ぶように医師がやってきた。
正確にはアーノルド団長が連絡すると同時に寮を飛び出していったレイカディオン副団長と第六騎士団のニコラス様が、よぼよぼのおじいちゃん医師を抱えてやってきた。
大きなレイカディオン副団長に抱えられぷらんぷらんと手足をぶら下げられた老人を見て、私は一瞬死体を運んで来たのではないかと悲鳴を上げた。
「きゃあっ」
私の悲鳴が火付けとなったのか、老人はむくりと顔を上げるとレイカディオン様を睨み付けた。
「ほれ。お嬢ちゃんが悲鳴を上げるほどこの運び方はおかしい。老い先短いわしへの労る気持ちが足りん!」
「緊急です」
「だから抱えてきたのでしょう」
――あっ、生きてた。
くわっと憤る老人の大きな声にほっとする。
レイカディオン様が言うように緊急事態なのに、見てもらうはずの医師が死んでいたとなったら大変であるし問題が重なりすぎて渾沌としてしまう。
何事もなくてよかったと安堵していると、老人はさらに上体を起こした。
彼らの様子を見守っていた私はまた悲鳴を上げそうになって、両手で口を押さえた。
レイカディオン様に腹を抱えられているから、腹筋がないとできない体勢なのにものすごい勢いで上がり捲し立てる姿はホラーだ。
まるで押したら動くおもちゃのように、文句を言うたびに起き上がる。
さっきまで死体と勘違いするような様子だったのに、あの体勢で話せるなんて逆に元気すぎて怖くなってきた。
「抱え方が気に食わん。圧迫死するかと思うたわ。それに毎度毎度お前らは。事前に連絡しろと言うているだろうが」
「緊急です」
「連絡はアーノルド団長がしたはずですが?」
文句を言われようとも老人を抱えたままのレイカディオン様は先ほどと同じように『緊急です』と告げ、医師の鞄を抱えたニコラス様がにこっと笑顔で告げる。
242
お気に入りに追加
2,375
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる