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総長のお世話係①
しおりを挟む大きな扉の前に立ち、私は深呼吸を繰り返しノックした。
「はい」
「ディース様、ミザリアです。お食事をお持ちしました」
「……開いている」
昨日はフェリクス様たちもいたけれど、今日からひとりで総長の部屋でお世話係の仕事をする。
緊張しながら失礼しますとドアを開けると、ベッドの上にディートハンス様の姿があった。
病人なのにぴんとした背筋で書類に目を通す姿は、そこが執務室のデスクではないのがおかしく見えるくらい泰然としていた。
――休ませたいと言ったアーノルド様の気持ちがものすごくわかるわ。
ベッドの横には大量の書類。
動くのが駄目ならと書類仕事をこなすディートハンス様に、フェリクス様ではなくても溜め息をつきたくなった。ある意味、ワーカーホリックなのかもしれない。
ここに来て気遣われ、根を詰めることが最善ではないと教えられてきたのに、そこのトップがものすごくガチガチだった。
仕事量や責任は全く違うけれど、総長の仕事がわかっている団長たちが呆れるほどなのだからやはり働きすぎなのだろう。
「具合のほうはどうでしょうか?」
目の前に食事を乗せたカートを持っていき尋ねると、ディートハンス様は肩を小さく竦め持っていた資料を横に置いた。
その際に部屋着の上に掛けた衣がわずかにずれる。いつもかっちりと隙がない人物が、ボタンも緩め髪もセットしておらず寛いだ姿は新鮮だ。
正直、色気がすごすぎて目のやり場に困る。
私はなるべく意識しないようにし、ディートハンス様の手元を見た。
「問題ない。周囲が大袈裟なだけだ」
「皆様とても心配されておられます。私から見ても顔色が悪いように見えますので、完全に治るまではゆっくりしていただけたら周囲も安心されると思います」
「君を寄越すくらいだからな」
感情がわかる不満げな声に顔を上げると、ディートハンス様は私の顔をじっと捉えた。
力になれることがあるならと思ったけれど、やはり来ないほうが良かっただろうかと不安になる。
団長たちに太鼓判を押され、何もできずに状況だけ聞く状態は不安すぎてせめて顔だけでも見たいと思ったことを後悔する。
最終的にディートハンス様も了承したけれど、しぶしぶだったので本音は嫌だったのかもしれない。
「すみません」
寮にいることは認めてもらったとはいえ、いてもいいとも言ってもらったとはいえ、人との距離に敏感にならざるを得ないディートハンス様にとって私は面倒な存在だろう。
実際にディートハンス様がそう感じているいないではなく、同じ騎士でもなく魔力なしで気を遣う存在ではあるはずだ。
ましてや弱っているときほど、余計なことに気を遣いたくないだろう。
仕事を引き受ける前に考えたことがまた思考をかすめ、感情が揺れる。
フェリクス様やアーノルド団長にお願いされてというのは大きかったけれど、最終的に自分の気持ちを優先させてしまったことに落ち込んだ。
「どうして謝る?」
「ご迷惑をおかけしているので」
「迷惑だとは思わない」
言い切られ伏せかけた視線を上げると、思いのほか強い双眸とかち合った。
アンバーの瞳がまっすぐに私を射て、月光のように恐ろしいほど静寂に輝きを放っていた。反論する余地さえ見いだせない強さに、さっきまで抱えていた不安が消えていく。
――言葉通りに信じてもいいのかな……。
ディートハンス様の言葉は、ささくれ落ち込んだ私の心にすとんと胸に落ちてくる。
沈みそうになる思考の中、ぴしゃりと告げられる言葉は疑う余地もないほど淡々として涼やかで、だからこちらもそれ以上の余計な思考が続かない。
ディートハンス様が私に嘘をつく必要もないし、魔力の件もあってこういう線引きははっきりしているはずだ。
何よりこんなにまっすぐ見つめてくる人の言葉を疑ってかかるほうが間違っている気がした。
私はここに来た時の気持ちを思いだし、半ば強引に切り出した。
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