43 / 127
こぼれ落ちた記憶①
しおりを挟む演習を終えてから一か月後、最強の第一騎士団、魔道の第二騎士団、討伐の第五騎士団、そして治癒の第六騎士団の編成組が王都を発つことになった。
期間は短くて一か月から長くて三か月ほど。あの演習も現在魔物が増えている地域のためのものであったらしい。
前回参加していなかったフェリクス様は王都を守るために残る。
「ミザリア」
「はい」
ゆったりと力強い美声に呼ばれ、目の前に立つ美丈夫を見上げた。
「しばらく留守をする。困ったことがあったらフェリクスや残っている者を頼るように」
「わかりました。お気をつけて。ご武運をお祈りします」
今回の遠征はこの寮からは、総長を筆頭に第一騎士団の三名、アーノルド団長と副団長であるレイカディオン様と第一騎士団第一隊長であるセルヒオ様。治癒部隊である第六騎士団第一隊長のニコラス・スモールウッド様が参加される。
第二騎士団からはこの寮ではないけれど、よくここを出入りされる第二騎士団所属第一隊長の茶色い髪と瞳にそばかすのモーリス様が今回は遠征に参加する。
フェリクス様と副団長であるブラッドフォード様は、総長不在の王都での業務を含め取り仕切るようだ。
あとは第四騎士団のユージーン様と第五騎士団シミオン・ダルトリー団長、第六騎士団第二隊長フィランダー・ムーアクロフト様は残る。
「行ってくる」
玄関ホールまで見送ると、第一騎士団隊員がすでに控えており総長に白と金のペリースを渡すと、それを羽織り金留め具で留め、私の頭をくしゃりと優しく撫で総長は騎士を引き連れて寮を出て行った。
「どうかご無事で」
私はその姿を目に焼き付け、深々と頭を下げ見送った。
ディートハンス様たちが遠征に出てから数日後。
「今、どの辺りなんだろう……」
安否を気にしながら誰かを待つのは初めてだ。
これが彼らの日常なのだとしても慣れることはきっとない。
この三か月、夜は必ずディートハンス様や第一騎士団、フェリクス様たちの誰かはいたのでやけに静かに感じる。
この時間、遠征組以外も出払っていて寮にいるのは私とユージーン様だけだ。
彼はいつ食べるかわからないのでいつでもつまめるように夜食をテーブルの上に用意し、洗い物を終えるとキッチンを後にした。
「何してんの?」
ぼんやりと窓の外を眺めながら歩いていると話しかけられ、声のしたほうへと視線を向ける。
前のほうからユージーン様がプラムを乗せた深皿を持ってやってきた。
彼は他の騎士とは違った時間帯に動くので、まともに顔を合わせたのは三回だけであまり人となりはわからない。
第四騎士団は特殊部隊と言われ、特殊な事件に関わることが多くその内情は極秘な任務が多い。そのため事件が起こると現場で調査など王都から離れることも多く、留守をすることも多いらしい。
階級も極秘であるため知らされていないが、この寮に在籍している時点で何かしらの役職はついていそうである。
初めて会った時は任務あけだったので、瞼がくっつくかというほど目をしょぼしょぼさせながらの挨拶だった。
それから二度ほど、私の魔力に関して質問をされ状態を診察されたのだけど特にこれといって進展はなかった。
金茶の髪に瞳、顔のパーツの一つひとつは整っているがどこにでもいるような凡庸な顔で印象が薄く、特徴はと聞かれても何も浮かばない。
一つだけ挙げるとしたら、にっこりと笑う笑顔に裏がありそうと思うことだろうか。
なんだかいつもつまらなさそうで目が笑っていない。
平凡顔もあってやあやあと今にも言いそうなくらい気さくな雰囲気を醸し出しながら、驚くほど隙がないのがユージーン様である。
「ユージーン様。これから夕食ですか? よろしければ温めます」
「いや、いい。……やはりお願いできるかな? 君とはゆっくり話したいと思っていたし」
「はい。では食堂のほうへ」
本日のメインディッシュは牛肉の赤ワイン煮込みである。
火にかけ必要な分のパンも切り分けてユージーン様の前に配膳し、食べている間はいつ用事を言われてもいいように明日の仕込みをする。
夜が遅いにもかかわらず、お替わりもぺろりと食べ終えたユージーン様は満足だとぽんとお腹を叩いた。
初対面は眠すぎて不機嫌だっただけなのかとっつきにくさを感じたけれど、ぽっこり膨れたお腹を叩く様子は二十九歳の大人にしては幼い行動に見える。
――びっくりするほどぽっこりだけど……。
第一、第二騎士の方に比べると細身なのに、ものすごい勢いでユージーン様は食事を平らげていった。まさに吸い込むという表現がしっくりくるくらいあっという間に皿の上の料理がなくなり、ある意味爽快な光景だった。
自身の三日分くらいあったのではと思える量があの腹の中にある。どうしてもそのお腹に注目してしまうのをやめられない。
しかも、食べている間は鼻歌を歌っていたかと思えば、ひたすら無言で食べと、リズムが掴めない。
それに前回は気にならなかったけれど、ユージーン様の周囲にふわりと光の玉が先ほどから一つ飛んでいる。
なるべくそれを視線で追わないようにしながら、空になったグラスにワインを注いだ。
「ありがとう。俺は仕事以外で極力人と接したくないし人がいるのはあまり好きじゃない。だから、手伝いの人はいらないと思っていたけど、たまに話し相手がいるのはいいよね。ひとりなら温めずに食べていただろうし」
かなりはっきり告げられ、自身のペースを乱されるのが嫌な人なのだなと理解する。そして、これからも寮の家政婦業をするにあたってこれは大事な情報である。
必要以上に手を出してくるなと先に教えてくれるのはありがたい。しばらく次の大きな任務が入るまで寮におられるだろうし、必要以上に話しかけないほうがいいだろう。
「少しでもお役に立てているなら嬉しいです。ここでは皆様にたくさん助けられているので、どちらがお手伝いなのかわからなくなるときもありますが」
「まあ。基本ここの人たちは善人だからね。相手がよほどの悪人ではない限り同じように返すよ」
そこでユージーン様はぞっとするほど冷たい瞳で目の前のフォークを見据える。
それは一瞬のことで「ミザリア」と優しげな声に名を呼ばれ視線を合わせると、ユージーン様がうっすらと微笑んだ。
金茶の瞳が私を見ながらも、その実態を捉えるように周囲へと視線が這っていく。
216
お気に入りに追加
2,347
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!
葵 すみれ
恋愛
成り上がりの男爵家に生まれた姉妹、ヘスティアとデボラ。
美しく貴族らしい金髪の妹デボラは愛されたが、姉のヘスティアはみっともない赤毛の上に火傷の痕があり、使用人のような扱いを受けていた。
デボラは自己中心的で傲慢な性格であり、ヘスティアに対して嫌味や攻撃を繰り返す。
火傷も、デボラが負わせたものだった。
ある日、父親と元婚約者が、ヘスティアに結婚の話を持ちかける。
辺境伯家の老人が、おぼつかないくせに色ボケで、後妻を探しているのだという。
こうしてヘスティアは本人の意思など関係なく、辺境の老人の慰み者として差し出されることになった。
ところが、出荷先でヘスティアを迎えた若き美貌の辺境伯レイモンドは、後妻など必要ないと言い出す。
そう言われても、ヘスティアにもう帰る場所などない。
泣きつくと、レイモンドの叔母の提案で、侍女として働かせてもらえることになる。
いじめられるのには慣れている。
それでもしっかり働けば追い出されないだろうと、役に立とうと決意するヘスティア。
しかし、辺境伯家の人たちは親切で優しく、ヘスティアを大切にしてくれた。
戸惑うヘスティアに、さらに辺境伯レイモンドまでが、甘い言葉をかけてくる。
信じられない思いながらも、ヘスティアは少しずつレイモンドに惹かれていく。
そして、元家族には、破滅の足音が近づいていた――。
※小説家になろうにも掲載しています
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
聖女候補の転生令嬢(18)は子持ちの未亡人になりました
富士山のぼり
恋愛
聖女候補で第二王子の婚約者であるリーチェは学園卒業間近のある日何者かに階段から突き落とされた。
奇跡的に怪我は無かったものの目覚めた時は事故がきっかけで神聖魔力を失っていた。
その結果もう一人の聖女候補に乗り換えた王子から卒業パーティで婚約破棄を宣告される。
更には父に金で釣った愛人付きのろくでなし貧乏男爵と婚姻させられてしまった。
「なんて悲惨だ事」「聖女と王子妃候補から落ちぶれた男爵夫人に見事に転落なされたわね」
妬んでいた者達から陰で嘲られたリーチェではあるが実は誰にも言えなかった事があった。
神聖魔力と引き換えに「前世の記憶」が蘇っていたのである。
著しくメンタル強化を遂げたリーチェは嫁ぎ先の義理の娘を溺愛しつつ貴族社会を生きていく。
注)主人公のお相手が出て来るまで少々時間が掛かります。ファンタジー要素強めです。終盤に一部暴力的表現が出て来るのでR-15表記を追加します。
※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。
嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」
顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。
裏表のあるの妹のお世話はもううんざり!
側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ!
そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて――
それって側妃がやることじゃないでしょう!?
※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる