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魔力なしはいらない②
しおりを挟む「おま、生意気だなっ!」
反論すれば激怒されることは予測していたのである程度構えていたけれど、痛いものは痛い。
じんじんする頬とは別に口の中が鉄くさい。打たれた拍子に歯が当たり、頬と内側が少し切れてしまったかもしれない。
震える手で頬を押さえながら、視線を外してなるものかとベンジャミンを見つめた。
手を出したことで鬱憤を晴らせたのか、思案するように顎に手を当てて私を睨んでいる。
――やっぱり、ベンジャミンは私という問題の完全排除を望んでいる。
この先私がどうなろうと気にはしないだろうけれど、領地で噂になるようなことは婚約に影響を及ぼすと思っている。
ここが私にとっての正念場だ。
何も持たずに放り出されれば、それこそ先ほどの言葉は冗談ですまされない。
かといって、勝手に持ち出せば出発する寸前に荷物を取り上げられてしまう。なら、先に話をつけておくしかない。
私を確実に出て行かせたい、婚約を上手く運びたいと思っている今なら勝機があるはずだ。
「ですが、何もなければそうなる可能性は小さな子どもでもわかります。役立たずな私ではこの領を出て行けるかもわかりません」
「ちっ。そんな目で俺を見るな。そうだな。確かにお前は魔力なしの役立たず。価値もないお荷物だ。どこにいっても役立たずは役立たずのままだろう」
価値はない。そう何度も何度も聞かされてきた。私はブレイクリー伯爵家にとっていらない子。
言葉で肯定しても否定してもえらそうにと先ほどのように怒られるので、話は聞いていると示すように小さく顎を引いた。
ベンジャミンは腕を組みながら指を苛立たしげに動かしながら私を忌々しげに見ていたが、指の動きを止めると口元を歪めた。
「そうだな。今後一切この家に関わらないというのなら少しの温情は与えてやろう。俺は優しいからな。部屋にあるもの、数日分の食料。それでどうだ?」
部屋にあるものを持ち出す許可、そして食料。正直、食料がもらえるとは思わなかったが、よほどこの領内からさっさと出ていってほしいのだろう。
ならばと念を押す。
「伯爵夫人にもお話ししていただけますか?」
「ちっ。今日はよく喋るな。ああ、俺から母に言っておいてやろう。いいか、三日後にはお前は伯爵家とは縁も縁もないただの小娘だ。さっさと俺から見えないところ、伯爵領から出て行けよ」
「はい。恩情いただきありがとうございます。三日後の夜、すみやかに出てきます」
「ふん。さっさと片付けておけ」
再度、バケツをけりつけると苛立たしげにベンジャミンはその場を後にした。
その姿を見送りほっと息をつく。バケツを戻し、その上にスカートの水を絞りそっと肩の力を抜いた。
魔力なしと言われているが、生まれた時の私はかなりの魔力を持っていたらしい。母は美しくその上特別な魔力を持っていたそうで、目を付けた伯爵に手を出されて産まれたのが私だ。
貴族は魔力があればあるほど好ましいとされるので、ブレイクリー伯爵は私の誕生を大層喜び伯爵家で育てると決め、母子ともにブレイクリー家に迎え入れられた。
貴族の魔力検査は生まれた時、そして五歳の時には正式に王都の教会でするのが通例だ。
その五歳の時に、私の魔力が消失していたことがわかり状況は一変した。
魔力なしと言っても私に全く魔力がないわけではない。あまり魔力を必要としない魔道具を使えるくらいならある。
魔力鑑定に反応しない者は総じて魔力なしと呼ばれる。
貴族の魔力なしはいらない子。扱いは家にもよるが、私はこの家でそう判断された。
ブレイクリー伯爵家の領地は決して大きくないが、質のいい魔石が定期的に取れるため金に困らなかった。
その金で権力者との繋がりを維持してきた伯爵家は見栄っ張りで、力もなく自慢にもならない魔力なしは使いものにならないいらない子だった。
母はすでに潰れた元男爵家の娘と身分も低く、私には後ろ盾もない。
どこかの貴族に嫁がせるにも魔力なしは必要とされない。その辺に売るには伯爵家の血が流れている。
そこから私は役立たずの不要の子、身分の低い母の扱いも悪くなり、もともと丈夫ではなかった母は心身ともに弱りその一年後に亡くなった。
母がいなくなって、伯爵の関心は全く私に向けられることがなくなった。
完全に伯爵から見放された私は、ずっと私たち親子の存在を面白くないと思っていた伯爵夫人と兄にいじめられ役立たずと罵られ、使用人のようにこき使われ続けてきた。
伯爵は魔力なしの子はなかったことにし、私が生まれてからは放置気味だった長男で後継者となるベンジャミンを可愛がるようになり、屋敷内では伯爵夫人が幅を聞かせるようになった。
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