勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

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第四章(下)

四天王戦ーその4

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前回のあらすじ、リリーが三階から飛び降りる。


ちんちくりんな少女は、四階建ての建物の屋根から、井戸が中心にある散々に荒らされた開けた場所を見下ろす。

見ると、空中を漂う無数の石ころに襲われている杖持ちの少女が、半壊した井戸のそばに、そして少し遠くには、銀髪の男が市場へと続く路地を歩いているの分かる。


「スズはあの男と戦っていたのでしょうか。何発かスズの攻撃を喰らっているようですが、まだ動いているようですね。恐らく四天王に操られているのでしょう」


状況を確認すると、ちんちくりんな少女は太ももからナイフを抜いて投げ、男の上着を通し、男の近くの壁に命中させる。

すると、まるで釘で固定された看板のように、男は身動きが取れなくなる。

それでも男は慌てず、坂の上... 杖持ちの少女のいる開けた場所から何者かが来ないかを確認し始める。

その様子を見て、ちんちくりんな少女は開けた場所に降り立ち、石の攻撃を防ぎ切った杖持ちの少女のそばまで寄る。


「リ、リリーさん、降りてきてはいけませんよ。リリーさんがどこにいるのか、四天王に知られてはいけません」

「大丈夫です、男はナイフを警戒して簡単には動きませんよ。それよりスズ、敵の能力は?やはり影でしたか?」

「は、はい。あの方の影に人や物の影が重なると、その人や物を操る事が出来る能力です。四天王は魔物のようで、あの方の影に隠れています」

「人も、ですか... 闇討ちでもされたら面倒です。遠距離から無力化、そしてスズが魂を操り奴を発散させるのが良いですね。それかどうにか影から引きずり出して私が殺します。私は屋根の上から、スズは地上からお願いします。」


言い終わると、ちんちくりんな少女はそばの建物の屋根を見据え、飛び上がる準備をするため駆けだす。

だがなぜか足を途中で止め、杖持ちの少女に背を向けたまま... 


「見た目ほど出血が酷くないようで安心しました。もう油断しないでください」


と言うと、音も立てずに屋根まで飛び上がり、屋根の向こう側に姿を消す。

その言葉に杖持ちの少女は少し微笑み、夕陽の方向、市場へ向かう路地へと向かう。


***********


あの麻袋には魚の燻製とかお菓子とかが入っていたし、三階のあの場所にあの速度で物を投げられるのはスズだと判断したのだろうか。とにかくタイランとメイの部屋に行かなくては。


「メイ!スズが戦いに入って... 」


他の人も泊まっている宿だというのに、扉を開けるや否や、思わず叫んでしまう。

だが、そんな俺とは相反し、部屋の中の空気は羽毛もびっくりするほどフワッと緩んでいて... 


「なんだあ?十体だと!」

「はい、それぞれの両手指に一人ずつです」

「お召し物に隠せる仕掛けが施されているのですね」


タイランはベッドにうつぶせに寝っ転がり、メイと店員さんはベッドの縁に腰掛けている。

それぞれが可愛らしい人形を抱えており、タイランは人形の両手をパタパタさせて、遊びながら話していた。


「メイ、スズが戦闘態勢に入って、それで俺たちの部屋に袋が投げられて... 」

「おうへっぽこ!なあなあさっきの、へっぽこにも見せてやってくれよ」

「良いですよ」


店員さんがそう言ったかと思うと、両手を宙に掲げ、なにやら両方の親指を曲げ始める。

すると膝の上の二体の人形は急に立ち上がり... 互いに近づき、握手をするように手を触れ合わせる。そしてその二体の人形は店員さんを見上げ、ばんざいをするように両腕を上げる。


「おお!指を一本しか使っていないのに、本当に生きているみたいだな!仲良さそうだぜ」

「お見事です」

「関節ごとに糸が結びつけてあるので、精密な動きが出来るんですよ。親指は力を象徴しますから、特別に精密な動きが出来るようにしてあります」


おお... なんか人形が回り始めたぞ。

いや確かにすごいけどそうじゃなくて... 


「そんなことよりメイ、スズとリリーが大変なんだよ!」

「スズう?がはは!昨日は大量に血液を失うし、今朝は壁を壊すし、今回は随分暴れているな!」

「スズ様がいかがなさいましたか?」

「多分四天王と戦い始めたんだと思う。リリーは窓からスズの所へ向かって行ったみたいで... 」

「四天王だと!?バカ!早く言えへっぽこ!」


怒鳴ったかと思えば、遊んでいた人形を優しく座らせ、ベッドから飛び降りると、そばに立てかけてあった大剣を背中に仕舞う。


「ほら行くぞメイ!」

「かしこまりました」


**********


人けの無い路地にて。男は沈みかけの夕陽を確認し、坂の上の方、自身が逃げてきた方向を観察する。

首の襟を見ると、どこからか飛んできたナイフが刺さっており、男を壁に釘付けにしているのが分かる。

忌々しそうに男は自身の上着を脱ぎ捨て、再度坂の上を確認する。

すると坂の上、男から十数メートルほどの所から、杖持ちの少女が腹の下の辺りで両手を組み、優雅にこちらに歩いてきているのが分かる。


「俺は今ちょうど路地の半分くらいの所か。んー、そんなに呑気に歩いていて良いのかい?市場には隠れる所も多いし、俺を追いづらくなるぜ?」


男はニヤついた顔を浮かべながらも、近くの建物の屋根に目を配らせる。

だが相対する杖持ちの少女は、反対に心底不思議そうな顔を浮かべ...  


「なぜですか?例えここに私しかいなかったとしても、あなたは逃げられませんよ?」

「んんー、やっぱりもう一人いるのか。確か投げナイフを使う女は、感情を読み取る能力を持っているとパルスが言っていたなあ。影からこいつの魂を操っている、この俺の感情も読み取ることが出来るのかは分からないが、二対一はちょっときついな」


男は、優雅に近づいて来る杖持ちの少女と、同じ速度で後ずさりを始める。


「そういやお前の能力の本質は、パルスやアンと似ているようだな。魂に干渉してその器を操ることが出来るようだ。お前のその目... 俺の隠れている影に触れ、俺を発散させようとしているな?至極冷静にこいつの影を見据えやがって」


男はニヤついた顔を崩しはしないが、うっすらと冷や汗をかき、杖持ちの少女と周囲の建物に気を配りながら市場を目指す。

市場から聞こえて来る酔っ払いや通行人の声が、男の耳にはより鮮明に聞こえて来る。

その状態を保ちつつ、市場まで残り十メートルといった所。男は、自身の足に、何の前触れも無く起こったその異変に気付く。

出血はしなかったし、痛覚の情報も受け取っていなかったために、男は一歩出遅れてしまった。


「靴に... ナイフが!?ん... 」


男の右足がなぜか動かなくなったことに気付き、視線を落とすと... 右の靴のつま先と、足のつま先の間のほんのわずかな箇所に垂直にナイフが刺さり、靴を地面に釘付けにしているのが分かる。

男が視線を落とした瞬間、杖持ちの少女は近づいたときに影が重ならないように右に少しずれ、体勢を低くし、地面を思い切り蹴る。


「ナイフを... 上に投げ、放物線を描かせ俺の足を狙っただと?音だけで俺の位置を予測しただと!?」


杖持ちの少女は男の影の近くに着地し... 前のめりになり影の方に手を伸ばす。


「魂を操らせていただきます」

「馬鹿野郎!夕陽の位置が見えねえのか!」


瞬間、辺り一面が闇に包まれ、その闇が男の影を隠す。杖持ちの少女が地面に触れるも何も起こらない。同時に男の全身からは力が抜け... その場に倒れ伏す。


「魂が... 」

「俺は影の中にいるんだぜえ?影が無くなればこうやって魔物として姿を表すさ... ここからは俺の時間だ!裏は表を、闇は光を、そして人間の影は人間本体を支配する... ん?おっと」


そして抜け殻のように動かなくなった男の体のそばには... 黒い長髪の、細いがしっかりと筋肉のついた、一糸まとわぬ姿の別の男が、どこからともなく現れ腰を曲げて立っていた。男の肌はあちこち黒ずんでおり、酷い箇所からは黒い霧のような物が漏れ出ている。

長髪の魔物が少し顔を傾け、そしてすぐそばの地面に目を向けると、地面にナイフが刺さっているのを確認する。

上を向くと、そばの四階建ての建物の上に、ちんちくりんな少女がいるのが分かる。


「関係ありません。畳みかけますよスズ」

「んー... 」


合図と同時に前のめりになった杖持ちの少女は両手を地面に付き、体を勢いよく浮かせ空中で一回転させて起き上がり... 

白い布が舞う。

ちんちくりんな少女はその姿を確認すると、長髪の魔物の頭目がけ、躊躇なくナイフを投げつける。

長髪の魔物の後方、体二つ分後ろには更にもう一本のナイフが落ちようとしていた。ちんちくりんな少女はすでにナイフを投げており、魔物が攻撃を後ろに避けたとしてもこのナイフが刺さってしまう。

魔物に迫りくるのは三つの攻撃。どれをとっても魔物を絶命にさせるには十分な威力で、魔物自身もそれは理解していた。

だが攻撃を迎え撃つことも、避けることも、逃げることもしなかった。魔物自身にはそんな力は無かったし、そうするには時間が圧倒的に足りなかったからだ。

代わりにナイフと突きが当たる一歩手前、魔物は杖持ちの少女に背を向け... 何か鋭い音を鳴らす。

その瞬間、音と同時にまばゆい光が放たれ、魔物の体は霧となって発散し、二人の少女の視界から姿を消す。


「スズッ!」


杖持ちの少女の腕は伸びきり、二本のナイフは地面に刺さる。

攻撃が空ぶった瞬間、二人は即座に何が起こっているのかを理解した。まばゆい光の正体は火で、そばに座っていた男の影が、杖持ちの少女の影に重なっている。

綿を燃やす炎は力無くゆらめいており、そばには火打石が落ちていた。


「んんー... ここからは俺の時間だと言ったはずだ。俺が影を支配し、お前らを殺す。そして今!影が重なっているな!」


先ほどまで地面にぐったりと座り込んでいた色素の薄い男は、上体を起こし、片目と口を大きく開け、杖持ちの少女を指差す。

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