勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

文字の大きさ
上 下
75 / 115
第三章(下)

四天王戦Anotherーその4

しおりを挟む
前回のあらすじ、リリー対カズ王子に俺が乱入。


「っ!?」


カズ王子は自分の左腕を確認すると、急いでローブの位置をずらそうとする。

だがいち早くリリーがナイフを投げ、カズ王子の動きを牽制する。

ならばと今度は左腕を後ろに隠そうと体を捻ろうとするが、またもやリリーがナイフを投げ、カズ王子の動きを牽制する。


「駄目です、左腕を動かさないでください。今からあなたに近づき、確実に左腕にナイフを刺します。両腕を負傷させてしまえばあなたに遅れを取ることはありません」


リリーは構えを解き、ナイフを手にしたまま堂々と歩き始める。

そ、そうか... 能力を使って左腕の動きを予測出来るのか。


「い、いやだなあリリー、とても暴力的じゃないか。この僕に、ナイフを刺そうっていうのかい?」


リリーは歩みを止めない。半目でしっかりとカズ王子を見据えている。


「リリー、最後の確認だ。君は、スズが王女になることを、拒まないのかい?」


リリーの動きは変わらない。淡々と距離を詰め... カズ王子の蹴りの間合い一歩手前で止まる。

両者ともに向かい合い、そのまま一歩も動かない。

互いが互いの出方を伺っているようだ。


「っ!」


そんな中先に動いたのはカズ王子だ。

どういう訳か俺に手を伸ばしてくる。


「がっ!」


当然リリーはそれを許さない。カズ王子の左腕にナイフを命中させる。


「うぐっ!」


そのまま、容赦なく二本目のナイフを左肩に命中させる。

そしてうろたえるカズ王子に向かって歩み寄り... 


「ぐがっ... !」


目にも止まらない速さで顎に膝蹴りを食らわせる。

その衝撃にカズ王子は思い切りのけ反り、地面にぐったりと倒れる。

ほんの一瞬の、数秒もかからないうちの決着だった。

は、ははは... 良かった... リリーが強くて良かった... 


「良い大人なんですから、妹離れしてください」


... 俺は、思ったことを顔に出さない。


「ぷっはあああぁぁーっ!」


カズ王子がビクとも動かないのを確認すると、リリーはとんでもなく大きなため息をつき、後ろに倒れ込む。


「あ、ありがとうリリー、本当に助かった... 迷惑をかけてすまない!」


すると寝そべったままのリリーは、寝そべったままの俺に目を向け... ゆっくりと青空を仰ぐ。

戦いで疲れているのだろうか、しばらく沈黙が続く。


「... 黙ってください。そんなことよりも、メイから水筒を預かっているでしょう。こっちに投げてください」

「あ、ああ」


怒っているのか判断がつきづらいな... まだ痛みは残るが、ひとまずリリーが無事に勝てたことを喜ぼう。

少し気まずい空気の中、リリーは起き上がって地面に座り、水筒の水で顔を洗う。そしてポケットからハンカチを取り出し、顔を拭く。


「う、うーん... 」


そんな落ち着いた時も束の間。カズ王子がうめき声を発し、起き上がろうとする。するとカズ王子が体勢を立て直す前に、リリーがナイフを投げ... カズ王子の真っ白の仮面を真っ二つに割る。

くっ... ちょっと疲れたイケメンの顔だ... 

カズ王子は負傷しているはずの両腕を重々しく上げ、降参のポーズを取る。

そしてリリーはカズ王子と俺に近寄り... 


「ちょっと持っててください。後で洗って返さないといけないので、もう汚さないでくださいね」


水筒とスズのハンカチを渡してくる。


「私の勝ちですね。どうせスズを起こす薬も持っているのでしょう?すぐに目を治療してもらいたいので、出してください」

「... そうだね、君の勝ちだ、リリー。僕の傷もついでに治してもらって良いかい?」


カズ王子はニコッと微笑み、内側のポケットから、なにやら白い粉の入った試験管を取り出す。


「タイランと合流して、アンを捕まえてからです。後でスズに怒ってもらいますからね」

「... どうやら、僕の命もここまでみたいだね」


それは冗談で言っているのか?


「はい、本物の薬のようですね。やはり顔が見える見えないでは大きく違ってきます」

「とても強い能力だね」

「では更に強力にするために、ローブとジャケット、手袋も取ってください」


カズ王子から衣類を剥ぎ取ると、リリーは茂みの中に入っていく。

え... カズ王子を置いていって良いのか!?俺と二人きりにして危なくないのか!?


「勇者君、僕はリリーを、なめていたのかもしれないね」

「え... ?あ、はい。そうなん... ですかね」


膝を抱えるように座り、いまだに横たわっている俺に話しかけてくるカズ王子。


「でもまあ、リリーと戦うことは、アンから出された条件の一つだったからね... 」

「は、はあ... 」

「リリーを倒せなければ、僕がスズの代わりに王になるだなんて、無理ってことかな」

「へ、へえ... 」


王になる?もしかしてこの騒動、カズ王子が王様になりたかった事が原因なのか?細かい事情は良く分からないが... 愚痴をこぼす前に、ひとまず殴ったことは謝って欲しいかな...

少しすると、こんな気まずい空気をぶち壊すように、リリーが茂みから現れる。眠ってぐったりしているスズを引きずってきているようだ。


「さて、スズを起こしますね... へっぽこ、何かあったんですか?」

「い、いやなんでもない。痛みももう引いてきた」


怪訝そうな顔を浮かべるリリーだったが... 考えても無駄だという風にスズの方に向き直る。そしてスズの上体を起こし、試験管のコルクを抜く。


「ったく、手間だけかけさせてくれましたね、カズ」

「... 申し訳ないねリリー。でも、楽しい物語になっただろう?」


そして悪態をつくリリーが試験管をスズの顔に近づけると... 


「っ... !!」


なぜか... スズが、リリーに拳を振るった?

拳を振るう予備動作も、振るう過程も見えなかった。ただ視認し、理解したのは、スズが拳を振るったという事実のみ。それ以外の全てがとてつもなく速く、無駄のない動きだった。


「... は、ははははっっ!!」


リリーは紙一重で首を傾けたのか、それとも拳が届く前に後ろに飛んだのか、大きく後ろに跳躍してスズから距離を取っていた。


「カズ!この薬はなんですか!?」

「あれ... もしかして僕、ジャケットのポケットから薬を出してしまったのかい... 」

「そうですよ、まさかこれ... 」


スズがふらっと立ち上がり... 顎を突き出し、離れた所にいるリリーを見据えていた。その黄色い目は少し光っているようで、リリーのあちらこちらを眺めるよう、落ち着きなく揺れていた。


「それ... 麻薬だよ」

「っち、昨日私がコルクを抜いたときに、スズも少し嗅いでしまっていたんですね...」

「だが、匂いをほんの少し嗅いだだけでは効果は出ないはずだ」


じゃ、じゃあスズが今リリーを殴った理由って... 


「プラシーボ効果です!」

「はあああっっ!?」


スズは相も変わらずリリーをなめ回すように見ているのに、リリーは全く動じず、スズの出方を伺っている。


「で、でもここにはカズ王子とリリーがいるんだし、いくらスズが強いと言っても、二人がかりなら止められるんじゃ... 」


するとリリーはなぜかスズから目を離し、俺を見る。カズ王子もなぜか同様の動きをする。


「お、俺... 何か変な事言ったか?」

「例え私たちが万全の状態だったとして... 」

「... 僕たち二人が束になっても、スズに勝つことは不可能だ」


えっ... それってめちゃくちゃヤバいんじゃ... 


「はあああはあ、あははははは!!!」


現状を理解した俺に一切気を使うことなく、リリーとの距離を詰めるため、スズは重い一歩を、踏み出す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...