勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

文字の大きさ
上 下
68 / 115
第三章(下)

監視台へ行こう!

しおりを挟む
顔を洗ってから部屋に戻ると、リリーがちょうど起きてきたところのようで、誰もいない俺のベッドの上の空気を蹴っていた。

そして開口一番。


「おいリリー!クルミ王子がスズと婚約破棄するらしいぞ!」


するとリリーはぴくっと身体を震わせてこちらを向くが... 表情は一切変えず、半目でのそのそとこちらに歩いてくる。そしてそのまま俺の懐にポンと体をぶつけると...


「ぐふっ!?」


俺の頬を殴ってきた。

当然俺はしりもちをつく。


「な、なにするんだよ!?せっかく良い知らせを持ってきたの... 」

「痛いですか?」


いまだに眠そうな表情でこちらを見下ろすリリー。


「え... はい、とても」


するとリリーはピクッと身体を震わせ... 眠そうな顔のまま口角を上げる。

しまった... 寝起きのリリーに絡むんじゃなかった... なにか勘違いして俺の事を殴ったのか?


「なら夢では無さそうですね。口をゆすいできます」


と、言いたい事だけを言い、のそのそと部屋から出て行ってしまうリリー。

自分の身体を使えよおっ!!


**********


「やあ勇者君!昨日はお楽しみだったかい?」


一階の食堂に下りると、カズ王子だけがすでに準備を整えていて席についていた。


「ええ、とても楽しめましたよ。クルミさんとの時間」

「はははっ、それは嘘だね。クルミ王子殿下にはスズと同じようなところがあるから、たっぷりと異世界の話を絞りとられたってところだろ」


くっ、クルミ王子の本性も、昨日の出来事もバレてる。


「お見通しでしたか... 」

「君の考えている事は読みやすいからね、初めて会った時もそうだった。手練れを手練れだと見抜けない、敵意を敵意だと見抜けないのは致命的だ。君は、僕をただの頭のおかしい、顔の良い男だとしか思わなかった」


敵意?こいつまさか、最初に会った時に俺を襲おうとしていたのか?


「もちろんこんなこと、普通は出来なくて良い。スズもタイランも、人を読むのは得意ではないからね。だが、ならなぜ、僕は君にこんなことを話していると思う?」

「さ、さあ?」


すると、両腕が動けばおどけたポーズを取るような仕草と笑顔を見せ...


「君がとても弱いからだ。圧倒的な力があれば、敵を敵だと認識出来なかったとしても、不意をつかれたとしても、相手をねじ伏せる事が出来る。だが弱者にはそれが出来ない。だから敵を敵だといち早く見抜き、先手を打たなければならないのさ」


手芸用品店での出来事といい、やっぱりカズ王子は俺が弱くて能力が発動出来ないことを見抜いているんだな...


「まあもちろん。君の能力が発動すれば、こんな事を言う必要も無いんだがね」


そうだな... 日本でただの一般人として育ってきた俺に、カズ王子のように人の考えている事を当てたり、スズのような力や能力が無いから俺はとことん弱いと、そう言っているのだろう。

するとなぜかカズ王子は驚いたように目を見開き...

え、俺なんか変な事した?


「あれ、勇者君は本当に能力が使えないのか」


あ、カズ王子の中ではまだそれは不明だったのか... 今更どうってことはないが、本格的にばれてしまったな...


「おはようございます勇者様、カズ王子殿下」

「おはよう」

「おはようかわい子ちゃん」


お、メイだ、珍しくタイランが一緒じゃない。


「タイランお嬢様も私も準備は整っておりますので、後はリリー様とスズ様ですね」


メイは自分の腰の剣を見ながら言う。

あれ、そういえばメイの武器ってハンマーだったんじゃ... 今回も荷車に積んであったし、使わないのかな?


「今日も剣なんだな」

「え?はい、ハンマーは持ち運びに適していませんので、剣を使います。それに街中であれを引きづって歩くと、とても目立ってしまいますので」


言った通りなんだが、それならそれでハンマーを持ってくるなよと言いたい。



**********


とっとと朝ごはんを済ませ、六人でぞろぞろと街はずれの監視台まで向かう。宿の人の話を聞く限り、歩いて三十分くらいの距離だそうなので、必要最低限のものだけ乗せ、タイランの引く荷車で向かう。

荷車で向かうといっても、魔獣が俺たちをどういう場所に連れていくのかが分からないということで、メイは結局ハンマーを置いていくようだった。


「スズゥ、カズ兄な、お願いがあるんだ」

「ま、また引っ付いてくるので駄目です」

「頼むよおスズ、腕が動かないせいで、朝食もしっかりとれなくてお腹ぺこぺこなんだよお」


先ほどまでの講義の時の真剣さはどこへやら。ただいま、カズ王子はスズに絶賛うざがられております。

猫をなでるような声でスズにベタベタと近づく様は... はっきりいって気持ち悪いと言わざるを得ない。


「か、監視台に着いたら治しますから、大人しくしてくれないともう片方の足も折りますよ」

「うーんつれないなあ。だがそんな怒り顔のスズも可愛いなあ... く!?」


なにやらカズ王子が急に苦痛の表情を浮かべる。どうやらなにかしらの痛みが足に走ったようで... 確認すると、見慣れたナイフが、折れていない方の足の太ももに刺さっていた。


「い、痛いじゃないかリリー。もう、二人とも照れ隠しが過ぎるね」

「次はロマンチックに心臓に刺してあげましょうか」


リリーが笑顔で語りかけると、カズ王子から離れた、スズの隣に腰を下ろす。

あ、至近距離でナイフを刺したからか、リリーの頬に血が飛んでいる。


「リリー、頬に返り血がついているぞ」

「こ、このハンカチで拭いてください、リリーさん」

「ありがとうございます、スズ... これは、中々良いものを贈ったみたいではないですか、へっぽこ」


贈ったもの?ああ、リリーがハンカチの匂いを嗅いだのか。それでアロマオイルの事を言っていると。一応スズが使ってくれているのは少し嬉しいな。


「落ち着く香りですからね... 」

「カズ兄は、スズと一緒にいるときが一番落ち着くかな」


カズ王子は無理やり話に入ってこなくて良いと思う。


「おいリリー!もうそろそろ監視台の元に着きそうだぞ!」

「はい、ありがとうございます。ここら一帯は人が少ないようなので、監視台の近くに荷車をとめてしまって良いですよ」


確かにここら辺の建物は少し寂れている感じがするな... あまり人は住んでいなさそうだ。近くに大きそうな森もあるし、

ボキッ

スズたちから目を離して辺りを観察していると、聞き覚えてはならない音が響く。見ると、スズがカズ王子の残りの左足の骨をちょうど折ったところだった。

カズ王子...
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...