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第三章(中)
リリーの話を聞こう!
しおりを挟む前回のあらすじ、俺にまたがるリリー。
ベッドに座るリリーと、椅子に座るクルミ王子は向かい合う。
クルミ王子は、その高貴な身分を隠さないような上品な服を纏ってはいるが、リリーは長めのマフラーに、腹の辺りに包帯のような布を巻いたりと、おかしな格好をしている。
そんなミスマッチな格好をした二人だったが、その部屋はまるで、貴族の談笑でも始まるのではといった、上品で落ち着いた空気に満ちている。
「クルミ王子殿下、昼間の件は申し訳ありませんでした。お身体とお召し物にお変わりはございませんでしたか」
「ええ、運よく紅茶はかかりませんでしたし、どこも怪我はしていません。それよりも、勇者様の合図に気付かず紅茶を飲んでしまい、こちらこそ心配をかけたようで... 」
クルミ王子は頭を下げるが、リリーは表情を一切変えない。そのまま両手や顔のあたりを観察している。
「これからはもう少し用心します。ところで、話というのは何でしょう?先ほどの睡眠薬の件ですか?」
「いえ、実は折り入ってお願いがございまして... 」
リリーはベッドから下り、クルミ王子の足元にひざまずき、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「平民であり、孤児である私には、魔王討伐後に帰る家がありません。スズからすでにお聞きになっているかもしれませんが、国王の隠し子である私は、その上王位継承争いに巻き込まれる可能性が高いのです」
「そう... ですね。能力を与えられるのは国王の血を引く人物と聞いています。王位継承権の噂も、耳にしたことがあります」
クルミ王子の言葉を肯定するようにリリーが頷き、更に続ける。
「そこで、どうか私を、側に置いてはいただけませんか?」
ゆっくりと告げられた申し入れに、たじろぐクルミ王子。
「そ、それは... 私の護衛として、ですか?」
「いいえ」
リリーは戸惑っているクルミ王子の手を取り、それを自身の顔に近づけ、丁寧にクルミ王子と目を合わせる。
「あなたと話していると... とても心が踊ります」
リリーが少し手を強く握る。
「昨日の模擬戦の時も、勇者様に遅れを取らず、とても勇敢に見えました」
そしてクルミ王子は、何かに気づいたように、はっと目を見開く。
「あの時は気恥ずかしくなり、手が出てしまいま... 」
「リリーさん」
きっぱりと、冷たく言い放つように、クルミ王子は制する。
「申し訳ありません... その、私は、スズさんとの婚約が... 」
そんなクルミ王子の様子を見ると、リリーは顔を青くする。
*********
「と、いうわけです」
夕陽に照らされた顔を、リリーはこちらに向けてくる。
は、はあ... 随分と丁寧な回想をどうも...
「でもこの前感情を読んだ時、クルミ王子からスズと同じものを感じるって言ってたじゃないか。性に対しての欲が無いのなら、ロリコンと推理するのは間違っているんじゃないのか?」
すると、いつの間にか自身の親指の爪を噛み、窓の外を見ていたリリーは、再びこちらを振り向く。
「いえ、馬車に乗った時、明らかにその欲求は満たされていたんですよ。私に対しての好意や好奇心も持っていましたから、てっきりロリコンなのかと思いましたが... 」
なるほど、そういう感情を読んでいたのか... 本気でスズと婚約破棄させたいのであれば、クルミ王子のその欲求が何かを知る必要はありそうだな。
「恐ろしかったのは、私が好意を示した瞬間です。本当は色々と理由をつけて色仕掛けを使うつもりだったのですが... 彼は明らかに、失望の感情を私に向けていました」
し、失望?
「とても、とても深い失望の感情でした。ひとまずその場は濁しましたが... 私からの色仕掛けが効かないとなると... メイに頼みますか」
「正気かリリー!?」
「冗談です」
じょ、冗談に聞こえなかったが...
**********
夕食時。俺たち一行は食堂に下り、各々好きなものを注文し、好き勝手食べていた。
カズ王子の両腕と腹の刺し傷はもう治してもらい、剣も回収したようで、今朝と同じようにスズに抱き着き...
ボキッ
良く響く音だな...
カズ王子の左手がダランと垂れる。
タイランは相も変わらず量重視の食事をしており、そんなタイランの細かい所を、メイが面倒を見ていた。
はたから見れば自由で気ままな集団に映るだろうが... そんな中、気まずそうにしている二人は、俺の目から見ると、明らかに少し浮いている。
「へっぽこ、肉に下味をつけるというのは、そんなに難しい事なのでしょうか?」
「ま、まあでも、このソースは美味しいから」
「ふん、まあ酒には合いますね」
そんな空気の中で時を過ごすというのは、例えるならクモの巣に引っかかった身動きの取れない蝶のような緊迫感と危機感に包まれていて...
「クルミ王子殿下、妹が僕の骨を折ってくるんだ。婚約者としてなにか言ってはくれないか?」
「ははっ、仲が良くて羨ましいです」
「ク、クルミさん、笑いごとではありません。お兄様は会うたびに抱き着いてくるのですよ!」
そして抱き着くたびに骨を折られます。
食事が始まって以来、リリーとクルミ王子殿下は目を合わせない。俺から見ると理由は明白なのだが、周りは事情を知るはずもなく、いつもと同じテンションだ。
「みみいいぃ... まあいもももおまなせよお... 」
「リリー様、タイランお嬢様が手芸用品店での事件の事をお聞きしたいとおっしゃております」
「ありがとうございます、聞けば分かりますよ」
… 聞けば分かるか?
「明日の昼前に、町はずれの監視台だそうです。そこでアンに付く魔獣の案内を受け、麻薬の受け渡し場所に行きます。で、そこを数の力で捕まえます」
「んん、うんん... んぐ。やっぱり魔獣の騒ぎはアンが絡んでいたんだな。アンは遊ぶって言ってたんだよな、どんな事をすると思う?」
「さあ、死霊の考える事ですから、検討もつきません。何を企んでいるのか分からない以上、用心するしかありませんね」
出来れば、ちょうど良いリスクで能力を発動させる機会が欲しいな...
「ですが明日の四天王戦、申し訳ないのですがクルミ王子殿下はここで待機をお願いします。これは先ほどとの事とは関係ありません、私達で王子殿下と... 王子殿下をお守りするのは難しいのです」
一瞬リリーが俺の方をチラッと見たのを、俺は見逃さなかった。
リリーの言葉にクルミ王子は少しの間を置き、微笑むと...
「はい、理解しています。気をつかわれなくて結構ですよ、旅に同行させていただいただけで、私はすでに感謝しているのですから」
良かった、先ほどの事って言ったときちょっとドキッとしたけれど、一応は穏便に済みそうだな。
「んぐ... なあリリー、さっきの事ってなんだ?このへっぽこが遊びに来ていた時の事か?」
す、鋭いなタイラン... だが蒸し返さないでくれ。
すると、そんなリリーの困った顔をメイが見かねたのか...
「タイランお嬢様、お飲み物が空のようですので、お注ぎいたしましょうか」
「ん、ありがとうなメイ」
話題を逸らされたタイランはジュースを口にすると、どこか空中を見上げるように斜め上に目を向け... 眉を潜める。
「まあ要するに、明日はクルミ王子抜きでアンに会いに行くってことだな!何か作戦はあるのか?」
「相手の出方も、どこに連れていかれるかも分からないのでノープランです」
「がはははっ!全滅だけはしないようにしねえとな!」
しゃれになっていないです。
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