勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

文字の大きさ
上 下
65 / 115
第三章(中)

タイランの部屋にお邪魔しよう!

しおりを挟む

前回のあらすじ、リリーに部屋を追い出される。


リリーがクルミ王子を部屋に誘うからと追い出された俺は、提案通りタイランとメイの部屋に来ていた。

俺とリリーの部屋と同じくシングルベッド二つの部屋なのだが... 一つ違う点があり、それは、シングルベッド二つが密着するほど近づけられ、ダブルベッドのようになっていた事だ。

タイランからの提案なのだろうか、それともメイからの提案なのだろうか... 


「なあへっぽこお。お菓子も持って行った方が良いかなあ?クレープとかどうよ」


テーブルの上になにやら物を広げているタイランが、背中を向けたまま、ベッドに座る俺に話しかけてくる。ちょうどメイは今部屋から離れているようで、タイランと二人きりだ。


「クレープ?明日は戦闘になるだろうから、崩れやすい物は避けた方が良いんじゃないか?」

「がははははっ!そうだよな!今日はリリーとカズのやつが全部終わらせちまったが、明日は俺も戦う事になりそうだしな!」


戦闘か... 前回の四天王戦や、今日の手芸用品店での戦闘のように、またついていってただ見て終わるような気がするな...


「なあタイラン、俺の能力って発動しないじゃないか」

「ああ!おまけに弱いし、頭も悪い!」


ボロボロか。


「なんだ、落ち込んでるのか?」


はい、ただいま異世界で現実を直視しております。


「落ち込んでいる暇なんてねえぞ!何をどうすれば良いのかは分からないけどよお、能力を発動させるなり、力をつけたりしろ!」


そうだよな... 夢の異世界生活、というか何もせずに勇者として最低限の活躍をするためにはそれしかないよな... 知識無双とか、ハーレムとか、そんな寄り道してる場合じゃないな...

一拍置くと、タイランは作業の手を止め、俺を振り返る。


「まあでも、結局は何を成し遂げたかが重要よ。てめえは一人目の四天王に立ち向かったし、二人目の、あのジジイを倒す時にも少しだけ役に立ったんだぜ。一応勇者やってるじゃねえか」


タイラン... 

いつもの清々しいほどの笑顔だが、その笑顔だからこそ安心出来る。本心で言ってくれているんだ。

やべえちょっと涙出そう。

だが、そんな感動的なシーンはどうしてか長くは続かず... 映画館でエンドロールをぼーっと眺めている時に、隣の人がガサゴソ音を立てて帰ってしまう時のように、ふとした事で現実に引き戻される。

音は一切聞こえなかった。タイランの表情も変わらなかった。空気の乱れも、わずかな温度の変化も感じなかった。


「っ... !」


が、その者は確かに俺の後ろに立ち、俺を見下ろし、俺の首に刃物を当てていた。

タイランの向こう側の窓ガラスに、その者の姿は映る。

メイだ。


「勇者様。で、何をなされているのですか?」


ひっ、ひいいいっ!ゆ、油断していた... まさかメイがこれに反応するとは!


「ようメイ、長いトイレだったな」

「タイランお嬢様、淑女としてもう少し気をつかってはいただけませんか?勇者様、お答えください」


刃が少し強めに当たる。

やべえちょっと涙出そう。


「メイ、お菓子も持っていこうぜ。激しく動いても崩れにくいお菓子!」


急な命の危機に声が出ない俺。そんな俺とは対照に、タイランは呑気にメイと会話をしようとする。

た、助けてくれタイラン... 声が出ない... メイと目を合わせているはずなのにどうして異変に気が付かないんだ。


「... 確認不足でした、申し訳ございません」


俺のそんな思いが通じたのか、はたまたこれが超圧倒的な勘違いである事に気が付いたのか、メイは剣を収める。

だが、なぜだかメイの行動は終わらなかった。窓ガラス越しに見えるメイは確かにこの時剣を収めていたのに... 

俺のたった一度の瞬きの間に、俺の耳元に顔を持ってきていた。


「次からは、お気を付けくださいね」


その声はどこか暗く、凍ったように冷たくて、まるで背筋をなぞられたような気分になる。

やべえちょっと涙出そう。


*********

夕暮れ時。タイランの部屋でくつろいで時間をつぶした後、俺は俺とリリーの部屋の前に来ていた。

メイに殺されかけたが、あの後何も起きなくて良かった... もう日も暮れそうだし、多分リリーとクルミ王子の会話も終わってるだろう。


「リリー、クルミ王子とはどうなったんだ?」


ドアノブを捻り、ゆっくりと力を入れて扉を押すと、部屋の中からの赤い光が漏れ、俺の手を照らす。


「本当にロリコ... 」


そんな俺の手は、まるでホラー映画のワンシーンのように、がっしりと掴まれる。


「ひっ... 」


リリーの手だ... 細くて、暖かくて、それでいて見た目とは相反し、とても力強い...


「リ、リリー?... うわっ!?」


部屋に引っ張りこまれる。

リリーはわざと俯いているのか、不気味な雰囲気が漂う。

そんなリリーは、俺をベッドに投げ出す。


「お、おいリリー... 」


そしてリリーは顔を伏せたまま俺に馬乗りになる。

な、なんだ?何が起きているんだ?


「おも... 」


いや駄目だ、重いとか言ったら殺される。気を逸らせ、天井のシミを数えるんだ。

そんな中、馬乗りになったリリーが初めて顔を見せると...


「勇者... 」


なぜだ!?なぜリリーが頬を赤らめ、目を潤わせているんだ... 窓から差し込む夕日がリリーの顔に当たっているとはいえ、これじゃまるで... リリーが俺に迫っているみたいじゃないか!?

だがリリー相手にヒートアップするほど俺も未熟ではない!


「リ、リリー?熱か?スズに治せるのなら、呼んでくるよ」


シ、シミが一つ、二つ、三つ、四つ...

落ち着くんだ。相手はリリー、絶対に下手な感情を出してはいけない。


「私ではそういう気分にはなり得ないのですね。何をそんなにむきになっているのか、我慢出来る程度にしか感情を揺さぶれませんか」

「へ?」


天井のシミを数えていると、いつの間にかリリーの顔はいつものぶっきらぼうなものに戻っており、俺から下りる。そして顎に手を当て、何かを考えるような素振りを見せながら窓まで歩いて外を眺める。

メイもそうだが、どうやって一瞬で表情を変えているんだよ。


「な、なんだよ。何をしていたんだ?」


ーーーーーーーーー

応援やフォローなどしていただけると、作者が涙を流します。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...