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第三章(中)
タイランの部屋にお邪魔しよう!
しおりを挟む前回のあらすじ、リリーに部屋を追い出される。
リリーがクルミ王子を部屋に誘うからと追い出された俺は、提案通りタイランとメイの部屋に来ていた。
俺とリリーの部屋と同じくシングルベッド二つの部屋なのだが... 一つ違う点があり、それは、シングルベッド二つが密着するほど近づけられ、ダブルベッドのようになっていた事だ。
タイランからの提案なのだろうか、それともメイからの提案なのだろうか...
「なあへっぽこお。お菓子も持って行った方が良いかなあ?クレープとかどうよ」
テーブルの上になにやら物を広げているタイランが、背中を向けたまま、ベッドに座る俺に話しかけてくる。ちょうどメイは今部屋から離れているようで、タイランと二人きりだ。
「クレープ?明日は戦闘になるだろうから、崩れやすい物は避けた方が良いんじゃないか?」
「がははははっ!そうだよな!今日はリリーとカズのやつが全部終わらせちまったが、明日は俺も戦う事になりそうだしな!」
戦闘か... 前回の四天王戦や、今日の手芸用品店での戦闘のように、またついていってただ見て終わるような気がするな...
「なあタイラン、俺の能力って発動しないじゃないか」
「ああ!おまけに弱いし、頭も悪い!」
ボロボロか。
「なんだ、落ち込んでるのか?」
はい、ただいま異世界で現実を直視しております。
「落ち込んでいる暇なんてねえぞ!何をどうすれば良いのかは分からないけどよお、能力を発動させるなり、力をつけたりしろ!」
そうだよな... 夢の異世界生活、というか何もせずに勇者として最低限の活躍をするためにはそれしかないよな... 知識無双とか、ハーレムとか、そんな寄り道してる場合じゃないな...
一拍置くと、タイランは作業の手を止め、俺を振り返る。
「まあでも、結局は何を成し遂げたかが重要よ。てめえは一人目の四天王に立ち向かったし、二人目の、あのジジイを倒す時にも少しだけ役に立ったんだぜ。一応勇者やってるじゃねえか」
タイラン...
いつもの清々しいほどの笑顔だが、その笑顔だからこそ安心出来る。本心で言ってくれているんだ。
やべえちょっと涙出そう。
だが、そんな感動的なシーンはどうしてか長くは続かず... 映画館でエンドロールをぼーっと眺めている時に、隣の人がガサゴソ音を立てて帰ってしまう時のように、ふとした事で現実に引き戻される。
音は一切聞こえなかった。タイランの表情も変わらなかった。空気の乱れも、わずかな温度の変化も感じなかった。
「っ... !」
が、その者は確かに俺の後ろに立ち、俺を見下ろし、俺の首に刃物を当てていた。
タイランの向こう側の窓ガラスに、その者の姿は映る。
メイだ。
「勇者様。タイランお嬢様のベッドの上で、何をなされているのですか?」
ひっ、ひいいいっ!ゆ、油断していた... まさかメイがこれに反応するとは!
「ようメイ、長いトイレだったな」
「タイランお嬢様、淑女としてもう少し気をつかってはいただけませんか?勇者様、お答えください」
刃が少し強めに当たる。
やべえちょっと涙出そう。
「メイ、お菓子も持っていこうぜ。激しく動いても崩れにくいお菓子!」
急な命の危機に声が出ない俺。そんな俺とは対照に、タイランは呑気にメイと会話をしようとする。
た、助けてくれタイラン... 声が出ない... メイと目を合わせているはずなのにどうして異変に気が付かないんだ。
「... 確認不足でした、申し訳ございません」
俺のそんな思いが通じたのか、はたまたこれが超圧倒的な勘違いである事に気が付いたのか、メイは剣を収める。
だが、なぜだかメイの行動は終わらなかった。窓ガラス越しに見えるメイは確かにこの時剣を収めていたのに...
俺のたった一度の瞬きの間に、俺の耳元に顔を持ってきていた。
「次からは、お気を付けくださいね」
その声はどこか暗く、凍ったように冷たくて、まるで背筋をなぞられたような気分になる。
やべえちょっと涙出そう。
*********
夕暮れ時。タイランの部屋でくつろいで時間をつぶした後、俺は俺とリリーの部屋の前に来ていた。
メイに殺されかけたが、あの後何も起きなくて良かった... もう日も暮れそうだし、多分リリーとクルミ王子の会話も終わってるだろう。
「リリー、クルミ王子とはどうなったんだ?」
ドアノブを捻り、ゆっくりと力を入れて扉を押すと、部屋の中からの赤い光が漏れ、俺の手を照らす。
「本当にロリコ... 」
そんな俺の手は、まるでホラー映画のワンシーンのように、がっしりと掴まれる。
「ひっ... 」
リリーの手だ... 細くて、暖かくて、それでいて見た目とは相反し、とても力強い...
「リ、リリー?... うわっ!?」
部屋に引っ張りこまれる。
リリーはわざと俯いているのか、不気味な雰囲気が漂う。
そんなリリーは、俺をベッドに投げ出す。
「お、おいリリー... 」
そしてリリーは顔を伏せたまま俺に馬乗りになる。
な、なんだ?何が起きているんだ?
「おも... 」
いや駄目だ、重いとか言ったら殺される。気を逸らせ、天井のシミを数えるんだ。
そんな中、馬乗りになったリリーが初めて顔を見せると...
「勇者... 」
なぜだ!?なぜリリーが頬を赤らめ、目を潤わせているんだ... 窓から差し込む夕日がリリーの顔に当たっているとはいえ、これじゃまるで... リリーが俺に迫っているみたいじゃないか!?
だがリリー相手にヒートアップするほど俺も未熟ではない!
「リ、リリー?熱か?スズに治せるのなら、呼んでくるよ」
シ、シミが一つ、二つ、三つ、四つ...
落ち着くんだ。相手はリリー、絶対に下手な感情を出してはいけない。
「私ではそういう気分にはなり得ないのですね。何をそんなにむきになっているのか、我慢出来る程度にしか感情を揺さぶれませんか」
「へ?」
天井のシミを数えていると、いつの間にかリリーの顔はいつものぶっきらぼうなものに戻っており、俺から下りる。そして顎に手を当て、何かを考えるような素振りを見せながら窓まで歩いて外を眺める。
メイもそうだが、どうやって一瞬で表情を変えているんだよ。
「な、なんだよ。何をしていたんだ?」
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