勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

文字の大きさ
上 下
40 / 115
第二章(下)

第6話

しおりを挟む
前回のあらすじ、タイランが四天王に出会う。


「人間の死体いっ、魂の器っ!女神様から受け賜ったそれは地面に埋めなければならない!それを邪魔し、女神の像を傷つけるなど言語道断!」


老人はドミノ倒しのように言葉を次々と吐き、肩で息をする。そして、横たわる幼女に目を落としながら再び肩の辺りに触れようとする。


「さ、触らせねえって言ってんだろうが!!」


少女は我に返るように、老人を制しようと駆け出す。

その声に反応した老人が忌々しそうに少女をにらみつけると、何を思ったのか指を鳴らす。

その様子は、まるでスローモーションのようだった。

その音が合図になったかのように、少女の耳からは勢いよく血が吹き出し、まるで殴られたかのように後ろによろめく。


「耳鳴りがするじゃろう、鼓膜が破れたかもしれんな。空気の振動を増幅させてやったぞ、まあ、聞こえてはいないと思うが」


可視化される程に空気が震えるような、幻覚かも分からない現象を目にする。少女の体全体が大きく震え、気持ち悪い感覚に気を失いそうになる。


「こやつの埋葬を済ませたら次はお主を相手してやる。少し待っておれ...」


先程までの怒りはどこへやら、一時の休息を手に入れたかのように落ち着きはらう老人。

だが、そんな老人の長年の勘か、若い時よりも五感は鈍っているはずなのに、違和感に気付く。

老人の少ない髪が、幼女の髪が、服が、同じ方向へなびき、不自然に揺れている。


「なんじゃと!」


老人が慌てて顔を上げると、不自然さの正体に気がつく。

海老反りのまま後ろに倒れそうになっている少女は、右腕を真っ直ぐ前に伸ばし、静止していた。

そしてなぜか、その姿は歪んでいるようだった。

同じだ。空気の振動を操った老人だからこそ分かった。少女はどうにかして空気を操っている。


「砂ぼこりがああっ!馬鹿な!大剣持ちの能力は防御では無かったのか!」

「空気を消しつづければよお、周りの空気が真空状態になった場所を埋めようとするよなあ... こんな中で目を開けていられねえよなあ!俺には出来ねえ!」


老人は急いでローブを被り、涙で洗い流そうと袖でまぶたをこする。


「ジジイにも俺にも何も見えてねえけどよお、それでいいんだ... ああ、アン、生きていたんだな...」

「グフッ!」


小さな拳が老人のアゴを捉えた。勢いよく下から飛び出てきたのは、横たわっていた幼女の拳だった。

衝撃で、しゃがんでいた老人は大きく体を仰け反らせ、地面に仰向けに倒れこむ。


「ふふふ... 私、もう死んでるけどね」

「細けえことは良いんだよ。でも、さすがは死霊だな」


起き上がった幼女と顔を見合わせると、両者ともに、自然と柔らかい笑みがこぼれる。

だが、老人がゆっくり起き上がろうとするのを確認すると、血相を変え、少女は走り出す。

老人は手に白い何かを取り出し、少女に向ける。


「また音でも鳴らすってのか!無駄だぜ、来るのが分かっていれば振動する空気ごと消してやるよ!」


少女はにやついた顔で減速をせずに走り続ける。

老人まであと数メートルといったところ、少女は初めて、老人の手に握られていた物の正体を理解する。

その手の、小さな手鏡が、太陽の光を跳ね返していた。


「うおおおお!」

「光とは、振動じゃと、この能力が教えてくれた... 光度を増幅させてやれば、目が焼けるような感覚に陥るじゃろう...」


*********


「待って... ちょっと待ってくれ...」


絶賛ランニング中の俺達。ただいま待ち合わせの噴水の場所まで向かっている最中だが、とにかく息が続かない。


「なんですか?またおんぶでもしてやりましょうか?」

「リ、リリーさん。おんぶでしたら私の方が適任かと... 」


待て、街中でそんなにおんぶを連呼しないでくれ。めっちゃ白い目で見られるし、万が一スズにおんぶしてもらったら俺の俺がもげる...


「この分だと、到着するのは良いところ待ち合わせ時間十分前ってところでしょうかね... もう少し早く走ってください」

「む、無茶言うなよ!大体、この辺は人力車とか馬とか走ってないのか」

「そ、そういうものに乗るくらいでしたら、皆さん走ったほうが煩わしくないので...」


異世界のシステムが俺を殺しにかかっている... 


「すまない... だめだ、ちょっと休憩... 」


真面目に横腹と足が限界に来たので民家の壁にへたりこむが... 


「ゆ、勇者様... 失礼しますね」


見上げるとスズの顔がすぐ近くまで来ていて... 俺の腰の辺りに手を回し... かつぎ上げる。

ぬおう!待て!待ってくれ!


「分かった!走る!走るからおろしてくれ!」

「スズ、スピード上げますよ」


無様にも手足をはためかせるが... スズの力の前では無力で...

うわああああ!いやだ!街中だぞ!視線があるんだぞ!


*********


少女は減速はせず、慌てて目を手で覆う。すでに視界は真っ白に包まれていたが、直感的に老人が近くにいる事は分かり、手当たり次第に拳を振るう。が、老人には当たらない。


「ひとまずこれで良いじゃろう... だがこの女は治療役ではないな、近づいて攻撃を喰らうのも面倒じゃ... 仲間も来ておるようじゃし、今日の所は一旦退くとしよう」

「タイランお姉ちゃん!右だよ!」

「おやおや、危ないのう」


老人の声のする方向を攻撃しても、軽々と避けられる。足音のする方を追いかけるが、それの方向も操作されているようで、老人の掘った穴につまづき、少女は体制を崩す。

受け身を取れなかったので体が痛むが、なんとかして起き上がる。

その頃には、もう足音も、老人の気配も感じられない。


「ジジイがああ!!絶対に許さねえ!」


雄叫びのようなものを上げながら怒りの矛先を地面に向け、ヒビが入るのではと思うほど何度も強く叩く。


「アン!ジジイはどっち行った!」

「タイランお姉ちゃん、落ち着いて... 」


突如、肩にそっと手が置かれる。幼女のいる方向からではなかったので反射的に拳を振るうが、乾いた音ともに、柔らかい手のようなもので受け止められてしまった。


「タイランお嬢様、落ち着いてください。敵ですか?」

「メイか!多分四天王だ。老いぼれた人間のジジイだよ!」


視覚で捉える事は出来ないが、聞きなれた声に落ち着く。


「スズの情報が漏れている。奴は暗殺紛いの事が出来るから、このままだとスズが奇襲されるぞ!」

「承知しました、ご無事の様で何よりです。あと十分ほどすればスズ様達と合流出来ますので、ここで待機を...」


再び、乾いた音が周囲に鳴り響く。

大剣持ちの少女がメイド服の少女に拳を振るうが、再びそれを片手で受け止められる。


「待機だあ...?メイ、よく考えろよ。一日かけずに俺たちまでたどり着いた敵だ、スズを探すのだって難なくやるだろうよ。また向こう側から来るのを待つのか?いつ来るんだよ。明日か明後日かなんて分からねえんだぜ」


メイド服の少女に握られた拳を素早く開き、メイド服の少女の手首を掴む。


「今だよ。今、奴を叩くんだ。アンが逃げた方向を見ているし、敵はたった一人だ。主人からの命令だ、ここでアンを見ていてくれ」


徐々に視界は戻ってきているが、まだぼやけている。掴んだメイド服の少女の手を自身に引き寄せ、顔と思わしき場所を見つめ、答えを待つ。


「いつだって勝手なお方です... 」


それは、か細い声だった。


「... タイランお嬢様、今タイランお嬢様がご覧になっていらっしゃるのは私の耳です。私からの、メイからのお願いを、お聞きになってはいただけませんか?お願いいたします、ここでお待ちください。タイランお嬢様のお力を疑っているわけではありません。お三方と勇者様の力ならば、必ず四天王を倒せると存じております」


声が震えている。メイド服の少女の、自身の従者の顔が、見えない。今彼女はどんな顔をしている?自分は彼女をどんな気持ちにさせている?


「ですから... ご自身の命を賭さず、どうか、どうか...」


冷たい雨水が数滴、自分の手に落ち、甲をつたっていく。どうしてか、体の奥の底から涙がこみ上げてくるし、何か喋ろうにも、震えた、濁った声しか出せないような気がする。

今、自分はどんな顔をしているのだろう?


「っ... も、申し訳ございません、出過ぎた真似でした。アン様、そちらに刺さっている大剣を持ってきては頂けませんか?」

「うん、良いよ」


まだぼやけてはいるが、メイド服の少女が何か小さい物を差し出しているのが分かる。


「タイランお嬢様、こちらをお飲みください。アン様もどうぞ」


手に取ると、ほんのり冷たい、使い捨てのコップであることが分かる。ゆっくりと口に運ぶと、甘酸っぱいサラサラの液体が、舌を刺激する。胃がきゅっと引き締まる感覚を覚えながらも、構わず中身を一気に流し込む。


「っはあ... サンキューなメイ。でも、俺が負けるわけが無いってのは知ってるだろう?」

「... 」


心のモヤモヤとした曇りが、飲み干した液体で流れたような感覚だった。何か悩んでいたような、自身の手が濡れているのは、このコップに付いた水滴のせいだけではないのではないか。そんな気持ちの悪い感覚も、時間と共に消え去っていく。


「俺のことをこんなにも想ってくれる従者がいるのに、こんなにも可愛いメイドがいるっていうのによ、負ける戦いなんかに挑むわけがないだろ?」




ーーーーーーーーーー


タイラン描いてみた!


いいねボタンを押していただけると、作者の心にちょっとした平穏が訪れます。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...