勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

文字の大きさ
上 下
30 / 115
第二章(上)

第5話

しおりを挟む
前回のあらすじ、俺はそのへんのガキよりも弱いらしい。


朝だ。カーテンを締め切っていても、まぶたを閉じていても、刺してくる太陽の光で分かる。

だが寝る。

昨晩はスズが部屋に入ってきて、俺が前世で読んだラノベの話を延々と続けた。もちろん俺の俺はヒートアップしないので、昨晩をお楽しむことなく解散。

少し夜更かしもしてしまったし、今日が南の村に向けての出発だそうなので、思い切り寝る。ぶっちゃけ寝過ごすまで寝てやる。

そんな訳でゴロンとカーテンに背を向けるが、またもや違和感がある。鶏肉を焼いて食べている時に、ちょっと中の方が赤くなっていないか心配するような、そんな気持ち悪さがある。

放っておけない違和感に対処すべく、片目を開けると、昨日と同じくメイがいた。

そんなメイは、昨日と同じように... 


「おはようございます。勇者様をお起こしするようにと、タイランお嬢様からご指示を頂きました」

「そうか、では俺は寝過ごすとタイランに言付かってく... れええぇ!」


これまた昨日と同じように腰の剣を抜いて、俺の頬に当ててくる。

お、俺にはスズの治療が効かないし、もう死にたくないんだが!


「わ、分かった分かった!すぐに行くから剣を収めろ!」

「今回も、馬よりも速いタイランお嬢様が荷車を引きます。お着替えが終わる頃に、もう一度お部屋を開けさせていただきます」


と、言いたい事だけ言って部屋を出てしまうメイ。朝から心臓に全く優しくない起こし方だ... 


**********


荷台にはすでに三人が揃っていて、俺とメイを待っていたようだった。

前回より少し大きめの荷台には、前回と同じようなものが積まれていたが、その中で一つ、異彩を放つ物体があった。

それはリリーがマフラーをクッションに、高めの枕にしていて、俺の背丈ほどあるそれは... 完璧に邪魔だった。


「ハンマー、持ってくんだ... 」

「おう!メイがもう一人増えるようなものだからあんまり変わんねえけどな!」

「タイランお嬢様、もう少し気を使ってはいただけませんか?」

「がははは!気にしすぎだぞメイ!」


俺とメイが乗り込むと、リリーが合図をし、タイランが応える。


「それじゃあああ、出発う!」


*********


リリーから受け取った、恐らく焼きたてのパンとビン牛乳をちまちまと口に入れていると、気づけば、荷車は一面何もない野原を走っていた。

荷台では各々が自由に過ごしている。メイは何やら本に書き込んでいて、スズとリリーは少し早い昼寝を決め込んでいた。

ちょうど牛乳の最後の一滴を飲み干すと、おもむろにリリーがむくっと起き上がり、辺りをきょろきょろと見渡す。


「リリー様、タイランお嬢様が全力で走っておられますので、この調子なら夕暮れ時には到着します」

「ふ、ふああああああ... そうですか、メイがいると気が楽でいいですね。最初の討伐にも連れて行くべきでした」

「力不足でなければ、また同行させてください」

「はい、またお願いしますね... ところで勇者... なんだかムズムズする呼び方ですね、やっぱり阿呆うでいいでしょうか」


いや普通に勇者なんだから勇者と呼んでくれよ。


「タイランも聞いてください」

「ん?ああ」

「今朝、スズから昨日の事を聞きました」


昨日の事... と言われて思い出すのは、本屋であった、少年のパンチを避けられなかったことか?

まさかまた特訓とか言われるんじゃ... 


「なぜ恐怖と怠惰の感情が芽生えているのかは分かりませんが、私が言っているのは異世界の科学、の事です」


思い返してみれば、昨晩スズにラノベの事を話している時に科学の事も触れたような気が...


「ああ、それがどうしたんだ?」

「なに!?異世界の科学の話だと!?」


異様に食いついてくるタイラン、速度は落とさないのにしっかりとこちらの話を聞いているようだ。


「そうですか、では人体について聞きたいのですが... 」

「いいやだめだ!先にエネルギーの話をしろ!さもなくば俺はもう荷車を引かないぞ!」


子供のように駄々をこねるタイラン。言っている事とは反対に、気分が高まって荷車を加速させている。


「... 分かりました、ではタイランからどうぞ」


ま、まさかこれは... 女神から与えられたチャンスか!?もしかしておれは戦闘力最強系主人公ではなく、知識をひけらかしていく最強系主人公だったのか?


「まずはてめえの世界のエネルギーの概念を説明しろ、へっぽこ!」


エ、エネルギーの概念?なんだろう電気とかか?いやでも食べ物とかもエネルギーが取れるとかいうし... あれ、エネルギーってなんだ?


「き、基礎的なことはよく分からんが、身の回りのことなら説明できるぞ、ほら例えばどうして太陽の周りをこの星が回っているのか?とか...」

「なに!?もしかして重力以外の説明があるのか!?」

「い、いやその... 後は遠心力とか... 」

「うむ、力のバランスが取れているんだろう。他には何か無いのか?」


あれ?もしかして俺の科学の知識って役に立たない?いやまて何かあるはずだ... 


「て、てこの原理... とか?」

「回転運動の話か?何か面白い話があるのか?」


て、てこじゃ既出か... 何かある。何かがあるはずなんだ... 俺のラノベ知識を活用してのしあがる何かが... 


「鉄砲... とかは?」

「いやあ、ありゃだめだぜへっぽこ。火薬が量産できないから、この国には数丁しか無いんだ。それに俺達じゃあ殴った方が早いしな」


なんで鉄砲があるんだよ。

火薬... いや待てよ、なんか空気から火薬とパンを作る方法があったような... 


「えーと... なんか水素と窒素を合成するみたいな方法が... 」

「んな事してどうするんだ?それに俺は化学には疎いけどよお、水素と窒素を用意できるかわかんねえな...」


はあ?異世界の科学どんだけ進んでんだよ?ていうかお前は脳筋キャラのはずだろうが。


「それより、武器なんかどうだっていいんだよ!てめえの世界では物質の温度をどうイメージしてるのか教えろ!」


ぶ、物質の温度?物理の授業中なんて寝てたから分かんねえけど... 


「ええと... 温めると膨張します... 」

「んなこたあ分かってんだよ!どういう仕組みで温度が上がるのか聞いてんだよ!」


し、知らねえよ... 脳筋は常に脳筋であれよ、異世界で科学に突っ込ませるんじゃねえよ... 


「っち、もういい、なんか面白い情報があったら教えてくれリリー」

「あなたに役立ちそうな情報が出たら教えますよ。この分だと、人体の知識も期待できなさそうですが」


なんだろう... 何も悪い事をしていないのにめちゃくちゃキレられたんだが。


「では一応聞きますが、細胞が見つかっていないほど遅れてはいないですよね?」

「細胞くらいわかるに決まってんだろ、何かと聞かれたら説明しづらいけど... 皮膚細胞とか赤血球とか」

「そうですか、脳科学について聞きたいのですが... 異世界ではどれくらい進んでいますか?」


の、脳科学?右脳とか左脳とか海馬とかってことか?


「そんなに不安な感情を露わにしないでくださいよ。異世界がものすごく遅れているんですか?」

「い、いやおれのいた世界の科学はすごい。すごいんだが... おれが何も知らないだけなんだ... 」


訳の分からないといった目でこちらを見てくるリリー。必死に理解を追いつかせようとしているように考え込み... やがて一つの結論にたどり着いたようだ。


「教育を受けていないんですか?」


受けてました。おれが寝ていただけなんだよくそが。


「違うみたいですね... あなたの身の回りにあったものを教えてください。どういう文明が築かれているのか、いまいちピンと来ません」


文明レベル... そりゃあネットや便利な交通手段、衣食住に不自由しないって最高の文明レベルたと思うけど、どうやって説明したものか... 


「まずはこう... 板があるんだ、これくらいの。スマホって言うんだが、これでどんな情報も調べることが出来るし、遠く離れた人と会話ができるんだ」

「ほう、すまほ、ですか... 情報を離れた場所に伝える仕組みを教えてください」


し、仕組み?そりゃネットだが... ネットってなんだ?そういや電子レンジが動いている時にネットの調子が悪くなるのは電磁波のせいだって読んだことがあるが... 


「で、電磁波?というか、波というか」

「でんじは?波... 振動で音を模倣... いや、モールス信号のように働くのですか?その場合、音ではなくてんじは、と言った理由はなんでしょう。どうやって波で情報を... ああ、ここで手詰まりなんですか... 」


なんかよくわからない事を言っているが電磁波以上の事は知らん。


「というより、どんな情報も手に入るのに、どうしてこんなに何も知らないんですか?」


どうしてと聞かれても... サボっていたからとしか答えようがないんだが。


「... 分かりました。メイ、紙と書くものをくれませんか?」


リリーはメイから紙と鉛筆を受け取り、俺に手渡してくる。


「何か役に立つ知識を思い出したら、ここに書き留めておいてください。夜までに何か一つは頼みますよ?どうせ暇なんですから」


言いたいことだけ言ってしまうと、先ほどのようにハンマーに頭を乗せ、目を瞑る。

… 寝たい。



ーーーーーーーーーー
いいねボタンを押していただけると、作者が小指をタンスにぶつけた時のように喜びます!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...