勇者(俺)いらなくね?

弱力粉

文字の大きさ
上 下
5 / 115
序章

第4話

しおりを挟む

前回のあらすじ、おっさんと対面。


もちろん俺は知っている。ここに突っ立っているのはただのおっさんではない、謁見の間らしきところで玉座らしきところに座っていたえらいおっさん、王様だ。

ここで俺がもしも実力を示していたのなら、もしも俺がリリーのナイフを塵にして「おれなんかやっちゃいました?」となっていたのなら、俺はここで「なんだこのおっさん?随分偉そうだな?」と言う事が出来る。

ただこの状況に置いては、俺がショック死したからには、少なくともボス的存在を倒すまでそれはお預けだ... 


「大丈夫ですよ、この通り快調です。お気遣いいただきありがとうございます」


どうだ?ワントーン高い声に笑顔、もちろん一歩引いて感謝まで言うぜ。


「ん?スズもいたのか。ちょうどいい、タイランにも伝えておいてくれ、明日の昼、もう一度謁見の間で正式に勇者パーティーの成立を発表すると」


な、なんだこのおっさん。随分偉そうだな?俺に一目もくれねえだなんて... 舐めてやがる、俺が異世界ライフ五分足らずで中断したからって舐めてるなこのおっさん... 一泡噴かせてやろうか。

笑顔を保ちながら、するりとおっさんの視線、おっさんとスズの間に入り... 


「いやあ、ベッドがとてもきれ... 」


目にもの言わせたる、と目に俺を写そうとするが、おっさんは華麗にリリーの方へ視線を移す。

負けじと再度おっさんの視線の先に移動しながら... 


「スズさんにも看病してもらって... 」


また逸らされる。今度は、わざとらしく首を百八十度度回転させ、窓の外を見ていた。

この加齢臭源が... 人が下手したてに出てりゃいい気になりやがって... 

なんかリリーも真顔で傍観してるし、スズもオドオドしている。あからさますぎるだろこの老いぼれ。

こうなりゃ無理やり振り向かせてやる、と両手をおっさんの顔に伸ばす。

触りたくないし、俺は一度ショック死していて弱く映っているが、一応勇者は勇者。俺にだってちっぽけなプライドがある、おっさん如きが踏みにじっていいものでは断じてない。

が、リリーという俺の目に追えない身体能力の持ち主の前に、それがかなうはずがなく... 気づけば後ろから両腕を掴まれていた。


「お、おい、はな... 」

「ぎゃあああああああああっっ!!!」


だが取り押さえられるのが少し遅かったようで... 俺の手は少しおっさんの頬に触れていた。そして叫び出すおっさん... 


「ぐあああああああああ!お、お、男がああ!!男にいいいぃ!さわ、さわさわ触られ、られええええぇたあああ!!」


唖然とする俺、ドア付近まで来て止まったスズ、死んだような目を浮かべるリリー、そして叫ぶおっさん。

長い袖をブンブンと振り回し、被っていた金の王冠は転げ落ちる。地たんだを踏み、壁に腕がぶつかり、ドタドタという表現がよく似合う状況だった。

高価なはずの服で、ゴシゴシと肌が破れるんじゃないかってくらいの勢いでこすり始めた。

ここが地獄ですか?いいえ異世界です。


「うあああああああああ!!い、いやだああああ!!」


そこからは、おっさん以外誰一人口を利かなかった。断末魔にも似た叫び声をバックに、首根っこを掴まれた俺は引きずられ、スズが後を付いて来る。

誰一人として目に生気は宿っていない。機能はしているはずなのに、目の前にある物体を認識できるはずなのに、そこにはまるで何も映っていないようだった。これではシュレディンガーさんの猫も殺せない。

気付くと目の前に広がるのは青い空。そして、木々が両脇に立つ幅のただっ広いベージュの石造りの道。城の外だった。

スズはタイランを呼び出しているようで、俺はリリーと二人きりでいた。

あんな事があった後でお互いに何かを話し合うわけでもなく、ただジーッと遠くを眺める。

やべえなんか話さないと。


「なんだあのおっさん... 随分騒がしかったな」


よし自然な流れ、セリフを使い回すことでSDGsにも配慮している。


「ただの馬鹿です... 重度の女好きで、お忍びで風俗通いが趣味です。反対に男とは一切関わりません。一切です」

「拒否反応が起こると... 」

「本人が言うにはアレルギー反応だそうです」


なんだあのおっさん。本当に偉そうにしてるだけじゃねえか。


「昔からああでした。スズには笑顔で話しかけますが、スズのお兄さんには見向きもしません」

「よくあんなのに王が務まるな」

「側近が優秀なんですよ」


あれか、優秀女秘書みたいな。ピチピチの。


「でもあれはクソババアです」


夢を壊してくれるな、女だったら見境なしかよ。


「... なんかお前、元盗賊のくせに随分あのおっさんと関わりがあるみたいだな」

「そ、それは... 」


とリリーが続けようとするが、それはむさ苦しく、空気を分かりやすく震わせる声に遮られ... 


「よう勇者もどき!!元気してるか!」


初日にリリーにボコボコにされたタイランさんのご登場です。あの時のいざこざはどこへやら、俺とリリーの肩に太い腕を回してくる。

装甲のせいでたわわが攻撃してこないので、そそり立つべきものはそそり立ちませんでした。

… そしてなんだか険しい表情を浮かべるリリーさん、ここの二人には何か壁があると俺の勘が囁いている。片方は壁だから当たり前なんだけど... 


「ったあああああぁっっ!!」

「うははは!すねは痛いよなあ!スズは容赦ねえだろ」


涙目でスズを睨みつけると、なんでもないと言った顔で口を開く。


「タイランはこういうやつです、脳筋ですから」


そこじゃねえよ!お前に浴びせられた暴力のことだよ!


「あ!?スズに言われたから大人しくしてやってるだけだ!それに、このへっぽこ勇者はお前にボコられてるからチャラなんだ!... それにしても、いくらリリーのナイフが早いからって、ションベン漏らして気絶するとはなあ。あのときのお前、最高だったよ」


俺ションベン漏らしてたのかよ、そりゃ死んでるからな。ションベンの何立方センチメートルかは漏らすだろ。

あ、スズが少し顔を赤らめてる。かわいい... 


「いってええええっっ!!」

「ほら、あなたのスネが潰れる前に行きますよ」


潰してんのはお前なんだよ、なんでこうも蹴られなくちゃいけねえんだ!


「がはははっ!いいこと教えてやろうか、リリーの前では変な感情は出せねえんだよ!!」

「なにネタばらししてるんですか、タイミングを考えてください」


あ、もしかして心を読む能力だったりするのか?もしや俺を除いて対人戦最強か?


「まあ、今度教えます。今はとっとと動きますよ」

「あ、ぶ、物資はどうしましょう... 」

「街で買いますよ、そこの男に持たせれば負担も少ないですし」


荷物持ちの勇者なんていねえだろうが!!こういうのは馬にでも引かせれば良いんだよ!


「いっでええええっ!!」


スネを再度蹴り歩き出すリリー。遠くに見える城門まで徒歩で移動を始める。笑い続けるタイランと、苦笑いをするスズを引き連れて。

パーティー仲間に暴力振るわれて、けなされて、笑われて、勇者っぽいセリフも行動もまだ一つも出来ていない。


「とっとと歩いてください、日が暮れてしまいます」


もしかして... この先ずっとこんな感じ?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...