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眠り姫の家
その5
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「いらっしゃ~い!」
お店の扉を開けて聞こえてきたのは、聞き慣れた、しかし今ここで聞こえるとは思っていなかった声でした。
そのほんわかボイスに顔を上げれば、
「ミユリさん!」
ふんわり笑顔がカウンターの向こう、茶の間から手を振っていました。
「どうしたんですか?
珍しいですねっ」
思わずこちらも笑顔で駆け寄ってしまいます。
「えへへ~。
ユタカちゃんとシグレちゃんに、テスト勉強教えてもらってるの」
彼女の左後方から、シグレさんが片手を上げ、右手からは――……、
「――ヒカル君、君という人は――……」
せ、先生……!
なんでいきなり猫の目なのですか……!
スッ――……っと細められた瞳に見つめられ、僕は一歩後退りました。
「君という人はつくづく変な縁を拾って来るなぁ……」
え……?
何のことですか?
聞こうと思ったのですが、先生はそう言ったっきり顔を机の方に向けてしまいました。
「ヒカルくんも勉強を教えてもらいに来たの?」
「いえ……僕は――……、」
何と言って良いのか分からずに、僕はまた俯きました。
「……学校の女の子が……入院、しているらしいのですが……」
「お見舞いに行くの?」
ミユリさんに尋ねられ、はっとします。
そうです。
現実のリセに一度会わなくては!
ですが……。
「入院している病院を知らないのです……」
「ああ! それで困った顔をしてたのね!
ヒカルくんの担任の先生は、え~と――……、」
? ? ?
「花園先生ですが……」
「りょ~かい!
だぁ~いじょーぶ、任せておいて!」
ミユリさんはウインク一つして、黒電話の前に立ちました。
電話帳をパラパラとめくり、ジーコ、ジーコ、とダイヤルを回します。
しばしの間の後、
「……あ、もぉしもしぃ?」
……彼女の口から出て来たのは、妙に甲高い声でした。
「わたくし、ヒカルの母ですが」
ええ!?
僕の母さんはそんな声じゃないですよ!?
――ですが、担任の先生は信じたようです。
「あ、花園先生ですかぁ?
ヒカルがいつもお世話になってますぅ」
……綺麗で優しくてちょっと可愛いだけだと思っていた近所のお姉さんに、よもやこんな特技があろうとは……。
「それでですね。
何でも入院されてる女の子がいるそうじゃありませんか。
お母様方とね、お見舞いに行こうかって話しになりまして――……。
ただ病院が分からないんですの。
……ええ、ええ。
……そ~うなんですのよ。おほほほほ。
……ええ……国立の?
分かりましたわ。
……ええ。日程が決まりましたら、先生にもお知らせ致しますわね。
おほほほほ。それでは」
甲高い話しと笑いに、脳が言葉を理解する事を拒みました。
なので、どのように話しが進んだのかは分かりませんでしたが、
「じゃあんっ!」
ミユリさんが電話しながら取ったメモを両手で持って、くるっと僕の方を向きました。
スカートの裾がひらっと翻りました。
ああ……かわいい……。
良かった、いつものミユリさんです。
ふと横を見ると、
「………………」
シグレさんが呆然とした表情をしていました。
……どうやら彼も、幼なじみがこんな特技を持っているとは知らなかったようです。
「えへへ~。
中学の時は良くこの手で学校サボったよねぇ」
同意を求められて、先生は視線を逸らしました。
しかしその頬には一筋の汗が……。
「はい、ヒカルくん」
ミユリさんに渡されたメモには、駅向こうの国立病院の名と病室の番号が書かれていました。
「あ、ありがとうございます!」
受け取って頭を下げる僕に、
「待ちたまえ」
先生が声を掛け、すっくと立ち上がりました。
「私も一緒に行こう」
え、でも……。
「面会時間が……」
「そんなもの忍び込めば良いのだ。
大きい病院だ。ばれやしないさ」
「おい!」
シグレさんが顔をしかめます。
しかし僕は先生に賛同しました。
いけない事だとは分かっています。
でも今晩眠る前に。
夢の中のリセと会う前に、現実のリセと会っておかなければならない気がするのです。
そうでないと、彼女に何と言葉を掛けて良いのか分かりません。
僕と先生と、先生のお目付け役としてシグレさんの3人は、駅を越えて国立病院に向かいました。
お店の扉を開けて聞こえてきたのは、聞き慣れた、しかし今ここで聞こえるとは思っていなかった声でした。
そのほんわかボイスに顔を上げれば、
「ミユリさん!」
ふんわり笑顔がカウンターの向こう、茶の間から手を振っていました。
「どうしたんですか?
珍しいですねっ」
思わずこちらも笑顔で駆け寄ってしまいます。
「えへへ~。
ユタカちゃんとシグレちゃんに、テスト勉強教えてもらってるの」
彼女の左後方から、シグレさんが片手を上げ、右手からは――……、
「――ヒカル君、君という人は――……」
せ、先生……!
なんでいきなり猫の目なのですか……!
スッ――……っと細められた瞳に見つめられ、僕は一歩後退りました。
「君という人はつくづく変な縁を拾って来るなぁ……」
え……?
何のことですか?
聞こうと思ったのですが、先生はそう言ったっきり顔を机の方に向けてしまいました。
「ヒカルくんも勉強を教えてもらいに来たの?」
「いえ……僕は――……、」
何と言って良いのか分からずに、僕はまた俯きました。
「……学校の女の子が……入院、しているらしいのですが……」
「お見舞いに行くの?」
ミユリさんに尋ねられ、はっとします。
そうです。
現実のリセに一度会わなくては!
ですが……。
「入院している病院を知らないのです……」
「ああ! それで困った顔をしてたのね!
ヒカルくんの担任の先生は、え~と――……、」
? ? ?
「花園先生ですが……」
「りょ~かい!
だぁ~いじょーぶ、任せておいて!」
ミユリさんはウインク一つして、黒電話の前に立ちました。
電話帳をパラパラとめくり、ジーコ、ジーコ、とダイヤルを回します。
しばしの間の後、
「……あ、もぉしもしぃ?」
……彼女の口から出て来たのは、妙に甲高い声でした。
「わたくし、ヒカルの母ですが」
ええ!?
僕の母さんはそんな声じゃないですよ!?
――ですが、担任の先生は信じたようです。
「あ、花園先生ですかぁ?
ヒカルがいつもお世話になってますぅ」
……綺麗で優しくてちょっと可愛いだけだと思っていた近所のお姉さんに、よもやこんな特技があろうとは……。
「それでですね。
何でも入院されてる女の子がいるそうじゃありませんか。
お母様方とね、お見舞いに行こうかって話しになりまして――……。
ただ病院が分からないんですの。
……ええ、ええ。
……そ~うなんですのよ。おほほほほ。
……ええ……国立の?
分かりましたわ。
……ええ。日程が決まりましたら、先生にもお知らせ致しますわね。
おほほほほ。それでは」
甲高い話しと笑いに、脳が言葉を理解する事を拒みました。
なので、どのように話しが進んだのかは分かりませんでしたが、
「じゃあんっ!」
ミユリさんが電話しながら取ったメモを両手で持って、くるっと僕の方を向きました。
スカートの裾がひらっと翻りました。
ああ……かわいい……。
良かった、いつものミユリさんです。
ふと横を見ると、
「………………」
シグレさんが呆然とした表情をしていました。
……どうやら彼も、幼なじみがこんな特技を持っているとは知らなかったようです。
「えへへ~。
中学の時は良くこの手で学校サボったよねぇ」
同意を求められて、先生は視線を逸らしました。
しかしその頬には一筋の汗が……。
「はい、ヒカルくん」
ミユリさんに渡されたメモには、駅向こうの国立病院の名と病室の番号が書かれていました。
「あ、ありがとうございます!」
受け取って頭を下げる僕に、
「待ちたまえ」
先生が声を掛け、すっくと立ち上がりました。
「私も一緒に行こう」
え、でも……。
「面会時間が……」
「そんなもの忍び込めば良いのだ。
大きい病院だ。ばれやしないさ」
「おい!」
シグレさんが顔をしかめます。
しかし僕は先生に賛同しました。
いけない事だとは分かっています。
でも今晩眠る前に。
夢の中のリセと会う前に、現実のリセと会っておかなければならない気がするのです。
そうでないと、彼女に何と言葉を掛けて良いのか分かりません。
僕と先生と、先生のお目付け役としてシグレさんの3人は、駅を越えて国立病院に向かいました。
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