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四章
鍛錬会・準備期間⑤
しおりを挟む…………いつまで続くの?
少しの我慢よ。
もう嫌だよ、疲れたよ。
きっとすぐに元に戻るわ。
怖いよ、寂しいよ。
大丈夫、私がずっと…どんな時だって貴女の傍にいるもの。
帰りたいよ。
きっとすぐに帰れるわ。
みんなはどこにいるの?みんなに会いたい。
……………皆は貴女の傍にいるわ。
そばに?
目を閉じてごらん。皆貴女に微笑んでるわ。
…本当だ。
さぁ、もう休みましょう。
うん…。
いい子ね。………お眠りなさい。
おやすみなさい、かあさん。
おやすみ、リリ…
ーーーーーーーーーーーーーー
「………………………」
(あぁ………また一日が始まる…)
しばらく生活して見慣れた天井には本当に嫌気が差す
話し相手もいて、そこまで暇を持て余している訳でもないが
やはりどうしても自分の命が脅かされていると考えると何とも微妙な気分になる
まぁ怖い訳じゃないけど
ルームメイトは既に支度が終わっているのだろう
個人の部屋から繋がる、扉の向こうにある共同スペースから物音がする
そういえば今日は鍛錬会に向けた相手をしてくれるだとか言っていた
(……随分気合いが入っているみたいだったわ)
期待に応えるべく『イアン』になるために、隠しておいた艶のある黒い髪の毛を手に取る
男装するのは城下に出る時からしていたが、自分の髪の毛を隠すことはしてこなかったから…長い髪を入れ込むのに苦労した
(今までは魔法で色を変えたり長さを変えたりして工夫してたけど、魔力を使うと周りの魔法士に魔力を勘づかれるかもしれないという)
『いいかい、リリ。髪の毛に関しては魔力で手を加えてはいけないよ。見つかったら怪しまれてしまうから』
(兄上に言われた時は、
『過大評価も休み休みに言うべきよ』
って返したけど………………これはちゃんと聞いといて良かったわね)
実際ハテサルの教授、特に魔法士は優秀な人が多い
エピスィミアにも勿論いるにはいるが、
大陸の中でもトップを誇る程発展した国ということで
多くの優秀な人材が大陸全土から集まっているように感じられた
(そんなわけで、ウィッグっていう古典的な方法を選んだけれど……)
1ヶ月ほど経った今では鏡を見ずとも綺麗に整えることが出来るようになってしまった
こうして確認として鏡で見ても、全く違和感がない
(もし王女の身を追われることになったらウィッグ・エキスパートって名乗ろうかしら?
『どんなカツラでも完璧に整えます』って看板に添えておいたら人気店になること間違いなしだわ
特に禿を自分の汚点だって思ってる奴からはかなりありがたい商売だと思うのよね……
もしかしたら今より大富豪になって、クソジジイに1発食わせられるかも)
未来へ思いを馳せながら、鏡に映る自分をじっと見つめてみる
イアンの格好をしていると、本当に異母弟を見ているような気がして居心地が悪い
私の髪色は白に近いシルバーカラーをしている
だから上手く隠せないと、ウィッグの中から目立つ長い髪が落ちてきてしまう
本当はウィッグを付けなくても他にやりやすい方法があった
魔法という便利な手段が封印されている時、古典的な方法の一つとして髪を染色するという手もあるのだ
イアンの地毛の色である黒に染めてしまうことが1番安全なのは間違いない
あとから魔法で髪の成長を促すことくらいなんとででも出来ると、国を出る時に姉上含め周りから散々言われた
でもどうしても、切ったり染めたりするのだけは避けたかった
この髪は…
「イアン、起きてるか?」
向こうからのノックで思考が完全に停止した
鍵は一応閉めているが、万が一蹴破ってこられたら誤魔化せない
気絶させてしまうのもいいが、もしかしたら何かの拍子に思い出されでもしたら余計悪目立ちする
急いで中途半端になっていたサラシを巻き上げ服に袖を通す
部屋を確認して見られたらまずいものが無いかチェックしてからドアノブに手をかけた
「あぁ、起きてる」
ーーー
チュン…チュン
ビーーーーピョロロロー
グワッグワッ
あー…なんて気持ちのいいところなのかしら
よく分からん鳥も喜んでいるような気がしなくもない
都会ってやっぱり空気が澱んでるのよね
人間自然から生まれたんだもの
やっぱり帰るべき場所は自然よね
ほら……ここで羊飼いの歌でものんびり手取り足取り歌うのよ………
いつもはなんとも思わない川の音も、山に入ると何故か大地の血流のように………
今、私の前には一面の緑が展開されている
シルヴァン………彼から鍛錬会に向けた特訓をすると伝えられて、
私は迷いもなく生徒が自由に使える訓練場に移動した
早朝に起きるよう声をかけてきたのは向こうだと言うのに
あとから起きてきた私が外に出る支度が出来てもなお支度が終わってなかったようで、
調子乗った態度を取ってきた腹いせにと思って無言で部屋から出てきたのだ
しばらくして後から追ってきたところで、文句を言おうと近づいたら突然羽交い締めにされて何故か拉致された
それで今に至る訳だけど……………
ようやく落ち着いた時には、あの荘厳な…どこか落ち着くことが出来ない………というかしょうに合ってない学園とは打って変わって鬱蒼とした森の中にいた
この廃れ具合は祖国の私が住んでる離宮……別宮に似たものを思わせるというか………
とにかく既視感のもう一段上…想像を超える場所と言えば伝わるかしら…
木々が生い茂っているせいで視界も悪いし、自由に動き回れるほどの広さもない
むしろここで出来ることなんて数少ないと思うわ
出来ることと言っても焚き火とか山火事起こすとかそんな程度だと思うけど
「ここは…特訓するのに使える?」
そこまで驚いている訳でも無いけれど、わざわざここをセレクトした理由が分からないので一応本人に尋ねてみる
予想もしていなかった場所に無理やり連れてこられたせいで、どんな文句を言おうとしていたのか忘れてしまった
強制連行を実行した目の前の青年はどうしているのかと言うと、
見えているのは背中だけでなんとも言えないが…どこか緊張しているような雰囲気を感じる
何なの?
直立不動で無言状態になっている青年の肩を叩く
叩くと言うより殴っていると形容しても良さそうなほどには叩いたが、無言を貫き文句も言わず一言も喋らない
………ハテサルは貴賓を放置しても許されるわけ?
それとも何?
エピスィミアがハテサルより小虫よりしょうもない弱小国だからどこまで放置プレイに耐えれるか賭け事でもしてるわけ?
事実でもやっていい事と悪いことっていうのはこの世には存在してるのよ?
それに悪いけどこっちは放置プレイは何度も経験済みの上級者なの
そっちが挑むって言うならその挑戦…買うわよ
そんなことを考えていると気づいたらかなり時間が経ってしまっていたようで、太陽の位置が少し高くなっている
もしかしたらかなりの方向音痴っていう可能性もありうる
いくらなんでも自国だから正確に案内できなかった恥を認めたくなくて、ちょうど悶えてるところなのかもしれない
ようやく迷い込んだことに気づいて…言葉を失ってるんだわ
まぁ…私ってそこまで心狭くないから
いいわよ、好きなだけ悶えて
まだ朝だし、時間もあるもの
私も街に出た時に、無意識のうちにガラの悪い連中を気づいたら頭から叩きつけてたことがあったから言葉を失う感覚だけは何となく分かる気がする
『きょーかん』………いや、『共鳴』?だったからしら
兎に角…私は結構こういう場所に慣れてるからいいんだけど、
こういう…根っからの貴族で
『僕…外に出たら絶対にお菓子を買ってもらわないと………嫌だもん』
とか小さい時に言っていた(だろう)ルームメイトにはこの場所はかなりインパクトはありそうだわ
いくら騎士志望で、社交会にいるような華やかな青年とは異なる生活を送っているとは言え……ここまでの荒地には自ら足を運ぶことはそうそう無いはずだ
そこまで考えてふと思い出す
そういえば騎士は大半地形に詳しいという話を聞いたことがある(多分兄上の受け売り)
ならこの目の前の青年が方向音痴である確率は低いはずだわ
確かにここまで来て、周りも木ばかりだと言うのにようやく自分のいる位置が分からなくなるなんて………
もうそんなのただの馬鹿だ
残る可能性が他にもあるなら……………………
暗殺だわ
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