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三章
本心
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レイラに部屋から連れ出された王女は、彼女を前に正座させられていた
(……………捨てられるのかしら)
辺りを見ると木々が生い茂っている
学園裏の森にいるのだろう
リリアーヌは昔読んだ森に少女が捨てられる話の絵本を思い出していた
遂に愛想をつかされてしまったのでは無いか
王女はぼんやりとそんなことを考えていた
そう思ってしまう原因がいくつか………………かなり思い当たる節がある
捨てられても何ら不思議ではない
「………あんな、殴る事ないじゃない…レイラ」
とりあえず目の前の人物に不満を漏らす
突然の事で、自室にいたであろうシルヴァンに部屋から連れ出されたことが多分知られていない
扉は閉まっているはずだが、もし部屋にいないと知られたら連れ去られたのかと心配される恐れがある
これでもリリアーヌは他国の王族として学園に在籍しているのだ
もし、ハテサルの管理不届きにより、王族に何か問題があれば周辺の国に何か言われるのは確実である
「……………本気で言ってるんですか…?」
王女の目の前にいる侍女は誰がどう見ても憤慨していた
カタカタと身体を震わせ、ものすごい形相で王女を見下ろしている
一応外に出ているので、カツラもサラシも巻いており、
傍から見たら侍女が主人に対して何らかのプレイでもしているかのような状況だ
「その口調…………それにその格好………」
(な、なんかボソボソ言ってるわね………)
顔を俯けたままで一向に上げようとしない
背後に燃え盛る炎が見えるのも、王女だけの幻覚だろう
「れ、レイラ………体調が悪いならそう言ってくれればいいのに…」
「………………私の………体調を……………心配…………?」
(いや、どうした)
普段意外と冷静な侍女が取り乱している
「そ、それは心配するでしょう………?一緒に学園に留まってくれてるし…感謝は………」
途端、レイラは目を大きく開き、血の気が引いた顔を王女に向けた
目は血走り、涙がとどめなく溢れている
(……………いや、どうした)
「はああああ?!し、心配?!心配するくらいなら、まずは自分の状況を理解してくださいよ!!!」
「………へぁ?」
突然の言葉の突風に飛ばされそうになる王女
「貴方がしっかりしてくれないと!!!私の体調など!!関係なしに首がぶっ飛んでいくのですよ…!?!?!?」
ぶっ飛ぶ…
随分具体的に説明してくれるものだ
「まぁ…」
「体調以前の問題じゃないですか!!!!!」
(うわぁ…)
「…………………そうね」
「なんですか?!その口調は??馬車で言ったこと…………もう忘れたんですか?!」
「ば、ばsy…」
「そうですよ!!!忘れたとは言わせません!!私ははっきり覚えています!はっきり覚えているのです!!!『俺』は許しました!でも、『暴れろ』とは言ってませよ!?」
暴れたことなんてあっただろうか
周りにあっても王女にはない
言われっぱなしは性にあわない彼女である
突然のお叱りに負けじと反発しようとする
「あ、暴れてなん…」
「言いましたよね?!」
(まるでソプラノ歌手ね)
言いましたよねの「言」の部分が高いレ辺りの音になっている
「イアン殿下…………貴方は落ち着いたクールなイケメン男子なんですよ?!?!」
「イアンってイケメンなの?普通じゃない?」
「それはあんたら王族の顔が整ってるからだろうが!そもそも平均値が高いのよ!!!一緒にしないでください!」
「えぇ……………」
そんなことを言われてもである
彼女達王族に、自分たちの顔面が整っているかなどという意識は無い
(理不尽)
完全に立場が真逆だ
こんな侍女は中々いない
「イアン様の性格は????」
謎の圧をかけられる
万が一答えを間違えたら、速攻で首を切り落とされる勢いだ
絶対に模範解答を答えなければならない
「常に冷静」
数秒の間ののち、緊張した口調で言葉が発せられる
「はい!全くもってその通りですよね?!思い出してください!!!!!貴方はとんでもないことをしたのですよ?!?!?!?!?!?!」
「…………とんでもないこと…?」
<リリアーヌの脳内>
『意外に食べるんだな、お前』←シルヴァン
『食べないと暴走するからなー』←私
『ん?』←シルヴァン
・
・
・
『ハンバーグ…潰さないのか?』←皇子
『いや、潰さないわ』←私
・
・
・
『…先日は、潰していただろう』←皇子
『…あぁ、あれか。あれはまぁ、ワイルドさがどんな風に出るのか試してたんだよ』←私
※三章「過去の記憶ときっかけ」参照
・・・
「あったねぇ~…うん、それで?」
リリアーヌの印象としては、ただ事実を述べただけの食事中の会話の思い出である
何もおかしくは無い、彼女から見たら
(あれの何がおかしいのかしら。むしろいい線いってるわよね?その、ふつーの会話とやらに)
「は?それで????何なんですか?!食べないと暴走するって?!?!?!」
侍女は悲鳴紛いの嘆きの声を出す
「いや、でも…………だが、レイラもそれは知ってるだろう?」
「貴方は野獣なんですか?!?!普通、食べないと暴走とかおかしいでしょう?!?!」
「普通とは?」
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
(どっちが野獣なのよ…………)
レイラがあげる悲鳴は最早、何かの山の動物の鳴き声にしか聞こえない
「挙句の果てには、あの有名な冷酷皇太子様にまでハンバーグを潰さないのか、とか言われたらしいじゃないですか!!!」
「何で知ってるのy…………んだ」
「めちゃくちゃ有名な話ですよ?!私の元にまで話が回ってくるくらいです!!!」
「えぇ…………?」
「あれだけ言ったのに…………問題を起こさないと………!!!!!!!!!!!!!」
「れ、レイラ…」
「完全に気を抜いているとしか思えない行動ですよ?!?!」
流石の勢いに申し訳なく思ったのか、王女は嘆き悲鳴を上げて発狂する侍女の背中を撫でる
地面に膝を付き絶望しているかのようだ
(レイラは演技派ね。役者にでもなれるんじゃない?)
出かかった言葉を飲み込む
多分言ったら、殺される
「これでは貴方様のお母様に顔向け出来ません………」
「な、何故そこに母上が………」
予想していなかったワードに口元が引き攣る
「毎日のように私の元へ手紙が送られて来るのです」
ここに追い討ち
「は、母上は何てっ…」
「何も問題を起こさないか夜も心配で眠れないと」
「あ、あぁ………ただでさえ身体も弱くて、不眠症なのに……」
(私が心配させてしまっている…………いつもそうだわ……)
リリアーヌが何か街で問題を起こそうものなら、噂を聞きつけ、衛兵よりも先彼女の元へ来てくれる
王族の生活が心苦しいものであると、もうこの場所を離れて、元の平民の暮らしに戻りたいと、男装をし始めた10歳頃から毎日のように訪れては泣いて訴えていた
まだ幼かったにも関わらず、突然王女だと言われ親元を無理やり離されて心を病んでいた時期があったリリアーヌは、母親の毎度の助言に心救われていた
母親のワードが出てシュンとしてしまった王女の様子を見て、さらに追い打ちをかけるためため息をつく(ついておく)侍女
「ですから、貴方様は何も問題を起こしていないという報告が出来るように、私に協力してください」
「………………………分かった、ふざけたりしない」
「貴方は薬学に精通しているのですから、実験室にも適宜行ってください。…………鍛錬会が終わってからでいいので」
「…………鍛錬会のこと知ってたんだ?」
「勿論ですよ。貴方が活躍できる時なんてこんなとこぐらいでしょう?しっかり頑張って下さいね」
「………………………ディスってる?」
「あら、悪く言われる自覚があるのですか?」
「………………」
「この鍛錬会は一般の方も参加出来るそうです。貴方はこの国の久方ぶりの留学生なのですから………ちゃんと期待に応えて下さいね」
「………分かった」
「あ、あとゼイン殿下とシエル殿下、アメリア殿下がいらっしゃるらしいですよ。お忍びで」
「………は?」
「それに、エーテル側妃様もいらっしゃるそうです」
「エーテル様まで?!」
「エーテル側妃様は貴方様のお母様ですから」
「…………イアンの間違いでしょう?」
エーテル・ラトラ・ローゼンバルト現公爵令嬢
18歳で同い年の当時まだ王太子だったエピスィミア王の側妃となった、公爵唯一の娘
現在はエピスィミアの側妃、
エーテル・ラトラ・ローゼン・エピスィミアとして各地で活躍している
第3王子イアンと、元第3王女クシアの母であり、
穏やかな性格の持ち主で有名な女性である
「その通りですが、側妃様は貴方……貴女をとても大切にしていらっしゃいます」
確かにイアンの母で、リリアーヌの母ではないが大切にしているのは事実
クシア王女がいなくなってからすぐに城に来た王女であったのと、リリアーヌが後ろ盾がないからと唯一彼女の協力者として名乗りをあげた側妃でもあった
だが、リリアーヌは側妃に大切にされている理由は他にあると考えていた
「それはクシア殿下に似てるからでしょう?」
歳が近いだけではない
容姿もかなり似ている
だからこそ愛情のはけ口に自分が立っているだけだと思っていた
(私はクシア王女じゃないから。代わりよ、代わり。代用品だわ。前に肖像画を見た時、本当にびっくりしたもの)
ーーー
『王女様、こちらは元第3王女クシア様の肖像画です』
いつの日だったか、王城でまだ生活していた時、侍従に教えてもらったあの絵
髪色はちょっと違う、顔は凄く綺麗だけどイアンに似てる
でも、どこか雰囲気が似ていた
私の瞳の色は金色で、この王女も同じ
髪も長いし、来ている服も似ているから感じたのかもしれないけど
『………………………私はこの人の居場所を奪ったの?』
そういうと、隣にいた侍従は驚いた様子だった
『…何故そのようなことをおっしゃるのですか?』
『……………初めて王城に来た時、私は第3王女だと言われたわ』
純粋な質問だった
確かに城に入るとき、多くの人にそう言われたから
『あぁ…………それはクシア殿下が王族の籍を外されてしまったからですよ……………。とても優しいお方だったのですが………』
そう答えた侍従は悲しそうな顔をする
彼はかつて王女の恩恵を受けたのだろうか
『籍を…………外された?』
『はい。………先日陛下のお怒りを買ってしまい…………』
『今はどこにいるの………?』
何となく、気になった
私が兵士から逃げていた頃、聞いたことのある名前だったから
優しい王女様だって……街の人が言っていた
もしかしたら、仲良くしてくれるかもしれないと
私の状況に同情して、ここから出してくれるかもしれないと
『……………既にお亡くなりに…』
ーーー
「聞いてますか、イアン様」
「ん?…あぁ…」
(あの時は本当にショックを受けたのよね………。あの城がおかしい場所だっていうのも認識できたけど)
「とにかく、遠いエピスィミアからわざわざ来て下さるのですから、しっかり人に見せられる実力をつけておいて下さいね!」
「分かったから」
「それにその格好!」
そう言って人差し指でビシッと指さす
「そんなシャツ1枚の薄着で出歩かないで下さい!風邪をひきますし、襲われますよ!!!」
「それは納得」
リリアーヌが納得してしまうのも無理はなかった
既に経験者だからだ
だが、レイラの思っている意味とは違う
レイラは男性に襲われてしまうことを懸念していた
遠い目をして思い出せる記憶は数名の女性に言い寄られた記憶である
『イアン王子様!』
『イッケメン…………………』
『ウェズ卿も認める方だそうよ…………』
『顔の造形がいいだけでなく、実力までも兼ね備えているなんて………』
『きゃあ!メルシア伯爵令嬢が神々しさにやられてお倒れにっ………!』
『…………………バナナを埋めるような王子のどこがいいのかしら………?????』
『シャツをお召しになっていらっしゃるわ!!!』
『もう思い残すことは…………』
『こちらはルナ子爵令嬢が吐血を……………!』
『見てっ!ルドシア公爵令息まで固まってるわよ!!!』
『いつも眠気と戦っているお方なのに………』
『しかも彼は男性よ?!』
『性別問わず虜にしてしまうなんて……………………』
『なんて力なの………………!』
『…………………………………』
(えぇ……………)
誰かに黄色い声をあげてもらえるなど、夢のような状況である
本当なら喜ぶべき状況だった
だが、あまりにも女学生の勢いが強かったせいで想像の斜め上をいってしまったのだ
「見つからないよう、日々気をつけて下さい」
「…………………………うん」
はあっとため息をつく
周りを見ても誰かの気配は感じない
元々人気のない場所なのもそうだが、会話が途切れたため静寂が訪れる
「とにかく…………頑張ってください…………リリ」
「!」
懐かしい言葉に顔を上げる
凄く心配しているのと、応援している感情が入り交じっているようだ
友達として、姉として、侍女として………
優しい笑顔だ
「………えぇ…任せて、レイラ。私はしっかりやってくるわ。……………………早く元の生活に戻りたいもの」
リリアーヌは驚いた顔を笑顔に変え、侍女に向ける
「待っていてくれ」
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