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――その後、お父様とお母様は泣きっぱなしのアリスを馬車に押し込むようにして、ツェペリへ帰って行った。
「あ、その娘が例の娘か?」
ライアンの家族との夕食の席に招待された私に、煌びやかな服を着た男の人が声をかけてきた。
「――兄上のディルクだ」
ライアンが私に紹介してくれる。
「初めまして……ライアンと婚約することになった……ソフィアです……」
未だそう自己紹介していいのかわからない私は、言葉に詰まりながら挨拶する。
「一足飛びって言っていなかったか?」
ディルク様はからかうようにライアンの髪をくしゃっとした。
「――何とでも言ってください」
憮然とした顔で答えるライアンに、ディルク様はにっと笑って、それから手を叩いた。
「そうだ。彼女の捜していた料理人だっけ――うちの宮廷の料理人の親族だったぞ」
「グレゴリーとスザンナ!?」
思わず身を乗り出す。
捜してくれるとは言っていたけれど……。
「うちの料理人の家に滞在してるそうだ」
ディルク様は頷いた。
***
「お嬢様! お元気でしたか!!」
翌日、その足でグレゴリーとスザンナの親戚だという料理人の家を訪ねると、二人が勢いよく私に駆け寄って来た。
「グレゴリー! スザンナ!!」
思わず飛び跳ねてそれを迎える。
やっぱり、この二人の顔を見ると、すごく温かい気持ちになる。
「……何だかお綺麗になられて……」
スザンナ私を見て、感動したように言った。
「……色々あったのよ。グレゴリーに色々と教えてもらったことが役に立ったわ」
私はライアンを紹介した。
「彼がライアン。えぇと、その色々あって……婚約したのよ」
「ライアン様……、第三王子の……」
ばっと私から離れて改まったグレゴリーにライアンは笑って「様はいらない」と言った。
グレゴリーとスザンナは親戚宅に身を寄せて、次の奉公先を探しているらしい。
そこでライアンが「魔法研究所の食堂で働かないか」と提案した。
研究所の魔法使いが増えて、料理人が不足しているそうだ。
グレゴリーたちは「喜んで」と返事してくれた。
……かくして、私はまた研究所の厨房でグレゴリーの料理を食べられるようになった。
***
それからしばらくして――、
「お嬢様……、何だか、悩んでそうじゃないですかい」
研究所の厨房で、グレゴリーが作ってくれた林檎のパイを食べながら私はため息をついていた。
「……わかる?」
私は紅茶を飲んで、また息を吐いた。
ライアンと勢いで婚約一週間になる。
私たちは研究所に戻って生活している。魔法を教えてくれる先生も決まって、私は1日中魔法の練習でばたばたしていた。たまに厨房のグレゴリーたちのところに遊びに行くのが息抜きだ。
だけど……、婚約したからといって、ライアンとの関係が特に何か変わるわけでもなく、お互い顔を合わせれば雑談をして、夕食を一緒に食べるだけだ。
「婚約したのかしらね、本当に」
そう呟くと、「ライアンのこと?」と横から声がした。
――レオだった。
「おう、レオ、また来たのかい」
「グレゴリーたちが来てから食堂の食事が美味しくてさ」
レオはそう言うと、私の前に座って、面白そうに言った。
「あいつも、今朝、同じこと呟いてたぜ」
「――え?」
私は立ち上がった。悩んでいても仕方がない。自分から一歩踏み出すことが必要だ。
家から飛び出した時みたいに。
「お嬢様、お菓子まだ焼けますがいいんですか?」
グレゴリーがそう声をかけてきたけれど、私は「もうお腹いっぱいだから、大丈夫よ」と答えた。もう、前みたいに、何かを満たすために甘いものをお腹に詰め込まなくても大丈夫になっていた。
私はライアンの部屋に行った。
ドアをノックすると、緊張した面持ちのライアンが出てきた。
「――試験明日なんだよな……、たぶん、大丈夫だと思うけど……」
そうぼやくライアンの肩をこちらに引き寄せると、そのままの勢いで唇を一瞬重ねてみた。
「――え」
硬直するライアンの背中を叩く。
「きっと大丈夫よ。頑張って」
その瞬間、ライアンが私を抱きしめた。
「――えぇと、婚約者だから、こういうのも、いいんだよな」
「……いいのよ、たぶん」
そう答えると、ライアンはゆっくり私に顔を近づけた。
また一瞬だけキスをして、彼は拳を握って呟いた。
「絶対、大丈夫だ。そんな気がする」
翌日――ライアンは無事試験に合格して、認定魔法使いになった。
私たちは、朝と晩に挨拶と一緒にキスをして、手を繋ぐようになった。
実家とはあれ以来音沙汰がないけれど、結婚式には来てもらうだろうし、これからも多少の付き合いはしていかないといけないだろうけど……、ライアンと自分たちのペースで頑張っていこうと思う。
「あ、その娘が例の娘か?」
ライアンの家族との夕食の席に招待された私に、煌びやかな服を着た男の人が声をかけてきた。
「――兄上のディルクだ」
ライアンが私に紹介してくれる。
「初めまして……ライアンと婚約することになった……ソフィアです……」
未だそう自己紹介していいのかわからない私は、言葉に詰まりながら挨拶する。
「一足飛びって言っていなかったか?」
ディルク様はからかうようにライアンの髪をくしゃっとした。
「――何とでも言ってください」
憮然とした顔で答えるライアンに、ディルク様はにっと笑って、それから手を叩いた。
「そうだ。彼女の捜していた料理人だっけ――うちの宮廷の料理人の親族だったぞ」
「グレゴリーとスザンナ!?」
思わず身を乗り出す。
捜してくれるとは言っていたけれど……。
「うちの料理人の家に滞在してるそうだ」
ディルク様は頷いた。
***
「お嬢様! お元気でしたか!!」
翌日、その足でグレゴリーとスザンナの親戚だという料理人の家を訪ねると、二人が勢いよく私に駆け寄って来た。
「グレゴリー! スザンナ!!」
思わず飛び跳ねてそれを迎える。
やっぱり、この二人の顔を見ると、すごく温かい気持ちになる。
「……何だかお綺麗になられて……」
スザンナ私を見て、感動したように言った。
「……色々あったのよ。グレゴリーに色々と教えてもらったことが役に立ったわ」
私はライアンを紹介した。
「彼がライアン。えぇと、その色々あって……婚約したのよ」
「ライアン様……、第三王子の……」
ばっと私から離れて改まったグレゴリーにライアンは笑って「様はいらない」と言った。
グレゴリーとスザンナは親戚宅に身を寄せて、次の奉公先を探しているらしい。
そこでライアンが「魔法研究所の食堂で働かないか」と提案した。
研究所の魔法使いが増えて、料理人が不足しているそうだ。
グレゴリーたちは「喜んで」と返事してくれた。
……かくして、私はまた研究所の厨房でグレゴリーの料理を食べられるようになった。
***
それからしばらくして――、
「お嬢様……、何だか、悩んでそうじゃないですかい」
研究所の厨房で、グレゴリーが作ってくれた林檎のパイを食べながら私はため息をついていた。
「……わかる?」
私は紅茶を飲んで、また息を吐いた。
ライアンと勢いで婚約一週間になる。
私たちは研究所に戻って生活している。魔法を教えてくれる先生も決まって、私は1日中魔法の練習でばたばたしていた。たまに厨房のグレゴリーたちのところに遊びに行くのが息抜きだ。
だけど……、婚約したからといって、ライアンとの関係が特に何か変わるわけでもなく、お互い顔を合わせれば雑談をして、夕食を一緒に食べるだけだ。
「婚約したのかしらね、本当に」
そう呟くと、「ライアンのこと?」と横から声がした。
――レオだった。
「おう、レオ、また来たのかい」
「グレゴリーたちが来てから食堂の食事が美味しくてさ」
レオはそう言うと、私の前に座って、面白そうに言った。
「あいつも、今朝、同じこと呟いてたぜ」
「――え?」
私は立ち上がった。悩んでいても仕方がない。自分から一歩踏み出すことが必要だ。
家から飛び出した時みたいに。
「お嬢様、お菓子まだ焼けますがいいんですか?」
グレゴリーがそう声をかけてきたけれど、私は「もうお腹いっぱいだから、大丈夫よ」と答えた。もう、前みたいに、何かを満たすために甘いものをお腹に詰め込まなくても大丈夫になっていた。
私はライアンの部屋に行った。
ドアをノックすると、緊張した面持ちのライアンが出てきた。
「――試験明日なんだよな……、たぶん、大丈夫だと思うけど……」
そうぼやくライアンの肩をこちらに引き寄せると、そのままの勢いで唇を一瞬重ねてみた。
「――え」
硬直するライアンの背中を叩く。
「きっと大丈夫よ。頑張って」
その瞬間、ライアンが私を抱きしめた。
「――えぇと、婚約者だから、こういうのも、いいんだよな」
「……いいのよ、たぶん」
そう答えると、ライアンはゆっくり私に顔を近づけた。
また一瞬だけキスをして、彼は拳を握って呟いた。
「絶対、大丈夫だ。そんな気がする」
翌日――ライアンは無事試験に合格して、認定魔法使いになった。
私たちは、朝と晩に挨拶と一緒にキスをして、手を繋ぐようになった。
実家とはあれ以来音沙汰がないけれど、結婚式には来てもらうだろうし、これからも多少の付き合いはしていかないといけないだろうけど……、ライアンと自分たちのペースで頑張っていこうと思う。
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感想ありがとうございます。
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アリスはジョセフ王太子あたりと婚約すると思います。
ローレンス家は権威には弱いので、距離をとりつつ付き合いは続いて行くんじゃないでしょうか。。。
感想ありがとうございます。
好印象は与えていませんがうっかり出くわします……。