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17.戻って夜から、合流
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「――お姉さまなんて、言うんじゃないわ……」
語気を強めるリーゼロッテに私は顔を近づけて、囁きかけた。
「ねえ、お姉さま。狼に食べられたくなかったらついてきて」
イオが少し牙を剝いて迫ると、リーゼロッテはびくりと身体を震わせる。
「ついてきて」と重ねると、彼女は震えたまま頷いた。
そのままリーゼロッテを連れて、離れの塔へ向かい、階段を下る。
あの通路の扉の前で、彼女に言った。
「服を脱いで」
「え?」
「私と交換するの」
私は自分の服の紐を緩めると、彼女の寝間着の紐も緩めた。
そのまま服を脱いで、動こうとしない彼女の寝間着を持ち上げて脱がし、代わりに着る。
肌着になったリーゼロッテはぶるっと震えた。
「着ないと、寒いでしょう」
そう言うと、私の脱いだ服を怒ったように手に取って、被った。
「その扉のことを知っている?」
通路の扉を振り返るリーゼロッテの後ろ手をとって、それを紐で縛った。
「何するの……」
「静かにしてね」
悪態をつこうとする口元にも布を回し、縛った。
そのまま扉を開け、リーゼロッテを連れて暗い道に進む。
「――昔、あなたの『気に入らない』の一言で、私は物だって印を焼かれたでしょう。あの時、ここに逃げ込んだわ。どこか遠くに逃げようと思って。でも、傷が熱くて痛くて、途中で座り込んでしまったの」
私は髪を持ち上げると、自分の顔をリーゼロッテの顔に近づけた。
今、化粧はしていない。
「見えるかしら」
そう言うと、リーゼロッテは目を瞬いて「うぅ」と唸った。
「もう、あの痕はないの。リーゼロッテ。アーノルドが消してくれた。私は『リズ』という名前の人になったの。だから、もうあなたにもお父様にも従わないわ。私は私の考えで、やりたいことをやるわ」
リズを引っ張りながら道を進むと、途中で止まって、彼女を座らせた。
足を縛って、イオの頭を撫でる。
「イオ、リーゼロッテを見ていてね」
そう言って、私は元来た道を戻る。そのままリーゼロッテの寝室に戻ると、まだ温かいベッドに潜り込んだ。
離れの塔にある、私の硬いベッドとは違うふかふかした寝心地の良いベッド。
だけど羨ましくはない。早くテネスの、アーノルドのいるあの王宮の部屋に帰りたかった。
「アーノルドは追いかけてきてくれるかしら」
そう呟いてから、一気に疲労が押し寄せて、私はそのまま眠った。
***
それでもやっぱり、日が昇る前には目が覚めた。
リーゼロッテは朝に自分で仕度なんかしない。
彼女の侍女たちが部屋を訪れるのは、日が昇りきってからだから、朝は手持ち無沙汰になってしまった。
「リーゼロッテ様、おはようございます」
部屋に入って来た侍女たちに起こされるまで、ベッドの中にいないといけない。
起き上がると、顔を洗って、お風呂へ向かう。
湯船に入って、髪と顔を整えてもらう。
その最中には「お湯が熱いわ」「髪型を変えて」「口紅の色を変えて」……リーゼロッテとして振舞うために3回は文句を言わないといけない。
ずっと、何も話さずにそんな様子を見つめ続けてきた。同じように振舞えば、誰も私がリーゼロッテではないなんて、気づかない。
「朝食の準備ができました」
リーゼロッテの朝は楽だ。流れるように与えられるものをこなせば良いんだから。
朝食の席に行くと、お母様だけが座っていた。
一番奥のお父様の席は空席だ。
「リーゼロッテ、今日も綺麗ね」
お母様は自慢げに私を見て言う。
「ありがとうございます。お母様も」
私は「ふふ」と笑った。
この食事の席に同席したことは一度だってないけれど、きっとリーゼロッテは毎日お母様にこうやっているのだろうと思う。
出される食事を食べながら、お母様に問いかける。
「お父様は――どうされたんですか?」
お母様は不思議そうに首を傾げる。
「周辺国からお客様がいらっしゃっているから、昨日からずっと皆様とずっとお話合いをされているじゃないの」
周辺国からのお客様……。
私は考え込んでから、首を傾げた。
「――そうでしたね。ごめんなさい」
「いいのよ。それより今日はあまり食べないのね……」
心配そうな声に、私は思わずテーブルを見つめた。
たくさんのお皿に乗った食事。ずいぶん食べたつもりだったけれど。
――でも、都合が良いわ。
「少し……調子が悪いみたいで……」
そう言うと、お母様は「まあ」と口に手を当てた。
「今日はゆっくりと休んでいなさい」
***
部屋に戻ると、侍女を外に追い出して、1人ソファに腰掛けて考える。
アーノルドは、気づいてここまで来てくれるかしら。
しばらく、待ってみよう。
そんなことを考え込んでいると、
「きゃぁあ」
どこからか、使用人の悲鳴が聞こえた。
外へ駆け出すと、私の部屋の方へ向かって、廊下をずんずんと複数の人影が進んで来る。
使用人たちが横に避けて、道を譲る。
その集団は武装した獣人たちだった。
先頭にいるのは、
「アーノルド」
思わず名前を呼ぶと、彼は驚いた顔をして私を見た。
「リズ!」
私は駆け寄ると「そうです」と頷いた。
彼の手を引いて、呼びかけた。
「お父様のところへ行きましょう。――他の方々も集まっているみたいだわ」
語気を強めるリーゼロッテに私は顔を近づけて、囁きかけた。
「ねえ、お姉さま。狼に食べられたくなかったらついてきて」
イオが少し牙を剝いて迫ると、リーゼロッテはびくりと身体を震わせる。
「ついてきて」と重ねると、彼女は震えたまま頷いた。
そのままリーゼロッテを連れて、離れの塔へ向かい、階段を下る。
あの通路の扉の前で、彼女に言った。
「服を脱いで」
「え?」
「私と交換するの」
私は自分の服の紐を緩めると、彼女の寝間着の紐も緩めた。
そのまま服を脱いで、動こうとしない彼女の寝間着を持ち上げて脱がし、代わりに着る。
肌着になったリーゼロッテはぶるっと震えた。
「着ないと、寒いでしょう」
そう言うと、私の脱いだ服を怒ったように手に取って、被った。
「その扉のことを知っている?」
通路の扉を振り返るリーゼロッテの後ろ手をとって、それを紐で縛った。
「何するの……」
「静かにしてね」
悪態をつこうとする口元にも布を回し、縛った。
そのまま扉を開け、リーゼロッテを連れて暗い道に進む。
「――昔、あなたの『気に入らない』の一言で、私は物だって印を焼かれたでしょう。あの時、ここに逃げ込んだわ。どこか遠くに逃げようと思って。でも、傷が熱くて痛くて、途中で座り込んでしまったの」
私は髪を持ち上げると、自分の顔をリーゼロッテの顔に近づけた。
今、化粧はしていない。
「見えるかしら」
そう言うと、リーゼロッテは目を瞬いて「うぅ」と唸った。
「もう、あの痕はないの。リーゼロッテ。アーノルドが消してくれた。私は『リズ』という名前の人になったの。だから、もうあなたにもお父様にも従わないわ。私は私の考えで、やりたいことをやるわ」
リズを引っ張りながら道を進むと、途中で止まって、彼女を座らせた。
足を縛って、イオの頭を撫でる。
「イオ、リーゼロッテを見ていてね」
そう言って、私は元来た道を戻る。そのままリーゼロッテの寝室に戻ると、まだ温かいベッドに潜り込んだ。
離れの塔にある、私の硬いベッドとは違うふかふかした寝心地の良いベッド。
だけど羨ましくはない。早くテネスの、アーノルドのいるあの王宮の部屋に帰りたかった。
「アーノルドは追いかけてきてくれるかしら」
そう呟いてから、一気に疲労が押し寄せて、私はそのまま眠った。
***
それでもやっぱり、日が昇る前には目が覚めた。
リーゼロッテは朝に自分で仕度なんかしない。
彼女の侍女たちが部屋を訪れるのは、日が昇りきってからだから、朝は手持ち無沙汰になってしまった。
「リーゼロッテ様、おはようございます」
部屋に入って来た侍女たちに起こされるまで、ベッドの中にいないといけない。
起き上がると、顔を洗って、お風呂へ向かう。
湯船に入って、髪と顔を整えてもらう。
その最中には「お湯が熱いわ」「髪型を変えて」「口紅の色を変えて」……リーゼロッテとして振舞うために3回は文句を言わないといけない。
ずっと、何も話さずにそんな様子を見つめ続けてきた。同じように振舞えば、誰も私がリーゼロッテではないなんて、気づかない。
「朝食の準備ができました」
リーゼロッテの朝は楽だ。流れるように与えられるものをこなせば良いんだから。
朝食の席に行くと、お母様だけが座っていた。
一番奥のお父様の席は空席だ。
「リーゼロッテ、今日も綺麗ね」
お母様は自慢げに私を見て言う。
「ありがとうございます。お母様も」
私は「ふふ」と笑った。
この食事の席に同席したことは一度だってないけれど、きっとリーゼロッテは毎日お母様にこうやっているのだろうと思う。
出される食事を食べながら、お母様に問いかける。
「お父様は――どうされたんですか?」
お母様は不思議そうに首を傾げる。
「周辺国からお客様がいらっしゃっているから、昨日からずっと皆様とずっとお話合いをされているじゃないの」
周辺国からのお客様……。
私は考え込んでから、首を傾げた。
「――そうでしたね。ごめんなさい」
「いいのよ。それより今日はあまり食べないのね……」
心配そうな声に、私は思わずテーブルを見つめた。
たくさんのお皿に乗った食事。ずいぶん食べたつもりだったけれど。
――でも、都合が良いわ。
「少し……調子が悪いみたいで……」
そう言うと、お母様は「まあ」と口に手を当てた。
「今日はゆっくりと休んでいなさい」
***
部屋に戻ると、侍女を外に追い出して、1人ソファに腰掛けて考える。
アーノルドは、気づいてここまで来てくれるかしら。
しばらく、待ってみよう。
そんなことを考え込んでいると、
「きゃぁあ」
どこからか、使用人の悲鳴が聞こえた。
外へ駆け出すと、私の部屋の方へ向かって、廊下をずんずんと複数の人影が進んで来る。
使用人たちが横に避けて、道を譲る。
その集団は武装した獣人たちだった。
先頭にいるのは、
「アーノルド」
思わず名前を呼ぶと、彼は驚いた顔をして私を見た。
「リズ!」
私は駆け寄ると「そうです」と頷いた。
彼の手を引いて、呼びかけた。
「お父様のところへ行きましょう。――他の方々も集まっているみたいだわ」
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