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【5】救出
51. 「死なせ、ないで」
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対妖防衛隊、東都中央の詰め所に到着した彰吾が目撃したのは、慌ただしく運ばれる隊員たちの姿と緊急で設置された医療部隊の治療室だった。
(何があったんだ)
彰吾は慌てて周囲を見回しながら呟いた。
「綾子さん……」
「鈴原! 来たのか!」
そう声をかけてきたのは、同じく今日非番だった参番部隊の副隊長、波左間だった。
「――大変だ! 隊長が……」
彼からの説明に、彰吾は言葉を失った。
「隊長が、妖に憑かれて、飛び去った……?」
事態が飲み込めないうちに、彰吾たちは長官に召集された。
***
「本部に侵入した妖は、藤宮第参部隊長が追っていた妖【九十九】だと見られる。【九十九】は第五部隊所属・神宮司隊員及び医療部隊所属・間宮隊員に取り憑き、部内に侵入。多数の負傷者を出したのち、応戦した藤宮隊長に取り憑き逃亡。当該妖は、今までに当時隊員であった藤宮隊長の父親を含め、多数の隊員及び市民を殺害しており、危険度が非常に高い。藤宮隊員に取り憑いたままであれば……」
長官は言いにくそうに視線を落としてから、再び彰吾たちを見た。
「そのまま、討伐すること」
「――」
彰吾はぐっと拳を握った。
妖に憑かれ、鬼となった者は討伐を優先するというのは部隊の常識だ。
鬼から人間へ引き戻すためには、身体を変化させている妖力を家紋の力で切り離し、本人の人としての意識を呼び戻す必要があり、非常に手間がかかるうえ、それをすることで新たな犠牲が生じてしまう可能性がある。
妖力だけを切り離すのはとても高度な技術がいる。
綾子が彰吾を引き戻す時に、【焔】の家紋の力で妖狐の妖力だけを焼き切ってくれたのは、非常に難しいことなのだと今ではよくわかる。鬼になった者ごと、物理的に滅してしまうほうが余程楽で安全だ。そうせずに、妖に憑かれた部分だけを排除し、鬼になりかけた者を人へ引き戻すことができる綾子は、家紋の力の制御がとても上手いということで、何より、その自分の身を顧みない力の使い方こそに、彰吾は感銘を受けたのだ。
「了解しました」
彰吾も周囲の隊員と声を合わせて返答した。
各隊ごとに動きを相談するため解散する。
参番隊副隊長・波左間が彰吾の方をたたいた。
「鈴原――隊長を討伐する気は」
「もちろん、できる限り救出を優先します。――俺たちで、先に隊長を見つけましょう」
彰吾の即答に波左間はうなづくと、耳打ちした。
「――治療中の間宮さんが、お前に話があるそうだ」
「!」
彰吾は急いで臨時に作られた医療室へ向かった。
話によれば、華は九十九に取り憑かれていたが、綾子の家紋術で妖気を綺麗に焼き払われ人へ戻ったらしい。
(俺と、一緒か)
とにかく彼女は一部始終を見ていた可能性がある。
綾子と九十九がどこへ行ったのか知るための有力な情報をもらえるかもしれない。
「――来た、の」
全身を包帯で巻かれた華が、精一杯の様子で頭を持ち上げた。
「少し、彼と話がしたいの」
そう言って人払いをすると、華はよろりと身体を起こした。
慌てて彰吾が手助けをしようとすると、その手を払いのけようとしたが、彰吾はめげずに言った。
「何に意固地になってるんですか、あなたは。大怪我しているんでしょう」
「……」
「俺を呼んだと聞きました。――俺が知りたいことわかっていますよね」
「藤宮 綾子の行先と、九十九について、でしょ」
彰吾は頷いた。
「どこへ行ったかは、検討がつかないわ。南の方向へ……飛んで行ったのは見たけれど」
「――南?」
彰吾は眉間に皺を寄せた。先ほど長官からは『西』の方向へ飛んで行ったと聞いたのに。
「違う方向を言ったわ。だって、もし他の隊員が見つけたら、藤宮 綾子ごと討伐するでしょ。だから、あなたを呼んだの」
華は彰吾をじっと見つめて言った。
「藤宮 綾子を死なせ、ないで」
「……間宮さん」
彰吾は返答に困った。間宮 華という人物の気持ちがわからなかった。
(俺のところを尋ねてきたり、綾子さんが気にかけていたと言ったら取り乱して立ち去ったり、よくわからない)
――でも。
(綾子さんに俺と同じように特別な気持ちを持っているのは確かだ)
「もちろん、そのつもりです」
彰吾がそう力強く頷くと、華は少しあんしんしたように表情を緩めた。
そして、独り言のように呟いた。
「あの妖、おかしいの。人間を、妖にして、妻にしたいんだって、言っていたわ」
「――はい」
彰吾は表情を険しくして言った。
綾子から鬼になりかけた経緯を聞いたときに、その話は聞いた覚えがある。
(――その時と、思考回路は同じなのか)
怒りで手が震えそうになるのを堪えた。
(綾子さんを連れ合って『妻にする』だって? 許せるものか)
「――知ってるの?」
「綾子さんから――聞いたことがあるので」
「そう……あなたは藤宮 綾子と何でも話して……本当に想いあってるのね」
意味深に視線を落とした華の肩を彰吾は躊躇してから、ぽんと叩いた。
「神宮司さんは一命をとりとめたと聞きました。周囲の残骸の規模から、完全に身体が焼け焦げて死んでいてもおかしくないという話でしたが、あなたが早急に治癒をしたから、助かったのですよね。――自分も大怪我をしているのにあなたは彼を治癒した」
「私は、家紋の力が戻れば自分で治せる、もの」
「でも、自分より、神宮司さんを優先した。本当に彼のことが好きだったんですね。――その点では、あなたを尊敬します」
彰吾は頷いた。自分が大怪我しているなか、その治療を放置して相手を助けることはなかなかできることではない。
「――好きだったわけじゃ、ないわ」
華は俯いた。
「だって、修介さんが死んでしまったら、藤宮 綾子が気に病んで人に戻れなくなるかもしれないって思ったから。私は修介さんなんか死んじゃえって思ったけど、あの人だったらそんなこと思わないでしょ」
「――間宮さん」
彰吾は華に初めて共感を抱いた。彼女が綾子に対して抱えている感情は自分と似ているのかもしれない。
「――ありがとうございます」
なんと言っていいかわからず、彰吾は頭を下げて礼をした。
「――綾子さんは、必ず元通りにして一緒に戻りますから」
「――気をつけて」
華は視線を合わさず、ぼそっとそう言った。
(素直じゃない人だなぁ)
彰吾は苦笑しながら、医務室を後にした。
(何があったんだ)
彰吾は慌てて周囲を見回しながら呟いた。
「綾子さん……」
「鈴原! 来たのか!」
そう声をかけてきたのは、同じく今日非番だった参番部隊の副隊長、波左間だった。
「――大変だ! 隊長が……」
彼からの説明に、彰吾は言葉を失った。
「隊長が、妖に憑かれて、飛び去った……?」
事態が飲み込めないうちに、彰吾たちは長官に召集された。
***
「本部に侵入した妖は、藤宮第参部隊長が追っていた妖【九十九】だと見られる。【九十九】は第五部隊所属・神宮司隊員及び医療部隊所属・間宮隊員に取り憑き、部内に侵入。多数の負傷者を出したのち、応戦した藤宮隊長に取り憑き逃亡。当該妖は、今までに当時隊員であった藤宮隊長の父親を含め、多数の隊員及び市民を殺害しており、危険度が非常に高い。藤宮隊員に取り憑いたままであれば……」
長官は言いにくそうに視線を落としてから、再び彰吾たちを見た。
「そのまま、討伐すること」
「――」
彰吾はぐっと拳を握った。
妖に憑かれ、鬼となった者は討伐を優先するというのは部隊の常識だ。
鬼から人間へ引き戻すためには、身体を変化させている妖力を家紋の力で切り離し、本人の人としての意識を呼び戻す必要があり、非常に手間がかかるうえ、それをすることで新たな犠牲が生じてしまう可能性がある。
妖力だけを切り離すのはとても高度な技術がいる。
綾子が彰吾を引き戻す時に、【焔】の家紋の力で妖狐の妖力だけを焼き切ってくれたのは、非常に難しいことなのだと今ではよくわかる。鬼になった者ごと、物理的に滅してしまうほうが余程楽で安全だ。そうせずに、妖に憑かれた部分だけを排除し、鬼になりかけた者を人へ引き戻すことができる綾子は、家紋の力の制御がとても上手いということで、何より、その自分の身を顧みない力の使い方こそに、彰吾は感銘を受けたのだ。
「了解しました」
彰吾も周囲の隊員と声を合わせて返答した。
各隊ごとに動きを相談するため解散する。
参番隊副隊長・波左間が彰吾の方をたたいた。
「鈴原――隊長を討伐する気は」
「もちろん、できる限り救出を優先します。――俺たちで、先に隊長を見つけましょう」
彰吾の即答に波左間はうなづくと、耳打ちした。
「――治療中の間宮さんが、お前に話があるそうだ」
「!」
彰吾は急いで臨時に作られた医療室へ向かった。
話によれば、華は九十九に取り憑かれていたが、綾子の家紋術で妖気を綺麗に焼き払われ人へ戻ったらしい。
(俺と、一緒か)
とにかく彼女は一部始終を見ていた可能性がある。
綾子と九十九がどこへ行ったのか知るための有力な情報をもらえるかもしれない。
「――来た、の」
全身を包帯で巻かれた華が、精一杯の様子で頭を持ち上げた。
「少し、彼と話がしたいの」
そう言って人払いをすると、華はよろりと身体を起こした。
慌てて彰吾が手助けをしようとすると、その手を払いのけようとしたが、彰吾はめげずに言った。
「何に意固地になってるんですか、あなたは。大怪我しているんでしょう」
「……」
「俺を呼んだと聞きました。――俺が知りたいことわかっていますよね」
「藤宮 綾子の行先と、九十九について、でしょ」
彰吾は頷いた。
「どこへ行ったかは、検討がつかないわ。南の方向へ……飛んで行ったのは見たけれど」
「――南?」
彰吾は眉間に皺を寄せた。先ほど長官からは『西』の方向へ飛んで行ったと聞いたのに。
「違う方向を言ったわ。だって、もし他の隊員が見つけたら、藤宮 綾子ごと討伐するでしょ。だから、あなたを呼んだの」
華は彰吾をじっと見つめて言った。
「藤宮 綾子を死なせ、ないで」
「……間宮さん」
彰吾は返答に困った。間宮 華という人物の気持ちがわからなかった。
(俺のところを尋ねてきたり、綾子さんが気にかけていたと言ったら取り乱して立ち去ったり、よくわからない)
――でも。
(綾子さんに俺と同じように特別な気持ちを持っているのは確かだ)
「もちろん、そのつもりです」
彰吾がそう力強く頷くと、華は少しあんしんしたように表情を緩めた。
そして、独り言のように呟いた。
「あの妖、おかしいの。人間を、妖にして、妻にしたいんだって、言っていたわ」
「――はい」
彰吾は表情を険しくして言った。
綾子から鬼になりかけた経緯を聞いたときに、その話は聞いた覚えがある。
(――その時と、思考回路は同じなのか)
怒りで手が震えそうになるのを堪えた。
(綾子さんを連れ合って『妻にする』だって? 許せるものか)
「――知ってるの?」
「綾子さんから――聞いたことがあるので」
「そう……あなたは藤宮 綾子と何でも話して……本当に想いあってるのね」
意味深に視線を落とした華の肩を彰吾は躊躇してから、ぽんと叩いた。
「神宮司さんは一命をとりとめたと聞きました。周囲の残骸の規模から、完全に身体が焼け焦げて死んでいてもおかしくないという話でしたが、あなたが早急に治癒をしたから、助かったのですよね。――自分も大怪我をしているのにあなたは彼を治癒した」
「私は、家紋の力が戻れば自分で治せる、もの」
「でも、自分より、神宮司さんを優先した。本当に彼のことが好きだったんですね。――その点では、あなたを尊敬します」
彰吾は頷いた。自分が大怪我しているなか、その治療を放置して相手を助けることはなかなかできることではない。
「――好きだったわけじゃ、ないわ」
華は俯いた。
「だって、修介さんが死んでしまったら、藤宮 綾子が気に病んで人に戻れなくなるかもしれないって思ったから。私は修介さんなんか死んじゃえって思ったけど、あの人だったらそんなこと思わないでしょ」
「――間宮さん」
彰吾は華に初めて共感を抱いた。彼女が綾子に対して抱えている感情は自分と似ているのかもしれない。
「――ありがとうございます」
なんと言っていいかわからず、彰吾は頭を下げて礼をした。
「――綾子さんは、必ず元通りにして一緒に戻りますから」
「――気をつけて」
華は視線を合わさず、ぼそっとそう言った。
(素直じゃない人だなぁ)
彰吾は苦笑しながら、医務室を後にした。
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