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【2】婚約披露宴と余波
30. 「あいつら二人で俺のこと馬鹿にしやがったんだろうなぁ」
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華と入れ違いに部屋に入ってきた父親は修介を問い詰めた。
「修介! 華さんは、何て言っていたんだ? ――出て行ってしまったようだが……」
「……わからないよ、何か、俺との婚約破棄するってさ……」
「……は?」
父親は修介の肩を揺さぶった。
ただでさえ、正式に家と家との間で進めていた綾子との縁談をひっくり返して、「どうしても」という修介の希望を叶えて、どうにか華との婚約をまとめたのだ。
そのやっとこまとめた縁談がまたなくなったという事実に、修介の父親はめまいを感じた。
「お前は……華さんに何を言ったんだ?」
頭を押さえながら父親は修介に詰め寄った。
「……俺は、何も言ってねえよ! 華ちゃんに、この前の話どう収拾つけんのかって言っただけで」
「お前っ」
父親は思わず声を荒げると、頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
――それが6つも下の婚約者の女性にかける言葉か。
かねてから、この三男の取扱いに苦慮していた。
家紋を使いこなす能力は兄弟の中で随一でも、自信過剰で他者を見下すところがあり、性格に難がある。……とは思っていたが、まさかここまでとは。
「親父?」
「『親父?』じゃない! お前は……あのまま綾子さんと婚約していればよかったものを……」
修介の父親としては、参番隊の隊長を務めるほどしっかりした綾子なら、意外とうまく修介の手綱をとってくれるのではないかと内心期待していたのだが、その話をひっくり返して、ふわふわした印象の華と婚約すると言い出した時から不安しかなかったのだ。
「綾子ぉ? 何でここで綾子の話が出てくるんだよ! 終わった話だろ! それは!」
ビリビリビリと室内の空気が揺れた。
神宮司家の家紋【雷霆】が発動しようとしている前兆だ。
父親の両腕に家紋の紋様が浮かび上がっていた。
「――もういい! お前は頭を冷やして来い! 俺がいいと言うまで、謹慎しろ!」
父親が怒りのあまり、家紋の力を発動しようとしている。
そのことに気づいた修介はゴクリと唾を飲み込むと「――わかった」と呟いた。
対妖ではなく、日常生活の場で家紋の力を発動しそうになることなど普通はない。
しかも、妖相手ではなく、人相手に家紋の力を使って危害を加えることは、たとえ身内内であっても重罪とされている。父親は心底怒っているのだと、修介もさすがに察知した。
「クソッ!」
自室に戻った修介は、壁を蹴りつけた。
「クソッ! クソッ! 何で、俺が! 婚約破棄されなきゃいけないんだっ!」
煙草に火をつけ、大きく煙を吸い込んでから、吐き捨てるように愚痴った。
「華ちゃんが宴席を台無しにしたんだから、自分で責任をとるのが当たり前だろ? 俺別に悪いこと言ってねぇよな!」
何もかもが不愉快だ。
「親父も綾子と婚約してれば良かったなんて今さら……、あんな愛想のねぇ女」
父親に言われた言葉を復唱して、修介は綾子のことを考えた。
華との婚約披露宴の席で見た、修介が見たことのない綾子の姿を思い出す。
横にいた男と親し気に会話して微笑む、余裕が感じられる『いい女』。
その女は、修介の知っている綾子と、顔が同じだけの別人に見えた。
修介の知っている綾子は、いつもおどおどと一歩引いていて、いまいち不釣り合いな可愛らしい柄の着物に着られているような女だったはずだ。
それなのに、会場にいた綾子は、瀟洒な濃藍のドレスをまるで自分の身体の一部のように着こなして、宴客の視線を奪っているのに、本人はその自覚もなく、自然に、余裕をもって振舞うような、そんな女だった。
「……綾子! ……あいつだって、俺との婚約がなくなった途端、別の男を連れてきたくせに。なんで俺だけいろいろ言われるんだよッ。あいつだって同じだろ。俺と婚約中から、あいつだってあの男と会ってたんじゃねぇのか」
修介はイライラしたように煙草の火を灰皿に押し付けた。
「一緒にいたのは、鈴原 彰吾だよな……」
ちっと舌打ちをする。
今期の入隊者の中で、試験を首席で通過。新人隊員にも関わらず、精鋭部隊である参番隊に配属。自分は中央部隊に行って当然と考える修介にとっては、その経歴だけで彰吾は気に食わない存在だった。
その男と綾子が親し気に一緒にいたということが、余計に修介の気に障った。
膝をカタカタゆすりながら、吸い殻を何度も灰皿に押し付ける。
「なんで俺だけこんな目に遭って、あいつは余裕ぶって笑ってるんだ! あんな『男嫌いです』みたいな反応してたくせに、あいつも俺のこと騙してたな!……痛てっ」
吸い殻の先がつぶれて、指が灰皿に当たった。
カスがついた指先を忌々し気に睨んで、修介は呟いた。
「披露宴が台無しになってたのを見て、あいつら二人で俺のこと馬鹿にしやがったんだろうなぁ」
修介の頭の中で、あの宴席の後の二人の姿が思い描かれた。
ホテルの部屋で、修介のことをクスクス笑い合う二人。
綾子は妖艶に微笑むと、あの濃藍の上品なドレスをするりと脱いで……。
「クソっ」
修介は立ち上がると灰皿を床にぶちまけた。
「綾子のやつ……俺のこと騙しやがって」
床に散らばった吸い殻を見ながら呟く。
「坊ちゃん、大きな音がしましたが……」
部屋をノックする音がした。
勢いよく扉を開けると、女中に「片付けといて」と言い放って修介はソファにどすっと座った。
「修介! 華さんは、何て言っていたんだ? ――出て行ってしまったようだが……」
「……わからないよ、何か、俺との婚約破棄するってさ……」
「……は?」
父親は修介の肩を揺さぶった。
ただでさえ、正式に家と家との間で進めていた綾子との縁談をひっくり返して、「どうしても」という修介の希望を叶えて、どうにか華との婚約をまとめたのだ。
そのやっとこまとめた縁談がまたなくなったという事実に、修介の父親はめまいを感じた。
「お前は……華さんに何を言ったんだ?」
頭を押さえながら父親は修介に詰め寄った。
「……俺は、何も言ってねえよ! 華ちゃんに、この前の話どう収拾つけんのかって言っただけで」
「お前っ」
父親は思わず声を荒げると、頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
――それが6つも下の婚約者の女性にかける言葉か。
かねてから、この三男の取扱いに苦慮していた。
家紋を使いこなす能力は兄弟の中で随一でも、自信過剰で他者を見下すところがあり、性格に難がある。……とは思っていたが、まさかここまでとは。
「親父?」
「『親父?』じゃない! お前は……あのまま綾子さんと婚約していればよかったものを……」
修介の父親としては、参番隊の隊長を務めるほどしっかりした綾子なら、意外とうまく修介の手綱をとってくれるのではないかと内心期待していたのだが、その話をひっくり返して、ふわふわした印象の華と婚約すると言い出した時から不安しかなかったのだ。
「綾子ぉ? 何でここで綾子の話が出てくるんだよ! 終わった話だろ! それは!」
ビリビリビリと室内の空気が揺れた。
神宮司家の家紋【雷霆】が発動しようとしている前兆だ。
父親の両腕に家紋の紋様が浮かび上がっていた。
「――もういい! お前は頭を冷やして来い! 俺がいいと言うまで、謹慎しろ!」
父親が怒りのあまり、家紋の力を発動しようとしている。
そのことに気づいた修介はゴクリと唾を飲み込むと「――わかった」と呟いた。
対妖ではなく、日常生活の場で家紋の力を発動しそうになることなど普通はない。
しかも、妖相手ではなく、人相手に家紋の力を使って危害を加えることは、たとえ身内内であっても重罪とされている。父親は心底怒っているのだと、修介もさすがに察知した。
「クソッ!」
自室に戻った修介は、壁を蹴りつけた。
「クソッ! クソッ! 何で、俺が! 婚約破棄されなきゃいけないんだっ!」
煙草に火をつけ、大きく煙を吸い込んでから、吐き捨てるように愚痴った。
「華ちゃんが宴席を台無しにしたんだから、自分で責任をとるのが当たり前だろ? 俺別に悪いこと言ってねぇよな!」
何もかもが不愉快だ。
「親父も綾子と婚約してれば良かったなんて今さら……、あんな愛想のねぇ女」
父親に言われた言葉を復唱して、修介は綾子のことを考えた。
華との婚約披露宴の席で見た、修介が見たことのない綾子の姿を思い出す。
横にいた男と親し気に会話して微笑む、余裕が感じられる『いい女』。
その女は、修介の知っている綾子と、顔が同じだけの別人に見えた。
修介の知っている綾子は、いつもおどおどと一歩引いていて、いまいち不釣り合いな可愛らしい柄の着物に着られているような女だったはずだ。
それなのに、会場にいた綾子は、瀟洒な濃藍のドレスをまるで自分の身体の一部のように着こなして、宴客の視線を奪っているのに、本人はその自覚もなく、自然に、余裕をもって振舞うような、そんな女だった。
「……綾子! ……あいつだって、俺との婚約がなくなった途端、別の男を連れてきたくせに。なんで俺だけいろいろ言われるんだよッ。あいつだって同じだろ。俺と婚約中から、あいつだってあの男と会ってたんじゃねぇのか」
修介はイライラしたように煙草の火を灰皿に押し付けた。
「一緒にいたのは、鈴原 彰吾だよな……」
ちっと舌打ちをする。
今期の入隊者の中で、試験を首席で通過。新人隊員にも関わらず、精鋭部隊である参番隊に配属。自分は中央部隊に行って当然と考える修介にとっては、その経歴だけで彰吾は気に食わない存在だった。
その男と綾子が親し気に一緒にいたということが、余計に修介の気に障った。
膝をカタカタゆすりながら、吸い殻を何度も灰皿に押し付ける。
「なんで俺だけこんな目に遭って、あいつは余裕ぶって笑ってるんだ! あんな『男嫌いです』みたいな反応してたくせに、あいつも俺のこと騙してたな!……痛てっ」
吸い殻の先がつぶれて、指が灰皿に当たった。
カスがついた指先を忌々し気に睨んで、修介は呟いた。
「披露宴が台無しになってたのを見て、あいつら二人で俺のこと馬鹿にしやがったんだろうなぁ」
修介の頭の中で、あの宴席の後の二人の姿が思い描かれた。
ホテルの部屋で、修介のことをクスクス笑い合う二人。
綾子は妖艶に微笑むと、あの濃藍の上品なドレスをするりと脱いで……。
「クソっ」
修介は立ち上がると灰皿を床にぶちまけた。
「綾子のやつ……俺のこと騙しやがって」
床に散らばった吸い殻を見ながら呟く。
「坊ちゃん、大きな音がしましたが……」
部屋をノックする音がした。
勢いよく扉を開けると、女中に「片付けといて」と言い放って修介はソファにどすっと座った。
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