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【2】婚約披露宴と余波
27.「勝手に台無しにしちゃったんだよ。俺はわかんねぇよ」
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「修介! 華さんは一体全体どうしたんだ!」
来賓客がようやく全員帰宅した会場で、修介は父親に詰め寄られていた。
神宮司家の面目が丸つぶれになってしまったのだから、修介の父が激昂するのももっともだった。
「知らないよ……華ちゃん勝手に走って行っちゃったし……」
修介は耳を塞ぐと、はあと大袈裟にため息を吐いた。
「精神的に不安定になっちゃったとか? 女ってそういうことあるらしいじゃん?」
修介の父親は声を荒げた。
「何だそれは。自分の婚約者のことだろう? 何でわからないんだ!」
頭を抱えて、
「大体お前は、婚約中にも関わらず華さんと交際して勝手に藤宮さんとの縁談を破談にして――それだけでも世間体が悪いのに――しかし、お前のたっての希望だというから華さんとの婚約の話を進めたのに、何だこの騒ぎは」
「華ちゃんが勝手に台無しにしちゃったんだよ。俺はわかんねぇよ」
修介は顔をしかめた。
(あーあ、面倒なことになっちまったなぁ。華ちゃんがこんな面倒くさいことする女だったなんて思わなかったなぁ)
修介の中での今までの花の印象は、可愛らしく文句を言わず自分の話を聞いてくれる、『面倒くさくない』女だった。しかし、先ほど修介の方を見もせずに飛び出して行ってしまった姿を見て、その評価が変わっていた。
(精神が不安定で感情的な女は面倒だな。俺、騙されてたんじゃねぇ?)
「何が『勝手に』だ。お前たち二人の問題だろう!」
「知らねぇよ。向こうの家が説明すべきことだろ? 華ちゃんの母親も帰っちまったし」
華の母親は娘の後を追うように出て行ってしまったので、一体何があったのか直接聞ける人物がいなくなってしまった。修介の父親は頭を抱えて床にうずくまった。
「自分の婚約者のことだろ! お前が華さんのところに行って、どういうことだったのか確認してこい!」
「はいはい、わかりました」
修介は大げさにため息を吐くと、残っていた葡萄酒をグラスに注いで飲みほした。
***
――翌日、修介は間宮家へと向かった。
出迎えたのは、華の母親だった。
「申し訳ありません。華は今は部屋の外に出たくないと言っておりまして」
「はぁ?」
修介は顔をしかめた。
「婚約者の俺が会いに来てるのに、ですか? 昨日の説明をしてもらわないと困るんですよね」
父親にどういう事情で披露宴を放棄したのか確認して来いと言われている。
その言いつけは守らないと、また問い詰められるだろう。それは面倒だった。
「昨日は申し訳ございませんでした。体調が急に悪くなってしまったようで」
「――体調不良ですか」
ふむ。と頷く。
(親父もそれで納得するかな)
「それなら仕方ないですけど。式のときに、また同じ人たち招待すると思うんで、謝罪はそちらでしといてくださいね」
「――はい」
華の母親は「娘が申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「――あと、俺から会いに来たんですから、体調良くなったら華さんの方から俺のところに来させてくださいね」
修介はため息を一つ吐いて、「じゃあ」と片手を挙げてその場を去った。
***
「華! 修介さんが来てくださっていたのよ!」
華の母親は締め切られた扉の前で、娘に厳しい口調で呼びかけた。
「全く、宴席を勝手に抜け出すなんて! 気分が悪いのなんて、終わるまで我慢できなかったの!」
苛立った調子でまくしたてると、扉の向こうから負けじと苛立った華の声が返ってきた。
「気分が悪かったのだから仕方ないじゃない! お母さまのキンキン声を聞いているとよけい気分が悪くなるわ! あっちへ行って!」
「……親に向かってなんですかその言い方は! 全くあんたって子は……」
母親は耐え切れずに怒鳴った。
「どうしてあなたはそうなの! わがままばかり! 間宮家の戸主という立場をわきまえなさい! ああ、早矢がいれば……」
ばんっと扉を強く叩きつける音が廊下に響いた。華が勢いよく扉を開けた音だった。
華の母親は驚いて尻餅をつく。
泣きはらしたのか、顔をぐちゃぐちゃにした娘が見下ろしていた。
「お姉さまはもういないの! 死んじゃったでしょ、お母さま! 私じゃ戸主に不十分なら、他の人を戸主にすればいいじゃない! 『お兄さま』たちだっているじゃない!」
華の言った『お兄さま』たちというのは、亡くなった父親の妾が生んだ腹違いの兄弟のことだ。母親はわなわなと体を震わせて怒鳴った。
「あいつらのことを『お兄さま』なんて言うんじゃありません! あなたの血につながった兄弟は早矢だけです!」
胸をおさえ、深呼吸をすると母親は嘆いた。
「全く、ようやく防衛隊に入ったと思ったら医療部隊で、ようやく防衛隊の隊員を務めてらっしゃる修介さんとの縁談がまとまったと思ったら逃げ出して。あなたは肝心なところで逃げてばかり……それでも間宮家の人間ですか。お父さまに申し訳が立たないわ」
「逃げてばかり……ですって?」
今度怒りで体を震わせたのは華だった。
「家紋も何もなくて、戦いもしないお母さまに何がわかるっていうの――!」
言ってからはっと口を押える。
「家紋も何もない」という言葉は母親にとって禁句だった。
【若草】の家紋を代々引き継ぐ間宮家の分家出身の母親は、父親と恋愛結婚をした。
家紋は家紋を持つもの同士で子を作った方が力が引き継がれる可能性が高いため、見合いであれば通常相性の良い家紋を持つ者同士で縁談が組まれる。
家紋を持っていなければ、華族同士で正式な婚姻が結ばれることはほとんどない。綾子の友人の桜のように、奉公に出されたり、縁談が組まれても正妻ではなく、妾として迎えられることが多い。だから、家紋のない華の母親が父親の正妻として結婚したのは珍しいことだった。
ただ、その結婚については父親の親族から母はさんざん嫌味を言われたらしい。
家紋のない母を正妻に迎える条件として、父親は妾を二人迎えた。
――そのことが、母には許せなかったのだ。
華の母親は口をつぐんだ。奇妙な静寂が廊下に漂う。
「お母様……」
母親の急所に触れたことに気づいた華はかがみこむと母親の顔を覗き込んだ――瞬間、母親は華の頬を張り倒した。
「……!」
バランスを崩して床に倒れこんだ華は、母親を見て目を見開いた。
鬼のような形相で、華を睨んでいた。華は頬を押さえながら身体を震わせると、怒鳴った。
「何よ! 図星だったんでしょう! お母さまは、私のことも、お姉さまのことだって、間宮家に自分の居場所を持つための駒としか考えていないんだわ!」
今までずっと溜めてきた言葉が口からあふれ出る。
「あなた……あなたって子は……!」
「『出て行きなさい』とでも言えば? 私に出て行かれたら困るのはお母さまよね! だって私がいなきゃ、お母さまなんかこの家に居場所なんてないじゃない!」
「っ」っと言葉を詰まらせた母親はもう一度華の頬を叩いた。
華は叩かれて赤くなった頬を撫でると「あはは!」と笑った。
「そうよ、お母さまが出て行けば? 私が戸主なんだから、私がお母さまの言うことを聞くのがおかしいんだわ! なんで今まで気づかなかったのかしら!」
「――あなたって子は――っ」
「さっさと荷物をまとめて出て行ってよ! お母さま!!!」
華は玄関を指さすと、そう叫んで口をパクパクしたまま地面に腰をついた母親を残して客間へ行った。
――早矢がいたときは母と早矢と華で、ここで早矢の土産のお菓子を食べながらお茶を飲むようなこともあった。
母親とお菓子をつまみながら、早矢は華を手招きする。
『華もこっち来て食べなよ。おいしいよ』
『嫌よ、太るから』
『じゃあ、お茶だけでも飲めば? 番茶でいい?』
『――洋菓子なら紅茶で食べるものでしょ』
そんな時は、母親は笑ってくれた。
『華が淹れてくれたら嬉しいわ』
――今では母とそんなやりとりをしていたのが嘘のようだ。
早矢はなぜか頻繁に菓子を持って帰ってきた。『防衛隊ってお土産たくさんもらうんだよ』と言っていたが、そんなことはないことを隊に入った華は知っている。
華は戸棚を開けると、ティーカップを床に投げつけた。
割れたカップを見つめながら、声だけ笑った。
「お姉さま! 見てる? 私じゃどう頑張ったってこの有様よ! あはは!」
来賓客がようやく全員帰宅した会場で、修介は父親に詰め寄られていた。
神宮司家の面目が丸つぶれになってしまったのだから、修介の父が激昂するのももっともだった。
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修介は耳を塞ぐと、はあと大袈裟にため息を吐いた。
「精神的に不安定になっちゃったとか? 女ってそういうことあるらしいじゃん?」
修介の父親は声を荒げた。
「何だそれは。自分の婚約者のことだろう? 何でわからないんだ!」
頭を抱えて、
「大体お前は、婚約中にも関わらず華さんと交際して勝手に藤宮さんとの縁談を破談にして――それだけでも世間体が悪いのに――しかし、お前のたっての希望だというから華さんとの婚約の話を進めたのに、何だこの騒ぎは」
「華ちゃんが勝手に台無しにしちゃったんだよ。俺はわかんねぇよ」
修介は顔をしかめた。
(あーあ、面倒なことになっちまったなぁ。華ちゃんがこんな面倒くさいことする女だったなんて思わなかったなぁ)
修介の中での今までの花の印象は、可愛らしく文句を言わず自分の話を聞いてくれる、『面倒くさくない』女だった。しかし、先ほど修介の方を見もせずに飛び出して行ってしまった姿を見て、その評価が変わっていた。
(精神が不安定で感情的な女は面倒だな。俺、騙されてたんじゃねぇ?)
「何が『勝手に』だ。お前たち二人の問題だろう!」
「知らねぇよ。向こうの家が説明すべきことだろ? 華ちゃんの母親も帰っちまったし」
華の母親は娘の後を追うように出て行ってしまったので、一体何があったのか直接聞ける人物がいなくなってしまった。修介の父親は頭を抱えて床にうずくまった。
「自分の婚約者のことだろ! お前が華さんのところに行って、どういうことだったのか確認してこい!」
「はいはい、わかりました」
修介は大げさにため息を吐くと、残っていた葡萄酒をグラスに注いで飲みほした。
***
――翌日、修介は間宮家へと向かった。
出迎えたのは、華の母親だった。
「申し訳ありません。華は今は部屋の外に出たくないと言っておりまして」
「はぁ?」
修介は顔をしかめた。
「婚約者の俺が会いに来てるのに、ですか? 昨日の説明をしてもらわないと困るんですよね」
父親にどういう事情で披露宴を放棄したのか確認して来いと言われている。
その言いつけは守らないと、また問い詰められるだろう。それは面倒だった。
「昨日は申し訳ございませんでした。体調が急に悪くなってしまったようで」
「――体調不良ですか」
ふむ。と頷く。
(親父もそれで納得するかな)
「それなら仕方ないですけど。式のときに、また同じ人たち招待すると思うんで、謝罪はそちらでしといてくださいね」
「――はい」
華の母親は「娘が申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「――あと、俺から会いに来たんですから、体調良くなったら華さんの方から俺のところに来させてくださいね」
修介はため息を一つ吐いて、「じゃあ」と片手を挙げてその場を去った。
***
「華! 修介さんが来てくださっていたのよ!」
華の母親は締め切られた扉の前で、娘に厳しい口調で呼びかけた。
「全く、宴席を勝手に抜け出すなんて! 気分が悪いのなんて、終わるまで我慢できなかったの!」
苛立った調子でまくしたてると、扉の向こうから負けじと苛立った華の声が返ってきた。
「気分が悪かったのだから仕方ないじゃない! お母さまのキンキン声を聞いているとよけい気分が悪くなるわ! あっちへ行って!」
「……親に向かってなんですかその言い方は! 全くあんたって子は……」
母親は耐え切れずに怒鳴った。
「どうしてあなたはそうなの! わがままばかり! 間宮家の戸主という立場をわきまえなさい! ああ、早矢がいれば……」
ばんっと扉を強く叩きつける音が廊下に響いた。華が勢いよく扉を開けた音だった。
華の母親は驚いて尻餅をつく。
泣きはらしたのか、顔をぐちゃぐちゃにした娘が見下ろしていた。
「お姉さまはもういないの! 死んじゃったでしょ、お母さま! 私じゃ戸主に不十分なら、他の人を戸主にすればいいじゃない! 『お兄さま』たちだっているじゃない!」
華の言った『お兄さま』たちというのは、亡くなった父親の妾が生んだ腹違いの兄弟のことだ。母親はわなわなと体を震わせて怒鳴った。
「あいつらのことを『お兄さま』なんて言うんじゃありません! あなたの血につながった兄弟は早矢だけです!」
胸をおさえ、深呼吸をすると母親は嘆いた。
「全く、ようやく防衛隊に入ったと思ったら医療部隊で、ようやく防衛隊の隊員を務めてらっしゃる修介さんとの縁談がまとまったと思ったら逃げ出して。あなたは肝心なところで逃げてばかり……それでも間宮家の人間ですか。お父さまに申し訳が立たないわ」
「逃げてばかり……ですって?」
今度怒りで体を震わせたのは華だった。
「家紋も何もなくて、戦いもしないお母さまに何がわかるっていうの――!」
言ってからはっと口を押える。
「家紋も何もない」という言葉は母親にとって禁句だった。
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家紋は家紋を持つもの同士で子を作った方が力が引き継がれる可能性が高いため、見合いであれば通常相性の良い家紋を持つ者同士で縁談が組まれる。
家紋を持っていなければ、華族同士で正式な婚姻が結ばれることはほとんどない。綾子の友人の桜のように、奉公に出されたり、縁談が組まれても正妻ではなく、妾として迎えられることが多い。だから、家紋のない華の母親が父親の正妻として結婚したのは珍しいことだった。
ただ、その結婚については父親の親族から母はさんざん嫌味を言われたらしい。
家紋のない母を正妻に迎える条件として、父親は妾を二人迎えた。
――そのことが、母には許せなかったのだ。
華の母親は口をつぐんだ。奇妙な静寂が廊下に漂う。
「お母様……」
母親の急所に触れたことに気づいた華はかがみこむと母親の顔を覗き込んだ――瞬間、母親は華の頬を張り倒した。
「……!」
バランスを崩して床に倒れこんだ華は、母親を見て目を見開いた。
鬼のような形相で、華を睨んでいた。華は頬を押さえながら身体を震わせると、怒鳴った。
「何よ! 図星だったんでしょう! お母さまは、私のことも、お姉さまのことだって、間宮家に自分の居場所を持つための駒としか考えていないんだわ!」
今までずっと溜めてきた言葉が口からあふれ出る。
「あなた……あなたって子は……!」
「『出て行きなさい』とでも言えば? 私に出て行かれたら困るのはお母さまよね! だって私がいなきゃ、お母さまなんかこの家に居場所なんてないじゃない!」
「っ」っと言葉を詰まらせた母親はもう一度華の頬を叩いた。
華は叩かれて赤くなった頬を撫でると「あはは!」と笑った。
「そうよ、お母さまが出て行けば? 私が戸主なんだから、私がお母さまの言うことを聞くのがおかしいんだわ! なんで今まで気づかなかったのかしら!」
「――あなたって子は――っ」
「さっさと荷物をまとめて出て行ってよ! お母さま!!!」
華は玄関を指さすと、そう叫んで口をパクパクしたまま地面に腰をついた母親を残して客間へ行った。
――早矢がいたときは母と早矢と華で、ここで早矢の土産のお菓子を食べながらお茶を飲むようなこともあった。
母親とお菓子をつまみながら、早矢は華を手招きする。
『華もこっち来て食べなよ。おいしいよ』
『嫌よ、太るから』
『じゃあ、お茶だけでも飲めば? 番茶でいい?』
『――洋菓子なら紅茶で食べるものでしょ』
そんな時は、母親は笑ってくれた。
『華が淹れてくれたら嬉しいわ』
――今では母とそんなやりとりをしていたのが嘘のようだ。
早矢はなぜか頻繁に菓子を持って帰ってきた。『防衛隊ってお土産たくさんもらうんだよ』と言っていたが、そんなことはないことを隊に入った華は知っている。
華は戸棚を開けると、ティーカップを床に投げつけた。
割れたカップを見つめながら、声だけ笑った。
「お姉さま! 見てる? 私じゃどう頑張ったってこの有様よ! あはは!」
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