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1.令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

32.

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「この家にかけた魔法を、解こうと思う」

 しばらく私を抱きしめていたアルヴィンは唐突にそう呟くと、身体を離して、奥の書斎へと消えて行った。戻って来た彼は、腕の長さくらいはある、蔦を編み込んだような上がくるりと円状に巻いた杖を手に握っていた。

「――魔術師みたいね」

 そう感想を言うと、壁にかけた黒いローブを羽織って「魔術師だからな」と彼は笑った。

 私とアルヴィンは家の外に出た。いつの間にか家は真っ暗な闇夜に包まれている。アルヴィンが手を伸ばしたので、私はその手を取った。アルヴィンの黒いローブの胸元から黒猫が頭を出して鳴いた。

「サニーはここに魔法をかけてから外に出るのは初めてだな」

 アルヴィンはなだめるように猫の顎を撫でる。白い犬は私たちの横をてくてくとついて来る。

 そのまま庭を抜け、森に入った。私は上を見上げた。
 家の敷地と森の間の空には二つの場所の区切りのようなもやがいつもあって、それを境に明るさが違う。今は家の周りも夜、森も夜で暗闇の深さはほとんど変わらないようだった。

「結界を張るためには、杖に魔力を込めて、魔法陣を描くんだ」

 アルヴィンはそう言うと、私の手に杖を握らせて、上から自分の手を重ねた。魔力が身体を流れるのを感じて、私は瞳を閉じた。瞼の裏に、精霊の姿を感じた時のように、一定の模様のぼんやりとした光が丸くその空間に描かれているのを感じる。目をあけると、アルヴィンは空を見上げていた。

「もう少し待つとちょうど良いかな。中と外の空が一緒になった時に解いた方が、影響が少ない」

 アルヴィンは魔法で風を起こして落ち葉を集めてこんもりと近くの地面に山にすると、ローブを脱いでその上にばさっとかけて腰掛けて、ぼんやりと家の方向を眺めていた。私も彼の横に座る。柔らかい落ち葉の感触は座り心地が良かった。手をつなぐとアルヴィンの手は冷たかった。ローブを脱いだから寒そうだ。

 私はローブの下から落ち葉を少し出して、手前に盛ると、人差し指を回して火をつけた。ぱちぱちと燃える焚火に気付いたアルヴィンは微笑んだ。

「ありがとう」

「――いいの? 魔法、解いて」

 アルヴィンは頷いて、私の手を握った。

「いい。買ってきた苗を早く植えたいし」

 「そう」と答えてから、私は彼の手を握り返して問いかけた。

「ねえ、あなたの師匠さんのことを教えて? ――どんな人だった?」

「そうだな。長い黒髪の、綺麗な人だったよ。とにかく優しくて、お菓子とかも焼いてくれた」

 ぽつりぽつりとアルヴィンは話し出す。

「鶏も庭で何匹か飼ってたよ。朝は鳴き声がうるさくて起きた。でも毎日卵を産むんだ」

「――鶏も、買ってくれば良かったかしら」

「また買いに行けばいい」

 アルヴィンは笑った。私は笑い返して、呟く。

「――あなたにとって、大切な人だったのね」

「――そうだな。大切な人だった。他に行き場所のない俺に居場所をくれた」

「私は、あなたの居場所になれる?」

「――俺が君の居場所になりたいんだ」

 アルヴィンのはそう笑って立ち上がると、杖を手に取った。

「そろそろかな」

 そう呟くと地面に杖を突き立て、両手で丸まった柄を握って瞳を閉じた。
 ふわっと風が舞い上がって、目を開けていても、さっき瞼の裏に見たぼんやりと光る魔法文字が浮き上がって周囲に溶けるように消えて行くのを感じた。

「――終わった」

 アルヴィンは大きく息を吐くと、私の方を振り返った。

「――これだけ?」

 私が思わず呟くと、アルヴィンは少し寂し気に笑った。

「解くのは、簡単なことだったんだ」

 私は空を見上げる。もう家の周りと森を隔てるようなもやは見えなくて、梢の間にはただ丸い月と星空が広がるだけだった。
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