358 / 386
最初の酒は甘かった
12P
しおりを挟む勢いよく振り下ろされた鉤爪は原田の右肩、鎖骨のあたりから二の腕のあたりを深く抉りもう1度振り上げられる。
首を狙ったのだが、原田は“考えることなく生きる”という動物的本能的に体をひねったのだ。新選組、十番隊隊長の名は伊達ではない。
下からの追撃に槍の柄の部分を叩き込み、その勢いで桜鬼の左肩を殴りつける。深手を負った傷の上だ、真っ赤な血しぶきが上がる。
それでも2人は倒れない。仰け反って、耐えて、お互いを睨み付けて次の攻撃を繰り出す。
鬼の面を被った人殺し集団、深夜に幸せな家庭に忍び込み皆殺しにして金品を奪う鬼面団。桜鬼はその元一員。そして今は義賊の鷹の翼の一員。盗むのは得意だ。
いつの間にか原田の懐から盗んでいた財布で気を反らせるなんて、彼か黒鷹じゃないと思いつかない仕業。
「アイツに教えてもらったんだ、原田の弱みを。僕は悪者だからさ、利用させてもらうよ」
「俺の弱みなんて酒に弱いってことくらいしかないだろ。他に――な、っ!?」
これで終わりにしてやる、と繰り出された原田の槍が、ピタリと止まった。黄緑色の目が大きく見開かれ、原田の呼吸が止まる。
その目が映しているのは、桜鬼。今まさに彼の首を掻き切ろうと鉤爪を振り下ろしている桜鬼の口元に、何かがある。
桜鬼は口に木彫りのウサギの根付を咥えていた。原田の財布についていた、彼の宝物。
「約束しろ。僕に勝ったら、全てが終わったらあの子に想いを伝えるって」
口を開くと根付が落ち、今まさに自分の命を奪おうとしている敵を前にとっさに手を伸ばす原田。根付問屋の娘に片思いをしているんだと、町で見かけたらしい桜樹から聞いた。
新調しようとどれにしようか悩んでいると、その時の彼の頭にウサギの耳のような寝癖があったのでと娘がこの根付を勧めてくれた。
それに、娘も同じものを持っていた。一目惚れらしい。それから何度か店に通っているが、過去のこともあり想いを告げられずにいると。
新選組という立場なんか気にせず、ただの客として心砕けて接してくれる彼女との別れ際。いつも原田は「また来るよ」と再会を約束。
原田の頭の中に娘の笑顔が浮かんだ。
また会いたい。会って話をして、この想いを伝える。断られたってかまわない。秘め続けた想いを、ぶつける。原田の左手が根付をつかみ、槍を握る右手に肉を貫く感触が伝わってきた。
同時に右腕に焼けるような痛みが走る。鉄の匂いがムアッと充満して、そして――
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【架空戦記】炎立つ真珠湾
糸冬
歴史・時代
一九四一年十二月八日。
日本海軍による真珠湾攻撃は成功裡に終わった。
さらなる戦果を求めて第二次攻撃を求める声に対し、南雲忠一司令は、歴史を覆す決断を下す。
「吉と出れば天啓、凶と出れば悪魔のささやき」と内心で呟きつつ……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
おばけ長屋へようこそっ!!
晴海りく
歴史・時代
「一ツ柳長屋ってさ、昔おばけ長屋って言われてたけど…全然おばけ出ないよね?」
「むしろ、あの長屋の住人になりたいくらいよ!」
長屋の住人は、みんなそれぞれ訳ありな人々。
知りたい?秘密?
─じゃあ、長屋へ遊びに来てよ?─
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる