鷹の翼

那月

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イヌとサル

3P

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 憎たらしい彼の顔めがけ振り上げられた右足は太もものあたりが深く斬りつけられ、たまらず膝を突く。

 雪の攻撃はわずかに届かない。なのに沖田の刀は雪に届いてしまう。これが沖田が言っていた「間合いは僕の方が断然有利」の意味。

 要は刀は素手よりも長い。雪がいくらとんでもない怪力の持ち主だとしても、直接攻撃を食らわなければどうということはない。そう考えたのだろう。

「ちょーっと見ない間に弱くなっちゃった?つまんないよー。雪りん」

「ま、まだまだこれからや沖田。始まったばっかりなんやから、大人しゅう俺っちの反撃を待ちぃ」

「反撃、ねー……手ごたえは確かにあったんだけど浅かったかなぁ。でも、そんなに血を流しちゃったらフラフラだよねー?」

 背中の傷は大きい。右足の傷も深くて、体重をかければ全身を激痛が駆け巡る。

 ジッとしていれば足元に血溜まりができ始めている。普通の人なら、武士でも立っているのがやっとのはず。けれど雪は違う。

 紫色の冷たい瞳をまっすぐ見据え、深呼吸。息を吐ききればダッ!と駆け大きく飛び上がり沖田めがけ拳を振り下ろす。

 まっすぐで、まっすぐすぎて避けられることは雪自身にもわかっていた。彼女には秘策があるから。

 当然のように軽く避けてみせた沖田の体が、ガクンッと崩れた。冷めた目が、うすら笑顔が、驚きと恐怖に彩られる。

 豪快に空振った雪の拳はそのまま地面に激突。ドッゴォォォォンッ!!と爆音を轟かせ、拳を中心に大きく深く地面が陥没したのだ。

 沖田の足元の地面まで陥没し、そして激しい地揺れにたまらず膝を突く。沖田の視界が暗く陰った。

 ハッと顔を上げるももう遅い。背後から迫ってきていた筋肉質な太い足が脇腹にめり込み、彼の姿が一瞬見えなくなるほどの勢いで吹っ飛び壁に勢いよく叩きつけられる。

 蹴られた時もそうだが、壁に叩きつけられた時も爆音を轟かせ、しかも壁が完全に壊れて崩れてしまった。

 なんという威力なんだ。もはや人間とは思えないほどの怪力。崩れたがれきに埋もれてすっかり姿が見えなくなってしまったが、沖田は生きているのだろうか?

 するとがれきの隙間から、真っ赤な血が小川のように流れてきた。深手を負ったのは間違いない。

「早う出てきてや。当たる寸前に受け身とったの、俺っちには見えとるんや。まだまだ戦えるやろ?俺っちの本当の力を見せたるさかい、死んだフリなんぞせんで出てきぃ」

 腰に手を当て、雪はそう言い放つ。雪が知る沖田総司はこれくらいでは死なない。

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