鷹の翼

那月

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見通す者と影

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「やっぱり僕の小姓は紅ちゃんにしか務まらないね。美味しいお茶が飲みたいな」

 そう言って、元気になったらしい黒鷹が小紅のもとを訪れたのは高遠の一件があった翌日。

「ずいぶん久しぶりですから、味の保証はしかねますよ?でも、待ってました。黒鷹様なら私を解放してくださると信じて、ずっと待っていました」

「へぇ、嬉しいね。そんなこと言って、美味しいお茶の淹れ方なんて体が覚えてるくせに。向こうでも散々淹れてきたんでしょ?」

「…………えぇ。元主は大変お茶にうるさいお方でしたから。薄いだの熱いだの、文句を言われ過ぎてムキになって極めてしまいました」

 牢のカギを開け、特に驚いた様子でもない小紅に手を差し伸べる黒鷹は微笑んだ。

 小紅の元主、もとい紅花の主である土方は不味い茶は飲まない。紅花が淹れた茶を「不味い」と、ことごとく突き返したおかげで土方は最高のお茶を淹れる小姓に育て上げることができた。

 だが、紅花が土方のために茶を淹れることはもう、2度とない。これからは黒鷹のために、小紅が茶を淹れる。

「ここ数日は体調を崩していたとお聞きしましたが、もう大丈夫なのですか?」

 そっと、重ねられた細い手をギュッと、握りしめた黒鷹は力強く小紅を引き立たせ牢を出た。そのまま歩みを止めることなく進んでいく彼はどこへ向かっているのだろう?

 黒鷹の部屋ではない方角。彼は「平気だよ」とだけ言って、何やら騒がしい部屋の前で立ち止まった。

 障子を開けると騒がしい声はピタリと止み、そこにいた6人が一斉に振り向いた。広間ではない、狭い小紅の部屋。

「この子は小紅ちゃん。改めて僕の小姓として雇うことになったから、よろしく。異論があろうと何だろうとかまわないけど、手放す気はないから。それと、紅ちゃんに手を出そうものなら命はないと思え。特に桜鬼、ね?」

「え、わざわざ名指し!?そりゃあ小紅ちゃんのことは好きだけどさぁ……な、なになになに?そんな怖い顔で睨まなくても手出ししないよ、黒さんっ」

 鷹の翼に寝返った元敵の小紅を守るため、あえて皆の前で改めて小姓に任命した。と、桜鬼に釘を刺した。

 相当怖い顔だったのだろう。笑顔を引きつらせる桜鬼はズザザザッ!と部屋の奥へと逃げた。代わりに、反論しようとした高遠の頬をつねりながら和鷹が立ち上がって小紅の前に立つ。

 相変わらずの仏頂面。ジッと睨みつけるように、小紅を見つめる2つの青い瞳。やがて、大きな溜め息を吐いた。

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