鷹の翼

那月

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一歩前で待つ

10P

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「だ、大丈夫?びっくりしたぁ、何やってんだよもう……って、あ、鼻血が出ちゃったね。慌てすぎだよ」

 ボスンッと黒鷹の腕の中に戻った小紅は自分の鼻から生温かいものが垂れてきていることに気付き、それが鼻血だと言われれば慌てて手で隠す。

「申し訳――ふあっ!?」

「そのまま血が止まるまで待って。大丈夫、鼻に布切れ突っ込んでズビズビ言ってる面白すぎる紅ちゃんは僕しか見ないから。あぁ、独り占めだね。クククッ、可愛い……」

「くおたあさま!み、みらいれくらはい……っ」

 持っていた手ぬぐいを裂き、ためらうことなく小紅の小さな鼻に突っ込んだ黒鷹は彼女の手についた血を拭ってやりながら笑っている。

 墓の前に座り、小紅に背を預けさせて丁寧に拭っている黒鷹。肩を震わせて笑っているから振動が小紅にまで伝わって彼女の声まで震える。

 ドツボにハマったな。これはことあるごとに思い出し笑いするに違いない。

 まるでとても近しい者同士のやり取りのようで、小紅は逃げてしまいたかった。墓地から、屋敷から飛び出して山2つ分くらい離れたところまで逃げて「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」と思い切り叫びたい。

 が、それも黒鷹は読んでいるので後ろからがっちり抱きしめて立ち上がれないようにしている。

 まぁ後ろ向きなので、鼻血以上に真っ赤になりすぎた小紅の顔は彼には見えないが。彼女の性質上、真後ろ、しかも密着しているのはどうしようもなく不安だ。

 小紅は「はらひてくらはい」だの「ゆるひれくらはい」だの言ってみたが、どれも彼を笑わせることしかできなかったので口を引き結ぶことにした。

「そう怒んないでよ。元はといえば勝手に暴走しちゃった紅ちゃんが悪いんだよ?」

「…………」

「紅ちゃんって面白いし、可愛いし」

「…………」

「う。紅ちゃん?…………怒らせたら黙っちゃうんだ。やっぱりよくわからないなぁ、君は。読めないんだよねぇ」

「…………」

「……あーー………………本当にさ、どうしてもここにいられないって思ったら、その時はさ…………いいよ、いなくなっても」

 唐突にそう呟いた黒鷹の声は、わずかに震えていた。

 口元には笑みを浮かべているのだろう。だが小紅には、彼が、彼の心が本当は笑っていないと感じた。なぜか、それがわかった。

 抱きしめる腕に力が入り、小紅はその温かくも血の匂いのする手に自分の手をそっと重ねた。

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