桜咲く恋を教えて

篠宮華

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彼女のとある一日③

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「…ということがあったんですよ!」
 
 入れてもらったミルクティーを飲みながら、ソファーに並んで座って今日の話をする。航さんはちょっと興奮したように話す私を見て笑う。背凭れに肘を乗せて、私の髪を弄びながら言った。
 
「唯ちゃんが大学生活を謳歌してる感じが伝わってきて、話を聞いてると楽しいよ」
「これは謳歌って言うんですかね…?でも勉強は結構楽しいです」
 
 そう言うと、「学生の本分だもんね」と微笑む。
 
「あ、そうだ。そういえば今日、来栖教授に会ってきたよ」
「母に?」
「うん。唯ちゃん最近うちにずっといますけど大丈夫ですかって聞いたら、『大丈夫でーす』って言ってた」
「軽いですね…」
「まあ、ちょこちょこ連絡とり合ってるしね。俺、ありがたいことに結構信用されてるから」

 それは感じる。
 お母さんは航さんのことをすごく信頼している。自分の研究室の学生だったのもあるかもしれないけど、なんというかもはや身内的な…
 そこではっとする。

「確かに私、大丈夫ですか?こんなにずっと…その、なんというかまるで同棲みたいな…」
「うん、同棲だね」

 その言葉に急に狼狽えてしまった私を見て、航さんはくすくす笑いながら言う。

「それ、来栖教授にも言われたよ。ほぼ同棲状態よねって」

 想いが通じ合ってから、少しずつ一緒にいる時間が増えて、それはあまりに心地よくて。
 「何時に帰る?」が「泊まっていくよね?」に変わって、最近は「今日夕飯どうしよっか?」になった。その変化を当たり前のように受け入れてしまっていたけれど、ここは航さんの生活スペースなのだ。

「なんか私、なし崩し的に居座ってますよね…」

 なぜ今まで気付かなかったのだろう。自分の図々しさにちょっと落ち込む。
 すると、航さんは珈琲を飲みながら言う。
 
「この家に、唯ちゃんのものが少しずつ増えて、隣にこうして座っていることが当たり前になりつつあることを、俺はこの上なく幸せだと思ってるよ」

 私の頭を何度も撫でながら、部屋をぐるりと見回す。

「一人だと気付けなかったことに気付けるし、これまでどうでもよかったことも、唯ちゃんとなら丁寧にやろうっていう気になる」
「それが窮屈に感じることは…」
「ないなあ。仕事が立て込んでるときはいろいろ任せちゃってるし、逆にありがたいことばかりだよ」

 きっぱりと言い切られて、縮こまっていた体の力が少し抜ける。
 航さんはいつも結構余裕をもってお仕事をしているみたいけど、たまに急な依頼が入ったり変更が入ったりして、ややばたばたしていることがある。そういうときはご飯を作ったり洗濯をしたり、基本的な家事を私がすることにした。とはいえ…。
 そこで思い至る。

「あの、航さんの親御さんとかはこの状態のこと、ご存知なんですか?」
「親?いや、別に話してないけど…」

 私を抱き締めようと伸ばしてきた手を止めて、きょとんとする航さんに尋ねる。

「航さんの親御さん的には大丈夫ですかね?この状態って…」
「もう大人だしそんな詳細に報告する必要はないでしょ。あ、でも付き合ってる女性がいるとは話してあるよ」

 そこで再び腕が伸びてきて、正面からきゅっと抱き締められた。背中を何度もさすられる。されるがままになっているけれど、これでいいのかなと考え込んでいる私の様子を察したのか、航さんは「あ、それじゃあ…」と体を離して、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「今度俺の家族にも紹介していい?唯ちゃんのこと」
「えっ」
「顔見せろとはずっと言われてるんだ。唯ちゃんにも会いたがってた。面倒だから適当に流してるけど」

ーーどうしよう…
 一瞬躊躇ったのは、自分が航さんの家族に釣り合うような人間に見えるだろうかという不安から。
 でも、どう考えても一度きちんとご挨拶をして、航さんにたくさんお世話になっていることを伝えないといけない。考えはすぐにまとまった。

「お会いしたいです。航さんのご家族」

 航さんは緊張している私の頬を指でつんつんしながら笑う。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「し、しますよ。だって大好きな人の大切なご家族ですよ。その…気に入られたいなって思うじゃないですか」
「唯ちゃんなら全く心配いらないと思うな」

 スマホを手に「でもあの人達常に忙しいんだよね」とスケジュールアプリをスクロールし始める航さんのちょっと嬉しそうな様子を見て、ちゃんとしようと気合いを入れる。
ーーこの人の隣に、ちゃんと立っていたい。
 その背中に後ろから手を回し、さっきのようにぎゅっと抱き付くと、嬉しそうな気配が降ってくる。
 航さんはスマホをぽいっとローテーブルに置いて、私を自分の膝に跨るように座らせた。
 向かい合う形で啄むような口づけが始まる。

「…今日、夕飯どうしよっか」
「……ご飯は、冷凍のやつがあります。んっ…おかずは、昨日作っておいた、作りおきが…」
「あー、あれ美味しかった」

 そんなことを話しているのに、航さんの手は私の肩や腕、背中をゆっくりと撫でさするように動いている。会話の合間にも触れるだけのキスが顔や耳、首筋に与えられて、体の中に熱がじわじわと溜まっていくのを感じる。
 まだ外は薄ら明るい。
ーーでも、もっと触れてほしい。
 思いを視線にのせて、目の前の瞳をじっと見つめると、航さんはふっと微笑んでから、私の膝の裏に手を入れて、軽々と持ち上げた。私もその肩につかまるように腕を回す。
 お姫様抱っこをしたまま、器用に寝室へのドアを開けた航さんは、私をゆっくりベッドに下ろす。指の背で頬を撫でる。

「唯ちゃんは唯ちゃんでいてくれるだけでいいんだよ」

 私の言い表せない緊張を知ってか、そんな風に優しく言うから。
 私も小さく頷いて、彼の頬に唇を寄せた。


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