あの人と。

Haru.

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After Story

落ち着けば案外なんとかなる

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 あの後ゴードンさん達は用は済んだとすぐに帰ってしまった。僕はルリにゴードンさん達が来て剣を届けてくれたことと、身体に気をつけてねってことを書いた手紙を出したよ。可愛い肉球付きの手紙が返ってきてほっこりしました。

 それからさらに数日。今日はリディアが僕の部屋へ来て一緒にお茶をすることに。なんでもアルバスさんに外せない訓練が入ったそうで、その間1人にしないためだとか。リディアと会えて嬉しいから文句なしですよ!

「リディアの入れてくれたお茶はやっぱり美味しいねぇ。クッキーとパウンドケーキ焼いたからどんどん食べてね。あんまり糖分取りすぎるのもダメかと思って甘さは控えめにしてあるよ」

「お気遣いありがとうございます。……ふふ、とても美味しいです。さすがユキ様ですねぇ」

「ありがと! 神様のおかげでお菓子作りもしやすくなったし、最近はほぼ毎日何かしら作っちゃうんだ。レイのお手伝いもほとんどなくなっちゃって暇だからさ」

 ラスの能力がメキメキ伸びてて、僕に回ってくる書類がほとんどなくなっちゃったんだ。1週間の分が小1時間もあれば終わっちゃうくらい。ヴォイド爺の授業も随分前からないから正直暇すぎてお菓子を作るしかないのです。

「ふむ……お暇なら何か習い事を、とも思いましたが……」

「まだ知らない人は怖いからねぇ……」

「そうですよね。……ふむ、大丈夫な方といえば普段接している騎士や神官、それから治癒師くらいですよね」

「うん、そんな感じ」

 流石に接する回数が多い人は大丈夫だよ。……治癒師さんと接している回数が多いのはご愛嬌ってやつです。毎月お世話になってます!

「難しいですねぇ……」

「だよねぇ……」

 治癒師さんが大丈夫なら治癒魔法を習えばって思われるかもしれないけど、神子は治癒魔法を使えないようになってるんだ。神子ほどの魔力があれば大抵の怪我も病気も治せてしまって、そんな存在はどの国にとっても喉から手が出るほど欲しい存在になるかららしい。

 過去に治癒魔法を覚えた神子がいて、当時その神子を巡って戦争が起きたらしい。神子が降臨したんだからその神子がいた国の王は賢王だったけれど、他国に攻め入られては反撃するしかなくて戦争ばかりになってしまった。国民を苦しませてしまうことに苦しむ王を見て、神子は自分がいなければ戦争はなくなるはずだって、自分が治癒魔法を覚えてしまったから戦争が起きたんだって、自分を責めながら自殺してしまったらしい。

 その神子は当時の王を愛していたんだって。だから好きな人の国の人々を救うために治癒魔法を覚えたのに、そのせいで戦争が起きて苦しむ王を見て自殺してしまった。決して神子は悪くなかったのに。そんな悲しいことがあったから、神様は神子は治癒魔法を使えないようにしたんだって言ってた。

 だから僕も治癒魔法だけは使えない。他の魔法は使えるんだけどね。また同じ悲劇が起こらないとも限らないし、無理に覚えたいなんて言えないよね……これだけ魔力があればどれだけの人を助けられるんだろうって思ったこともあったけど、今は考えないようにしてます。だって、きっと治癒魔法を覚えたとしても全ての人は助けられないから。きっとそっちの方が助けられなかった人に残酷だよね。だから最初から癒す力はないことに納得することにしたのです。

 治癒魔法以外でやれることはないかなって2人で考えていたらリディアがお腹に手を当てて首を傾げました。

「どうしたの?」

「……痛い、よう、な?」

「え、陣痛?」

「これがそうなんでしょうか……?」

「ちょ、ダグ、治癒師さんに連絡! ラギアスはアルバスさんに連絡ね! リディア、陣痛きたら治癒室で合ってる?」

 この世界じゃ陣痛が始まってから産まれるまでそんなに長くなくて、陣痛が来たらすぐ出産する予定の場所へ移動って聞いたからすぐ治癒室であってるはず。なにせこの世界の赤ちゃんはそのままの姿で産まれてくるわけじゃないし、産道もそこまで開く必要がないから陣痛も短いってことだと思う。ダグに前教えてもらったサイズだと4cmくらいだったもん、そりゃ地球での出産とは大違いだよね。

 一瞬固まってたダグとラギアスがそれぞれ連絡石を取り出したのを見届けてからストールを取り出してリディアにかけて、さらに毛布もかける。部屋から出るなら暖かくしないとね。

「ええ、その予定です」

「じゃあ一緒にゆっくり行こう。歩ける? ダグに抱えてもらう?」

「歩けますよ。まだそこまで痛いわけではありませんし、今は痛くありません」

「そっか。ならゆっくり行こうね。ダグ、リディアを支えてあげて! 何かあったとき僕の力じゃ不安だから」

「わかった」

 万が一リディアがよろけてもしっかり支えられるような状態で出発! いくら陣痛が始まってから出産までが早いとは言っても、始まったばかりの今ならまだ時間にはある程度余裕あると思うから慌てずにゆっくり行きましょう!

「ふふ、ユキ様が冷静で助かりました。ダグラスもラギアスも固まってましたしねぇ」

「ぐ……こんなこと滅多にないんだからどうしたらいいかわからんだろう。団長がいても同じだったと思うぞ。……そう考えたらユキの冷静さは凄いな」

「いつ目の前で陣痛が始まってもいいようにシミュレーションしてたからね。役に立ってよかったよ」

 お仕事をお休みしているとは言え、リディアと会わないわけじゃないからね。むしろゆっくりするくらいしか出来ないリディアと昼間にお茶したりしてたから、もしかしたら目の前で陣痛が始まるかもって思ってたんだ。そのときにあたふたしちゃったらリディア本人も不安になっちゃうかもだし、冷静になれるようにってずっと考えてたのですよ。

「流石ユキ様ですねぇ。妊娠している私ですら連絡石を持っておくくらいしかしていませんでしたし、いざ陣痛が来ても何をすべきか迷ってしまいましたのに」

「と言っても僕自身はダグ達に頼んだだけだよ」

「それがあったからダグラスもラギアスも私も動けたのですよ」

「そっかぁ。……あれ、アルバスさんだ」

「リディア!! じ、陣痛きたって! う、産まれるか!? おおお俺が父親に!! ありがとうリディア!!」

 まだ産まれてないよアルバスさん……

「落ち着きなさい馬鹿。……目の前にパニックになっている人がいるとかえって冷静になることがあるとは聞いておりましたが本当ですねぇ」

 たしかに。周りからこう見えてるのかって思ったら落ち着こうってなるよね。それで落ち着いてみたら案外なんとかなりそうな気がしてきたり。人生ってそんなもんです。

「う、す、すまねぇ……ついにって思うとよぉ……」

「気持ちはわかりますがね。ほら、治癒室まで行きますからダグラスと変わって支えてください」

「お、おう! ……抱えなくていいのか? 痛いんだろう? 歩いて大丈夫なのか?」

 ダグに代わってリディアを支えたアルバスさんはオロオロとリディアの様子を見ている。こっちからしたら痛みの程度とかわからないし心配する気持ちはわかるよね。アルバスさんにとっては最愛の妻なわけだし。

「自分の足で行きたいんです。ずっと痛いわけではありませんし、歩けますよ」

「そうか? ならもっと体重かけろ。辛かったら言えよ」

「ええ」

 リディアに負担がかからないようにゆっくりと歩く2人を一歩後ろから眺めると、窓から差し込んだ陽の光が2人を暖かく照らしていて。写真か動画に残したいくらいいい光景です。


 歩いている途中でリディアに2回目の陣痛が来たことでアルバスさんがまたパニックになるっていうこともあったけど無事に治癒室に到着しました。リディアとアルバスさんと担当の治癒師さん達だけが奥の出産用の部屋へ入った。僕達は産まれたら報告してくれるとのことで部屋に帰って待ちます。

 元の世界で出産っていうとかなり負担のかかることだったけど、この世界では違うらしい。何事もなく陣痛が来るところまできたらあとはもう危険はないらしくて、ころっと産まれてくるんだとか。産まれてくる状態も小さいからか、陣痛はあっても産む時の痛みはほとんどないらしいし、その陣痛も男の人で耐えれる程度みたいだから安心して待てます。楽しみでソワソワはしちゃうけどね。

「どっち似の子かなぁ」

「どっちに似てもいいと思うが、性格はリディアに似ると強烈な子供になりそうだな」

「う、うぅむ……」

 今ちょっとミニマムなリディアが黒い微笑み浮かべてるの想像しちゃった。あと人前ではにっこり笑ってるけど裏では舌打ちしてたりとか……いやいや流石にリディアも小さい頃から腹黒かったわけじゃないでしょ……! そう思いたい……!!

 違う方向で不安になった僕でした。
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