あの人と。

Haru.

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After Story

side.ダグラス

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「ユキ!!」

 部屋へ着くと、床に蹲ったユキがラギアスと治癒師に背中を撫でられていた。ラギアスと変わり、肩を抱いて背中を撫でるがまだ気分が悪いのか肩で息をし、相当辛そうだ。

「だ、ぐ……?」

 こっちを見たユキは苦しさから出たであろう涙で頬を濡らしていた。優しく拭ってやるが涙はまだ止まらず、次から次へとユキの頬を濡らしていく。苦しい瞬間に側にいてやれなかったことが悔しくて仕方がない。

「ああ。辛い時に側にいてやれなくて悪かった」

「ゃ、だめ……ぼく、きたなぃっ……」

 浄化をかけたのかユキが吐いたあとは見あたらない。それでもユキは気になるのか俺から逃れようとするが、そもそも俺はたとえユキが吐いたものが掛かろうと汚いなどと思わない。具合が悪いユキを1人にする方が許せることではないだろう。

 俺から離れようともがくユキをお構いなしにより強く抱きしめて撫で続けると次第に抵抗は弱くなった。

「大丈夫だ、汚くない。まだ吐きそうなら我慢するな。大丈夫だから」

「だ、ぐ……」

 腕の中で荒く息を吐いてぐったりとするユキになぜ俺が変わってやれないのかと思う。ユキが楽になるならなんだってしてやりたいのに、こういう時に何もできない自分が歯痒い。体力のある俺ならばユキの風邪を引き受けたところでどうということもないだろうに……

「ラギアス殿、神子様はどれほど吐かれましたか」

「昼に食べたもの全てかと」

「ふむ……しかしまだ1回目の嘔吐となると、様子見をするしかありませんね……」

「何、このままユキが苦しんでいるのを見ているしかないというのか?」

 吐き気を抑える薬などあるのではないか? それを出してくれればユキは楽になるのではないのか。

「これが菌による症状なのか、単なる一時的な症状なのか判断しかねるのです。一時的なものであれば吐き気を抑えるお薬をお出しできますが、もしも菌に由来するものであれば、今吐くことを抑えて仕舞えば体内にいる菌を出すことが出来ず、かえって悪化させることにもなりかねないのです」

 治癒師の言葉は理解出来たが、この状態のユキをただ見ているしかできないとは……この世界出身の人間に比べて華奢で体力も圧倒的に少ないユキがこんなに苦しんでいるんだぞ。酷く衰弱してしまうのではないかとどうしても不安になってしまう。

 不安からつい眉をしかめてしまうと真剣な表情をした治癒師に叱咤された。

「ダグラス殿、貴方がそのように不安な様子を見せてどうしますか。今1番不安なのは神子様でしょう。夫として神子様を支えることが貴方のすべきことではありませんか」

「っ、そう、だな。すまなかった。……ユキ、俺もいるからな。頑張って治そうな」

「ん……あり、がと……」

 辛いだろうに抱きしめて汗を拭ってやることくらいしか出来ない俺に微笑んでくれるユキが愛おしい。俺が不安になっている場合ではないな。こういう時でも揺るがずにユキを強く支えられる夫にならなければ。

「一先ず吐き気が治ったのであれば、ベッドの方へ神子様を寝かせましょう。お身体も冷えてしまいますから」

「ああ、わかった」

 あまり揺らさないようにそっとユキを抱き、ベッドへ運ぶとぎゅっと手を握られた。いつもに増して弱い力ではあったが、どこか縋るようなその仕草にそっと握り返してやるとユキは安心したように微笑んだ。……もしかして仕事に戻ると思ったのか? そういえばまだ着替えてなかったな。着替えたらもう仕事に行かないと思えて安心するだろうか。

「側にいる。少し着替えてくるから待っていてくれるか?」

「……ん」

 力の抜けた手から抜け出し、なるべく早く着替えて戻ると安心したように微笑んだユキ。やはり仕事に戻らないかと不安だったらしい。ユキの横へ潜り込めば縋るように寄ってくる身体を抱き締め、少しでも良くなるようにと願いを込めてゆっくりと撫でる。

「何か飲むか?」

 すっきりするものなど欲しいのではないか、と思ったのだが、直ぐに治癒師によってキッパリと止められてしまった。

「いけません。まだ、神子様のお口に何も入れてはいけません」

「水でも駄目なのか」

「吐いた後というのはまだ胃の活動が整っていないのです。そこに何かを入れてしまえば、また吐いてしまう原因になりかねないのです。嘔吐を繰り返せば脱水症状を起こしてしまう可能性も高くなってしまいます。神子様のお顔色が良くなるまで、せめて1時間ほどはご飲食は避けねばなりません」

 なるほど、たしかにそれならば今のユキにはたとえ水だとしても毒とさえなりかねないな。辛い時にこそ好きなものを与えてやりたいが、今以上に酷くならないためにもユキには我慢してもらうしかない。俺もこういう時に安易に水を与えてしまわない様に気を付けよう。

 今我慢させてしまう分、風邪も治って体調が良くなったら目一杯好きなものを食べさせてやればいい。ユキは甘いものが好きだからたくさん用意しよう。

「元気になったら好きなものを食べて飲もうな。今は側にいるからゆっくり休め」

「ん……」

 擦り付くように小さく頷いてから目を閉じたユキ。安心して眠れるようにとゆっくり撫でているとすぐに寝息が聞こえてきた。起きる頃には少しでも良くなってくれたらいいのだがな。

「……眠られましたか?」

 ユキを起こさないようにそっと囁くように聞いてきた治癒師に俺も極力小さな声で返事を返す。

「ああ……ユキのことで何か気をつけることがあれば教えてくれ」

「いつもと比べてどの程度の水分を取れたか、汗の量はどうか、などでしょうか。脱水症状が出ないかが心配ですので。再度嘔吐した場合は量や回数も覚えておいてください」

「わかった」

「私もまた様子を見にまいりますし、お呼びいただけたらすぐに参ります。異変があればお知らせください」

「ああ」

 下がっていった治癒師からユキに視線を戻すと安心したような顔で眠っていた。顔色はまだ良くないが、苦しそうな様子もなく眠れていることに安心する。このまましっかり眠り、すぐに元気なユキに戻って欲しい。

 暫くユキを撫で続けていると、ラギアスが書類の束を手に寝室へ入ってきた。

「ダグラスさん、情報交換の報告書だそうです」

「ああ、すまないな。かしてくれ、読んでおく」

「はい。それから、今年は新入隊員の歓迎会はどうするのかと」

「ふむ……とりあえずはユキの体調が良くなるまで先延ばしだな。もしくは金は出すからお前達だけでどこかを貸し切って行ってきてもいいと伝えてくれ」

「わかりました」

 ラギアスが出て行ってから歓迎会のことを考える。歓迎会は毎年入団式直後に部隊ごとにやるものだ。街に下りてどこかの店を貸し切ってやるか城のホールを貸し切ってやるかはそれぞれの部隊で変わるが、この日は参加した隊員は無礼講でいくらでも酒を飲めるから毎年任務に当たっていない隊員のほとんどが参加する。

 去年はユキの体調が悪いこともなかったから、城の中での開催にして俺も顔を出して遅くならないように帰ったんだが……今回はどうするか。流石にユキの体調が良くないうちには歓迎会になど行く気になれない。ユキのことが好きな隊員達もユキを放っておくことをよしとはしないだろう。

 かと言って毎年やっている酒の飲める機会を潰して仕舞えば不満もあるだろうしな……とりあえずラギアスに伝えさせた内容の返答次第だな。今はただユキの体調がよくなることだけを考えよう。

 報告書に目を通した後、まだ眠るユキを見てユキが起きるまで少し寝ることにした俺は、起きたらユキの顔色が少しは良くなっていることを祈りながらしっかりとユキを抱きしめたまま目を閉じた。
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