あの人と。

Haru.

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After Story

苦手な人

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 お城に帰ってきて早数日。ダグは1週間ほど休みを取ってくれていた……というか、留学が予定ではもっと長くなるはずだったから帰ってきても正直仕事が無いようなもので、どうせ休みって言っても僕と常に一緒にいて護衛にもなってるしいいんじゃない? って事でお休みが決定しました。とりあえず1週間って言ってるけど実際にはもっと長くなってもいいし、休み休みゆっくり再開してもいいし……っていうかなりアバウトな感じです。

 今日は久しぶりに僕が作った料理でダグとランチです。何かやりたい! ってなった僕は朝から作りたいだけひたすらに作ったので目の前には前以上に多い料理が。今回もリディアにおすそ分けします。前回より多いおすそ分けだけどアルバスさんも食べるかもだしいいよね。

 ケーキも焼いたし、リディアにお茶ももらったから食後のデザートも完璧です。

 リディアと別れ、ラギアスと騎士さんを引き連れてウキウキとダグの待つ温室へワゴンを押して……うぐぅ、め、目の前に苦手でありリディア曰くあまり関わらない方がいい人が……う、迂回路! だ、ダメだワゴンが大きいからいきなり方向を変えられない!

「御機嫌よう、神子様。大きなお荷物で……そのようなもの、使用人に任せればよろしいのですよ。ほら、例えばそちらの犬などにね」

「こ、こんにちは……ぼ、僕がやりたいと言ったので……そ、それにラギアスは犬なんかじゃない、です」

 無理無理無理、怖い怖い怖い……!!! ただでさえまだ慣れない人が怖いのに苦手な人なんだもん……! ラギアスのことを言い返したいのに怖すぎて満足に言い返せない。こっそりリディアのベルを取り出して……

「どうしました、神子様? お顔色がすぐれませんが」

「ひっ……あ……っ」

 やっと取り出したのにズイ、と近寄られて怖さにベルを落としてしまった。落ちた拍子に鳴ったからリディアに伝わってるだろうけど……

 ラギアスと騎士さんが僕の前に出てくれて僕を庇ってくれるけれど、問題はこの人──ドルトンさん──はそういうのをものすごく嫌う人だということ。貴族こそが尊い存在であり、平民は貴族に従うべき下賤な存在だと思っているドルトンさんは、騎士や神官も自分に仕えるべきであり、道具としてしか思っていないんだ。

 だから……

「っ……」

「ラギアス!!」

 破裂音が響いた瞬間、ラギアスの顔がわずかに傾いた。ドルトンさんが手をあげたんだ……

「下賤な獣風情が前に出てくるな!! 汚らわしい……ああ手が汚れてしまった。早く洗わねば。神子様、私はこれで失礼します」

 そう言ったドルトンさんが足早に去って行き、その姿が完全に見えなくなったところでようやく肩から力が抜けた。気分的には座り込みたいけど、そんな場合じゃない。

「ラギアス、大丈夫!? ごめんね、僕のせいで……あぁ、赤くなっちゃってる……えっと、何か冷やすもの……」

「大丈夫ですよ、ユキ様。これくらいなんともありません」

「だめだめ! ちゃんと手当てしなくちゃ。もう少しでリディアも来てくれると思うんだけど……」

 オロオロとワゴンを見てみたり魔法鞄の中身を確認してみたりするけど、冷やすのにちょうど良さそうなものは見つからない。頼りない僕のせいでラギアスが叩かれて、さらに何も出来ることがないなんて情けなくて泣きそうになった頃にリディアがバタバタとやってきた。

「ユキ様! どうなさいました?」

「うわぁあん、リディアァア! ラギアスが、ラギアスがぁあ……っ!」

「ユキ様!? ラギアス、何があったのです?」

「それが……」

 ラギアスがリディアにさっきあったことを説明している間、僕はリディアに撫でられながらボロボロ泣いた。怖かったのと情けないのと安心したので一気に出てきたのだ。

「なるほど……ユキ様、逃げずに頑張りましたね。ほら、ラギアスには謝るのではなくほかにかける言葉があるでしょう?」

「ひぐっ……ぅ、ラギアス、ありがと……」

「ご無事で何よりです」

 ふわりと笑ってくれたラギアスに嬉しくなり、ぎゅうっと抱きついて感謝の思いを伝えていると聞き慣れた足音が聞こえてきた。

「ユキ!」

「ダグ……」

 そう、ダグだ。任務中は一切足音を立てないダグは終業後と休みの日にだけ足音を立てる。他の騎士さんはそうやって切り替えてると上手く音を消せなくなるから普段から気をつけてるらしいんだけど、ダグは切り替えても大丈夫らしい。僕が一回ダグが近づいてきたことに気付かずに驚いてカウチから落ちそうになった時から、切り替えてくれてるのです。

「どうした? 何があった?」

 駆け寄ってきたダグは僕を抱き上げ、そっと僕の涙を拭って何があったのか優しく聞いてくれる。やっぱりダグの腕の中は安心します。さっきは近付かれただけで怖かったもん……

 泣いた影響でうまく言葉が出てこない僕の代わりにリディアが説明してくれて、それを聞いたダグは僕をぎゅっと抱きしめて撫でてくれた。

「怖かっただろう。着いて行くべきだったな。大丈夫か?」

「ん……僕よりラギアスが……」

「ラギアス? ああ、頬が少し腫れているな。リディア、治癒魔法をかけてやってくれ」

「わかりました」

 リディアがラギアスの頬に手を伸ばし、少しの間軽く覆い隠してから手を退けるとラギアスの頬は何事もなかったかのように赤みも腫れも引いていた。

「よかった……リディアありがとう」

「ありがとうございます」

「いいえ、構いませんよ。それよりも、ドルトン氏がユキ様に接触し、こうしてユキ様専属護衛であるラギアスに手を挙げたのは大問題ですよ。ユキ様の護衛に手を出すことはユキ様を攻撃することと同義なのですから。すぐに陛下へ報告いたします」

 若干首をかしげる僕にダグが説明してくれた。今現在、僕の精神状態が不安定なことから僕には挨拶すらも禁止だと、城に出入りする人達に告げられているらしい。休養中の僕を煩わせないようにと言う名目で。これを破って僕に接触したら処罰もあると言われているんだって。

 護衛に攻撃云々に関しては、護衛とは護衛対象に仕える存在であって、いわば主人の持ち物のようなものになるらしい。そうであるならば、持ち物に危害を加えることはその主人に危害を加えることも同義であって、だからこそラギアスに手を挙げるのは問題行為であるらしい。たとえ僕自身には何もされていなくとも。

「リディア、報告は頼んだぞ。ラギアスも証人として連れて行け」

「わかりました。では行きますよ」

「はい」

 リディアとラギアスが報告のために去って行き、僕とダグは予定通り温室へ向かうことになった。

「行くか」

「ワゴン……」

「ん? あぁ……歩けるか? 歩けるなら俺が押していこう」

 ダグが気遣うようにそう言うけれど……こうしていたい、かなぁ……歩けはするけど、ダグにしがみついていたい。ワゴンを押すダグと歩くなら手すら繋げないだろうし……悩んでいると騎士さんが声をあげた。

「あ、俺が押しますよ。部隊長はユキ様を抱きしめてあげててくださいよ」

「そうか? 悪いな。ユキ、このままいくか」

「……ん。ありがとう」

 騎士さんへお礼を言うとニカッと笑ってくれた。

「いえいえ。何もできませんでしたから、これくらいは役に立たせてください」

 そう言ってよいしょーっとちょっと大袈裟な動きでワゴンを押し始めた騎士さんを眺めつつ、ダグにぎゅっと抱きつけばダグの体温と香りに安心して完全に力が抜けた。すり、と擦り寄れば優しく撫でてくれて、その包み込むような優しさにも酷く安心した。

 リゼンブル領でゆっくりして少しは落ち着いたかと思ったけれど、やっぱりまだまだトラウマは無くなっていないみたいです。今ダグの腕の中にいることでじわじわと体温が戻ってくる感覚がして、そのことから僕にとってのダグという存在の大きさと、トラウマの大きさを再認識したのでした。
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