あの人と。

Haru.

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After Story

生き延びた騎士の話

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「なぁ、今日ダグラスさんがめちゃくちゃリディア様に殴られてたんだが昨日の夜何があったんだ? お前、昨日の夜番だっただろ?」

「あー……」

 夕食を兵舎の食堂で食べていると、今日ユキ様の警護に当たっていた同僚が問いかけてきた。昨日の夜を思い出した俺は思わず一緒に夜番に当たっていた同僚と顔を見合わせた。





 ユキ様の部屋の夜番に当たっていたら、ユキ様とダグラスさんが随分と盛り上がっているんだろうなぁ、って感じる時は少なくない。なんせユキ様の魔力がかなり漏れてくるからな。いつもは制御できてる魔力がどうやら盛り上がっているうちにぶわっといっちまうみたいだ。

 そういうのっていわゆるタチ側の人間にゃたまらないわけで、ダグラスさんがあんだけユキ様を溺愛するのもわかる。まぁ、それ以外にもユキ様は性格もいいし努力家だし良いところずくめなわけなんだが。

 それは置いといて、今日はどうやらその盛り上がる日だったようで、ユキ様の魔力がふわふわと漏れ始めたのを感じた。同僚と顔を見合わせてなんとか平静を保つようにと気合いを入れたわけだ。ダグラスさんに殺されたくないからな。


 ……なんだが。それが起こったのは魔力が漏れ始めて1時間ほど経った頃のことだった。

「っあ、ゃ、あっ……」

 ……ん?

「……今何か聞こえたか」

「聞こえなかった、と思いたい。だがいや、そんなまさか……」

 この部屋で声が漏れるなんてことあるのか? ここは神が作った部屋だぞ? 今までだって声が聞こえることはなかったんだが……あぁ、新婚旅行の時は別な。あの時は俺は夜番じゃなかったから良かったんだが、あの時の夜番だった同僚はユキ様を見てわずかに動揺したのを見ていたダグラスさんにこってりと鬼のようなしごきを受けていた。あれはかなり気の毒だった。

 普段からして鬼のようなのにその倍くらいの鬼レベルだったからな……あれは絶対受けたくないと思った俺たち騎士は、ユキ様が気だるげな様子を見せている日は出来る限り直視しないようになったんだよな。自殺願望を持ってるやつは少なくとも俺ら第1部隊の中にはいねぇからな。

 ……死にたく、なかったんだがなぁ……

「あっあぁああ! やぁあ…っ!」

 声、聞こえるなぁ……気のせいじゃ、ないなぁ……

「……俺まだ死にたくないんだが」

「奇遇だな。俺もだ」

 だよなぁ、とちらりとダグラスさんの部屋側の夜番を見てみると、同じようにこっちを見ていて目があった。なにかを諦めたような顔からそっちでも聞こえるのだろうことがわかった。

 死にたくねぇ……というか俺たち何も悪くないよな。ユキ様に声出させてるのはダグラスさんだしよ。俺らに聞かせたくないなら聞こえないようにもうちょい手加減してだな……

 ……ん? 手加減?

「……なぁ、ここまで声聞こえるってユキ様大丈夫なのか?」

「……あ」

 ユキ様が気怠げな様子を見せたり、ダグラスさんが抱き上げて移動していたりって様子を見るからに、普段から結構な激しさなはずだ。なんか3、4回は普通って噂も聞いたし。騎士の体力じゃその回数は別に珍しくもなんともないんだがその体格差でそれは鬼畜だって思った。

 んで、激しいだろう普段でも声は聞こえてなかったのに、今日は聞こえる……いつもより激しいと……?

「うわ、ユキ様可哀想」

「あの人マジ鬼だな」

 明日動けないのは確定だろうなぁ……あーあ、ユキ様王太子殿下の手伝い結構楽しんでるのに可哀想だな。


「や────っ! もっ、やだぁぁあ!」

 ユキ様めっちゃ嫌がってんじゃん……もはや叫び声だし……明日はユキ様かなり不機嫌なんじゃないかなぁ……

 ……ユキ様が不機嫌。

「……なぁ、俺らもしかしたら殺されずに済むかも」

「何?!」

「ユキ様の声からして流石に今日のは不機嫌になるか怒るかすると思うんだ」

「おう、そうだな」

「ダグラスさん、ユキ様の機嫌をとるのに必死になって俺らのことまで気がまわらねぇかも」

 あの人はユキ様のことになると必死になるからな。それどころじゃなくなる可能性が高い。

「確かにな……! ユキ様には悪いがどうか頑張ってくださいって感じだな」

「だなぁ。ダグラスさんが落ち込むぐらいに不機嫌になってくれるといいなぁ」

 殺されたくないってのが一番なんだが、あとはあれだ。正直1回痛い目見ればいいんじゃねぇかなって。ダグラスさんがユキ様を大事にしているのは分かりきったことなだが、今日のはなぁ……流石に鬼畜すぎるだろ。

「やっ、あ────っっ、ひ、ゆるし……っ!」

 ……突入したほうがいいか? もう泣き叫んでるよなぁ。やめさせたほうがいいんだろうけど……

「ユキ様助けたほうがいいと思うか?」

「……助けたいのは山々だが俺は命が惜しい」

 だよなぁ……ユキ様は性行為を見られるのは嫌だろうし、ダグラスさんはユキ様の身体を見られるのが許せない。俺たちが中に突入することでユキ様がダグラスさんから解放されたとしても、俺らは下手すりゃ物理的に頭が身体とおさらばする。

「……ユキ様に頑張ってもらうしかないか」

 命の危険はないだろうし頑張ってください。俺たちにはダグラスさんを止めることは無理です。



 ハラハラとユキ様を心配しつつ夜番は終わり、報告書を提出してから昼も食べずに爆睡して今ってなわけだ。

「うわ……だからか。ユキ様さ、今日めっちゃ不機嫌そうにダグラスさん無視してたんだよ」

「あー……声が出ないってのもあるんだろうけど、確実に昨日の夜のことを怒ってたんだろ」

 あんだけ泣き叫ばされちゃあな……怒らないほうがおかしいだろ。

「んで、お前らはダグラスさんに殺されずに済みそうなのか?」

「おう。普通ならその日中に接触あるだろ? ダグラスさんよっぽどユキ様のご機嫌取りに必死なのか、報告書だけあげたらさっさと帰っていったからな。俺らには見向きもしなかったぞ」

 いつもならもう死刑宣告されててもおかしくない頃だが、今日はされてないってことはもうないと思ってもいいだろう。だから今もこうして呑気に飯を食べていられるんだがな。

「よかったな」

「マジでな。ユキ様は可哀想だが」

 ダグラスさんは知らん。自業自得だ。

 あー、平和っていいなぁ。

 なーんて思いながら飯も食べ終わり、今は何人かの同僚とロビーで酒を飲んでいる。だらだらと飲んでダグラスさんがいかに鬼畜かを話してるわけなんだが。

「ちょっとよろしいです?」

「は……リディア様!?」

 突然話しかけてきた究極の美人に驚く。俺たちはユキ様の護衛もやっているとはいえ、業務が全然違うからユキ様の世話役のリディア様と話すことはほとんどない。話しかけられることも。だから驚いたわけなんだが。

「ああ、そのままで構いません。少々お願いしたいことがございまして」

「な、なんでしょうか」

 美人に頼まれちゃ断れないよなぁ。まぁ、リディア様の方が立場が上だから断れないってのもあるが。

「貴方は昨日、夜番でしたよね? 今日のユキ様があの状態というのは、昨晩は何かいつもと違う様子が感じられたのではありませんか?」

 ……そのことか。

「昨晩は確かにユキ様のお声が漏れていましたね……」

 つい遠い目をしてしまった俺たちにリディア様はため息をひとつ。

「まったく、あいつは……予想はしていましたがあのお部屋で声が漏れるなど……しかし過ぎたことはもう仕方ありません。ですが、次に同じようなことがあれば、直ちに私に連絡してください。ユキ様のお身体がもちませんから」

「……リディア様は突入するのですか?」

「もちろんですよ。私の最優先事項はユキ様の健康ですから。ダグラスに好き勝手させていたらユキ様のお身体がもちません」

 ……すげぇな。ユキ様を大事にしているのは知っているが、人の性行為現場に突入するなんて度胸あんなぁ……仕事でもなるべくしたくねぇもん、俺。

「ユキ様ももうあいつのことを許してしまわれましたし……」

「許したんですか!?」

 早くないか!!? 待て待て待て、明日になって復活したダグラスさんに死刑宣告されるなんてことはないよな……!?

「ユキ様はお優しすぎるのです」

 優しすぎるだろ……そこは暫く許さないでダグラスさんの調子をガッタガタにしておいて欲しかったな……

「とにかく、次に明らかにユキ様のお身体がもちそうにない時があれば、私に連絡してください。他の方々にも伝えておいてくださいね。ダグラスの耳には入れないように」

「わかりました」

 突入しろって言われてるわけじゃないからおやすいご用だ。いくらでも協力しよう。

 リディア様はその後上の階へ上がっていき、それを見送った俺たちは息を一気に吐き出してソファにもたれた。

「ユキ様なんで許しちまうんだ……」

「それな……」

 俺はまだ死にたくない!

「てかリディア様上行ったってことは団長んとこ行ったのか」

「いつから付き合い始めたんだっけ? 団長いい人だけどよぉ、正反対すぎてマジ驚いたよな」

 リディア様は俺たち騎士の高嶺の花みたいな存在だったわけだが、まさか団長を選ぶとはなぁ。驚いたが、似合っていないようでお似合いなんだよな。いいペアって感じがする。

「ついこの間団長がプロポーズしたってマジ?」

「マジなんじゃね? だってブレスつけてるし」

「たしかに」

 リディア様と団長が結婚かぁ……ユキ様がはしゃぎそうだな。警護に選ばれてキラッキラの笑顔を浮かべるユキ様を眺めたい。

 そこからはユキ様とリディア様の話になり、夜遅くまで話し続けてから部屋に戻って寝た。

 翌日、俺は死刑宣告されるんじゃないかとビクビクしていたんだが、どうやらダグラスさんは相当堪えたのか反省したのかで俺たちには接触してくることはなかった。

 生きてるってすばらしい。
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