あの人と。

Haru.

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After Story

バカなの?

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「うし、今回のことはこれで大丈夫だな。余罪や刑についてはどうする、わかり次第教えるか?」

「んー、僕はいいです。ちょっと気疲れしたくらいで害はなかったですし」

「そうか。んならこの件はこれで終わりだな」

 この件ってことは他にも要件はあるわけで。

「舞踏会の時のことだ。聞くか?」

「……聞きます」

 ついに、きた。まだまだあの時のダグを思い出すと震えるくらいに怖い。……実は夢にも、出てくる。飛び起きることもある僕を、ダグは何も言わずに抱きしめて甘やかしてくれる。だからこそ僕はこうして正気でいられるわけなんだけど、ね。

 あの記憶を忘れられたら楽なんだろう。だけど、それじゃダメだ。神子の伴侶とはそう言う立場になり得るのだと、次の為にあの記憶を心に刻んだ上で乗り越えなくちゃならない。二度とダグを苦しませない為に。

「無理そうだったらやめるからな」

「はい」

「んじゃあまず……そうだな、ワインをよこした伯爵だが……あいつは、犯人じゃない」

「え……?」

 だって、伯爵はワインを強く推してきて……僕にだって勧めてきた。僕はお酒が飲めないから断ったらダグにグラスを押し付けて……毒を飲まそうとしたからあんなに無理に飲ませようとしたんじゃないの?

「いや、あの伯爵は本気でワインを飲んで欲しかっただけだな。まさか自分が用意した自慢のワインが毒入りとすり替えられてるなんて思いもしなかったみたいだ」

「誰がすり替えたんです?」

「侯爵だ」

 侯爵……どこの?

「言っておくがうちじゃないぞ」

「いや、それは疑ってないですけど。アルバスさんなら真っ向から剣を向けそうですし」

 毒殺なんてまどろっこしいことしなさそう。やるなら自分の手で、ってイメージあるよ。まぁ、そもそものところ私情で誰かを殺そうなんて考えない人でしょ。……リディアに何かあった時はどうか知らないけども。

「まぁ、やるならそうするな。んで、犯人だがドレイロ侯爵っつって侯爵の中でも末端に位置するやつでな。自分の息子を猫可愛がりしていてな。その息子が神子の伴侶になれなかったのはダグラスがいるからだって考えたらしい。いなくなれば自分の息子にその座は回ってくると」

 ……バカなの?

「えっ、と……バカなのです?」

「……言葉を選んで結局それしか出なかったんだな」

「え、だってそれしか思い浮かばないです。何を根拠にその侯爵の息子さん? を僕が選ぶと思ったのか……」

 怒りを通り越して呆れるよ。ドレイロ侯爵は舞踏会で挨拶を受けた覚えはあるし、その息子さんだってその時に一緒に来た。けれど別に僕の印象に残っているわけでもないし、ほかの貴族達となんの差もなかった。むしろ、息子さんを推してくる様子は鬱陶しいとさえ思ったくらいだ。

 それなのに、その人を選ぶ? 最愛のダグを殺されてまで? ありえない。

「だよな。俺もそうだが処理に当たっていた騎士も意味わからんっつってたぞ。ユキがどんだけダグラスが好きかなんて城にいるやつなら誰だって知ってるからな」

「ですよね? だって僕隠せないくらいにダグのこと大好きですもん」

 隠すなんて無理無理。だってもうダグを見てるだけで幸せなんだよ。さらにあの声で名前を呼ばれて、愛してるって言われて……抱きしめてキスされて、それで……

「おいユキ、やらしい顔になってんぞ。その顔はやめとけ」

「なっ……そんな顔してません!!」

「いや今明らかにエロいこと考えてただろ」

 うっぐ……ダグとのアレコレ、正直、考えました……でも肯定なんかできるか!

「だ、だからってやらしい顔になってたとは限りませんし?!」

「エロいこと考えてたことは否定しねぇんだな」

 ……しまった。ニヤニヤと笑うアルバスさんに僕はもう瀕死です。死にたい。
 耐えきれずクマのお腹に突っ伏す僕に、豪快に笑いだすアルバスさん。くそう、昨日はもっと転がしてやればよかった。むしろあのまま放置でもよかったかもしれない。

「くっくっく……おいダグラス、そんな飢えた獣みてぇな目でユキを見てんじゃねぇよ」

 その言葉にそろっとダグを見てみたら既に視線は外れていたけれど、その眼はまだ炎を灯していた。隠しきれない欲を、孕んでいた。

 あの眼は、僕を求める眼だ。僕を責めたて、それでいて蕩かせる眼。あの眼でじっと見つめられたならば、僕はたちまちダグの甘い甘い毒に侵されてされるがままになるのだ。

 ダグの眼から視線を外すことが出来なくなってただただぼうっとその瞳に囚われていると、パン、と1つ大きな音がして意識は引き戻された。音の正体はアルバスさんが手を叩いた音だった。

「ユキ、これ以上その顔はダメだ。からかったことは謝るからそこまでにしてくれ。これ以上ユキのそんな顔を見てたら俺がダグラスに殺されちまう」

 ……僕はそんなにまずい顔をしてたのか。独占欲の強いダグが見せたくないと思う表情を……うぅ、そんな表情だめだめ! 引き締めなくちゃ!!

「よし、話を戻すぞ」

「はい」

 今話すべきは舞踏会の事件のこと! 

「ドレイロ侯爵はお家取り潰しの上断首。今回の事件に関わりのなかった侯爵家の人間は他の親戚達の家に引き取られるなりなんなりしたが、関わりのあった奴らは全員断首か魔力吸引の刑が決定。既に執行された者がほとんどだ」

 そんなものだろうなぁ、としか思えない僕は非情だろうか。でも、だんだんこの国の法を理解してきた僕にとって、今回決定した刑は別になんの違和感もない。元からそうなるだろうと想像してたし。でもまぁ、関係ない人はお咎めなしで済んでよかった。

「伯爵は?」

「管理不十分ってことでこの先5年間、3割の増税だな」

 3割……それくらいなら大丈夫だろう。贅沢はできなくなるかもしれないけれど、全くもって生きていけなくなるようなものではないと思う。この世界にとっては厳重注意くらいの重さの刑、かな。

「軽いと思ったんだが、しばらく伯爵の領のワインの売り上げが落ちるだろうと見越してこうなった」

「あー……」

 たしかにそれはあるかもしれない。そうじゃないとはわかっていても、伯爵領のワインには毒が入っていると思われてしまうかも。そうなると3割の増税でも結構重いかも? まぁ、もう決定してしまったし頑張ってくださいとしか言えないや。

「もっと重い刑がいいとかあったら陛下に伝えるぞ?」

「え? いやいや! 今回もロイが決定したんでしょう? ロイの決定に間違いはないと思いますし、異論はないです。ロイは公平な判断を下すと信じてますから」

「そうか。ならこのままだな。あとは何があるんだったか……」

「会場、何か戦闘みたいになってませんでした? あれはなんだったのです?」

 飛んできた魔法を神様が無効化してくれたの覚えてるよ。同時に父さん達とも再会できて……嬉しかったなぁ。

「ああ、あれか。あれも侯爵の手の者だ。確実に仕留めようとしたらしい」

「……僕に魔法が向けられていたような気もするんですけど」

 もう僕もリディアも魔力はすっからかんで、それでリディアが生身で盾になろうとして……

「まさかユキが解毒出来るとは思っていなくて焦ったらしい。とにかくがむしゃらに撃ちまくった結果があれだな」

 うーん、侯爵だけじゃなくてどうやらその周りもバカっぽいなぁ。僕の伴侶狙ってるのに僕に当たりそうな魔法ぶっ放してどうするのさ。いや、ダグを狙ったら許さないけど僕が死んだりしたら計画おじゃんだよ。まぁ、その前になんで捕まらないと思ったのか知りたいけどね。

「あんな大胆でアホみてぇな犯行はなかなかねぇってくらいアホなもんだったな。まぁそれにしちゃダグラスへのダメージが大きかったがなぁ」

「他人のものをすり替える技術だけはあったんですね」

「そうだな」

 僕的にはそのスキルもゼロであって欲しかったなぁ。そうしたらダグが苦しむ姿なんて見ないで済んだのに。

「ユキが解毒魔法を覚えてたのが不幸中の幸いってところだな。治癒師だけじゃ魔力が足りてなかったかもしれねぇ」

 解毒魔法は毒が強ければ強いほど魔力を消費する。

 誰もダグに盛られた毒の名前を口にしないけれど、あれはトピティアだったのだろうと、想像がつく。おそらく一度盛られたことのある僕がまた苦しむことがないようにと、気を使ってくれているのだ。

 まぁそれは置いておいて、トピティアほどに毒性の強いものは特に解毒するのに膨大な魔力を消費する。何人がかりでかけたって構わないけれど、もちろん少数の方が安定する。同調させないとダメだからね。つまりは魔力の強い者が解毒魔法を使うのに向いているのだ。まぁ、治癒系統の魔法はどれも魔力が多ければ多いほどいいんだけどね。

 あ、その魔法を使えない人が魔力だけを譲渡して、って方法もあるんだけど……譲渡する側もそれを使って魔法をかける側も繊細な調整が必要だから結構難しい。あと、譲られる魔力は元々の魔力から少し少なくなってしまうんだよね。譲渡するくらいならできれば魔法そのものを覚えていて欲しいって感じ。まぁ、それは難しいんだけど。

 つまり何が言いたいかっていうと、上級魔法を連続で使っても滅多に魔力が減ったと感じることなどなかった僕が、魔力が空っぽになってフラフラになるくらいの魔力量がダグに盛られた毒の解毒に必要だったんだよ。アルバスさんとの手合わせでも酷い減りなど感じなかったのに。

 本当に、僕が解毒を覚えていてよかった……使い道がないくらいの膨大な魔力がダグの命を救うのに役立ったのだから。
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