あの人と。

Haru.

文字の大きさ
上 下
88 / 396
本編

86 何気ない日に

しおりを挟む
 あのお出かけから早10日と少し。やっとダグのお休みがきた。ひさびさに一日中ダグとゴロゴロできる日です!!
 もうここぞとばかりに朝からベッタリひっついてるよ。ちなみにリディアはまたか……って顔で出て行った。ごめんねリディア。護衛さん達も外で待機させてしまってごめんなさい。

 そして僕はこんな日にやりたいことがあるのです!

「ダグ! 二重奏しましょう!!」

 そうです、あの日に買った楽譜を一緒に弾きたいのです!

「……もう、か?」

「いきなり最初から最後まではしないよ? 少しずつやろ?」

「……わかった。教えてくれよ?」

「えー、多分ヴァイオリンはダグの方が上手だよ……」

 僕ほんとに得意なのはピアノでヴァイオリンはいまいち。弾けるには弾けるけど特技って言えるほどではない。一応習ってはいたんだけどもメインはピアノだったからなぁ……うぅむ……

「一度聴いてみたい」

「うー……ほんとにピアノとは比べ物にならないくらいに下手なんだよ?」

「それでもいいさ。ユキの音が聴きたいんだ」

「……わかった、少しだけね?」

 僕もたとえ下手でもいいからダグと二重奏したいってゴリ押ししたから嫌なんて言えないのですよ……

「ああ。よし、そうと決まれば一度俺の部屋へ行こう」

「ダグの部屋?」

「部屋に俺のヴァイオリンがある。それを取りに行こう」

「なんで兵舎に??」

 騎士としていたら使わなさそうだけどなぁ……

「たまに弾いておかないと腕が鈍っていくばかりだからな。兵舎に持ちこんだんだ」

「なるほど! じゃあすぐ取ってきてホールで弾こ!」

「ああ」

 おっと、楽譜忘れるところだった。僕はすでに例の暗記能力で暗譜済みだけど、ダグはまだ見てないから持ってかないとね!
 楽譜を右手に抱えて左手をダグとつないで出発!! 部屋の外で立っていた護衛さんたちは後ろからついてきてますよ。


「ユキ様、ダグラス、どちらへ?」

 部屋を出て少しのところにリディアがいた。書類を持っているようだから何かお仕事片付けてる途中だった?

「リディア! これから一度ダグの部屋へヴァイオリン取りに行ってからホールで一緒に弾こうと思って」

 ちょうどよかった、リディアに会えなかったら誰かに伝言頼むか連絡石借りないとダメなとこだった。

「そうでしたか、ではお供いたします」

「あれ、でもお仕事あるんじゃない??」

「ああ、これは大したことないので大丈夫ですよ。魔法収納にでも入れておきます」

「そうなの? じゃあリディアも一緒に行こ!」

 リディアも魔法収納使えるんだよね。結構色々入れてあるらしい。何かあったときのための僕の着替えとか軽食とか飲み物とか……毛布も入ってるって言ってたかな? 僕のものばっかり……僕が魔法収納習得したら全部引き受けるんだけど……



 そのまま3人+護衛でぞろぞろとダグの部屋へ行ってから
ホールへ向かった。


「ダグ、弾いて弾いて!」

「まずはユキから、だな」

 ダグのヴァイオリンをすっと渡された。艶やかな綺麗なヴァイオリン。ものすごく高そうで持つだけで緊張する。

「うー、ヴァイオリン久しぶりすぎて弾けるかどうか……」

「好きに弾いてみたらいいさ」

 むぅ……とりあえず構えよう。むむ、ちょっと大きめ? 異世界サイズ?
 実はピアノも少しサイズが違うんだよね。なんとか慣らしたけど少し大きい。オクターブは問題なく届くから大丈夫なんだけどね。

 試しに一音。

「わ、いい音!」

「だろう? 俺も気に入ってるんだ」

「僕が持ってたのはお小遣いで買った安いものだったからなぁ……ピアノは良いものをって父さんが買ってくれたんだけどね」

 ローンまで組んで買ってくれたなぁ……僕がいなくなってあのピアノどうしたんだろう。そもそも元の世界で僕ってどんな状態なんだろう……? 行方不明? それとも最初からいなかったことになってる? ……どっちにしても悲しいなぁ……

「ユキ……」

 少し元の世界を思い出してしんみりした僕を抱きしめてくれたダグの腕は相変わらず暖かくて。

「ん、大丈夫、ありがと」

「……帰りたいか?」

「……わからない。でも、離れたくない……」

 目の前のたくましい胸元へ擦り寄る。

 確かに家族には会いたい。会いたくてたまらない。だけど、みんなと……何よりダグと離れるのが嫌で……今更ダグと離れてなんて暮らせない。

「ああ、俺もだ。……俺が幸せにする。ずっとここにいてくれ……」

 そう言ったダグの声は少し震えた懇願するような声で。泣きそうになったのをぐっと堪えてぎゅっと抱きつく。

「……うん。僕はここにいる。ずっといるよ……」

「ああ……」




「……ごめんね、もう大丈夫。……もう、そんな顔しないでよ。僕はずっとここにいるよ? 今だって幸せすぎるくらいだもん」

 見上げたダグはどこか不安そうな表情で。

「……すまない。もっと幸せにする」

「これ以上? ふふ、楽しみ!」

 少しぎこちなくなってしまったけれど笑顔を向ければ優しく微笑んでくれた。

 ああ、やっぱり好きな人には笑っていてほしい。

「ね、どんな曲が聴きたい? 僕なんでも弾くよ」

「そうだな、ユキが好きな曲が聴きたい」

「僕が? ん、わかった。ヴァイオリンはうまく弾けるかわからないけど……」



 ヴァイオリンは僕の好きだった、簡単だけれど有名な曲を弾いた。懐かしい音色が心地よく響いた。

 ああ、この曲だ。懐かしいなぁ……

 ピアノはいつも弾いている曲に加えてこの世界では初めてだけれど日本ではよく弾いていた曲を弾いた。

 好きな曲を目一杯弾けば暗い気持ちも吹き飛ぶと思った。
































 でも、弾けば弾くほど、元の世界が思い出されて──




 ああ、この曲は父さんが褒めてくれた。


 この曲は母さんが好きだったなぁ……


 こっちは兄さんにリクエストされたんだっけ。






 ああ、どの曲にも思い出がある……



 父さん、母さん、兄さん達……みんなが笑って僕のピアノを聴いてくれた、そんな情景が浮かんできて……


 手も動かなくなって、ただただ涙ばかりが溢れてくる。







「う……ぁ……っく……」

「ユキ……」

 後ろからきつく抱きしめてくれるダグの腕に必死に縋る。

「ひっぅ……ダ、グ…………」

「泣いていい。いくらでも泣け。泣いていいから、泣き止んだらまた明日笑顔を見せてくれ……」

「う、ぁ……うぁああああああっっ!!」




 だめだ……やっぱり会いたい。会いたいよ。

 まだ僕は覚悟したつもりでも出来ていなかった。

 この世界で生きていくことを、覚悟できていなかった。

 家族に会いたい。みんなに会いたい。





 でも、僕はダグと離れることもできない。

 この世界に来て、出会ってしまったから。

 人生で1番愛しい人に会ってしまったから。



 それでもなお日本を忘れることなんてできない僕は欲張りですか……? 日本を想うことは罪ですか……?


 僕をこの世界に連れて来た神様は、なんで僕を選んだんだろう……



 これは、なんの試練なんですか……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離縁しようぜ旦那様

たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』 羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと? これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである

クソ雑魚新人ウエイターを調教しよう

十鳥ゆげ
BL
カフェ「ピアニッシモ」の新人アルバイト・大津少年は、どんくさく、これまで様々なミスをしてきた。 一度はアイスコーヒーを常連さんの頭からぶちまけたこともある。 今ようやく言えるようになったのは「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」のみ。 そんな中、常連の柳さん、他ならぬ、大津が頭からアイスコーヒーをぶちまけた常連客がやってくる。 以前大津と柳さんは映画談義で盛り上がったので、二人でオールで映画鑑賞をしようと誘われる。 マスターの許可も取り、「合意の誘拐」として柳さんの部屋について行く大津くんであったが……?

俺の妹は悪女だったらしい

野原 耳子
BL
★冷酷な第一王子✖頑張るお兄ちゃん騎士 伯爵家の長男であるニアは、妹のダイアナが聖女様を傷付けた罪で家族もろとも処刑された。 だが、首を斬り落とされた瞬間、十六歳だった頃の過去に戻ってしまう。 家族を救うために、ニアは甘やかしてきた妹を厳しく鍛え上げ、自分自身も強くなろうとする。 しかし、妹と第一王子の出会いを阻止したことによって、 なぜかニアの方が第一王子に気に入られて側近になってしまう。 第一王子に執着され、運命は予想外な方向に転がっていくが――

今、私は幸せなの。ほっといて

青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。 卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。 そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。 「今、私は幸せなの。ほっといて」 小説家になろうにも投稿しています。

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

BL r-18 短編つめ 無理矢理・バッドエンド多め

白川いより
BL
無理矢理、かわいそう系多いです(´・ω・)

国王様は新米騎士を溺愛する

あいえだ
BL
俺はリアン18歳。記憶によると大貴族に再婚した母親の連れ子だった俺は5歳で母に死なれて家を追い出された。その後複雑な生い立ちを経て、たまたま適当に受けた騎士試験に受かってしまう。死んだ母親は貴族でなく実は前国王と結婚していたらしく、俺は国王の弟だったというのだ。そして、国王陛下の俺への寵愛がとまらなくて? R18です。性描写に★をつけてますので苦手な方は回避願います。 ジュリアン編は「騎士団長は天使の俺と恋をする」とのコラボになっています。

【完結】真実の愛とやらに負けて悪役にされてポイ捨てまでされましたので

Rohdea
恋愛
最近のこの国の社交界では、 叙爵されたばかりの男爵家の双子の姉弟が、珍しい髪色と整った容姿で有名となっていた。 そんな双子の姉弟は、何故かこの国の王子、王女とあっという間に身分差を超えて親しくなっていて、 その様子は社交界を震撼させていた。 そんなある日、とあるパーティーで公爵令嬢のシャルロッテは婚約者の王子から、 「真実の愛を見つけた」「貴様は悪役のような女だ」と言われて婚約破棄を告げられ捨てられてしまう。 一方、その場にはシャルロッテと同じ様に、 「真実の愛を見つけましたの」「貴方は悪役のような男性ね」と、 婚約者の王女に婚約破棄されている公爵令息、ディライトの姿があり、 そんな公衆の面前でまさかの婚約破棄をやらかした王子と王女の傍らには有名となっていた男爵家の双子の姉弟が…… “悪役令嬢”と“悪役令息”にされたシャルロッテとディライトの二人は、 この突然の婚約破棄に納得がいかず、 許せなくて手を組んで復讐する事を企んだ。 けれど───……あれ? ディライト様の様子がおかしい!?

処理中です...