あの人と。

Haru.

文字の大きさ
上 下
81 / 396
本編

79 side.ダグラス

しおりを挟む
 漸く、漸くだ。漸くユキを外に出してやれた。いや、披露目の時には一度外に出たがあの時は自由に見て回る時間などなかったからな。ただ移動の馬車の中から街を少しみることしか許されず、実際に街に降りて歩きまわらせてやれたのは今日が初めてだった。

 ……初めてデートに誘われた時は外に出してやれないことが悔しかったからな。漸く外に連れて行ってやれて俺がどれだけ嬉しかったかユキは知らないだろう。

 ユキは外に出れなくても大丈夫だと言っていたが、やはり出たい気持ちはあったのだろう。今日のユキは魔力こそきっちり制御して漏れ出てはいなかったものの、全身で楽しいと語っていた。


 俺の家族に会わせると、最初は神子としての扱いに戸惑いを見せたものの、父上達がユキとして接し始めるといつものユキに戻り、打ち解けたようだった。

 父上達はきっとユキを気に入るだろうと思っていたが、予想以上にユキを気に入ったようだった。俺を含め俺の家族は貴族らしくなく、覇権争いだとかに全くの興味を示さないからただ単純にユキが気に入ったようだ。
 まぁそもそも父上達がユキの立場を利用しようとするような人間だったのなら、最初から会わせることはなかったからそこは心配していなかったのだがな。

 父上達が性格が変わるほどユキを気に入ってくれたのは素直に嬉しい。見る影もなかったが、あの人達はあれでも貴族の間では冷徹と言われ恐れられる人間だ。リゼンブルの怒りを買えば終わりだとも言われている。

 少しの無駄も許さず、不要と判断したものは躊躇なく切り捨てる。それでいて領地を回す手腕はかなりのもので、家の領地は公爵領よりも豊かだ。だからこそ恐れられているのだが。

 そんな父上達もユキの前では形無しだった。あんなに雰囲気の柔らかな父上は久しぶりに見た。息子の俺ですら試すような目で見てくるのが普通だと言うのに今日は全くそんなそぶりもなかった。まぁ、ユキだからな。そうなるのも当然か。

 だがあれだな。流石に兄上のお兄ちゃん発言には鳥肌が立った。ユキも少し引いていた。当たり前だ。
 30を超えた大人が真面目くさった顔でお兄ちゃん呼びを要求してみろ。しかもそれが自分と同じ顔だとすれば鳥肌ものだろう。



 その後、父上の放った言葉の中の見合いという単語に反応したユキはかなり蒼褪め、見ているこっちが辛かった。ユキをそんな様子にした父上を斬りつけようかと思ったくらいだ。

 俺は見合いだとかそういうのが面倒で、どうせ騎士になるからと全て断っていたのだがそうしていた俺に感謝しなければな。受けていなくともユキはあの様子だったのだから1つでも受けていたら……考えたくはないが泣かせていたかもしれない。いや、蒼褪めさせてしまったのだから同じか……くそ、父上が見合いなど口にしなければ……

 俺にはユキだけだと伝えればなんとか顔色は戻ったがそれでもどこか元気がなく、本気で父上を呪いかけた。だが父上が俺の小さい頃の話をユキに聞かせたことでなんとかユキの調子は戻ったから今回は許すことにした。


 ユキにとって多重婚や見合いといったことは身近なことではなかったのだろう。馬車の中でも多重婚という言葉に反応しかなり不安そうな様子を見せた。この先もその辺の言葉には気を付けなければ……

 いや、そんな言葉を聞いても不安など感じないくらいに愛を伝えればいいか。ユキが嫌になる程愛を注いでいっぱいにしてやろう。





 街中では見るもの全てに興味を示し、これは何かあれは何かと聞いてくるユキは本当に可愛かった。フードとヴェールでユキの表情が見えなかったのが残念だった。

 今日はなんだって俺が買い与えるつもりだった。ユキが興味を示したものは全て買うつもりだったのだが、ユキはかなり遠慮し、買わせてくれなかった。リディアもユキが自由に使えるようにと、陛下方に申請して神子用の予算から少し出して貰っていたのだが、それすらあまり使わないようにしていた。
 自分のものは買わず、自分用にと買ったものといえば楽譜くらいだった。

 俺はあまりにもユキが物を欲しいと言わないものだから、必死にユキが欲しそうなものを探した。何か形に残る物を与えたかったのだ。

 ヴェールのお陰で視線の動きが見えないながらも、ユキがより興味を示すものはないかと気を配り、漸くガラス細工の店でユキは一本のガラスペンを欲したようだった。

 濃い黄色を基調とし、黒い石がはまったそれをじっと見つめていたから買ってやろうとした途端、ユキは値段を見てぱっとガラスペンから離れ、他のものを見ようと言った。
 ユキが見ていたガラスペンは4万ギル。確かにペンにしては少し高いかもしれないが、俺にとってはどうということもない。むしろ安いくらいだ。

 漸くユキが欲しそうな様子を見せたものだ。買う以外に手はないだろう? ユキが他の物を見ているうちにこっそりと店員に話をつけ、包装もしっかりとされたそれを魔法収納の中へ入れておいた。夜にでもユキに渡そうと思ったんだ。




 ……結局渡せなかったのは仕方ないだろう。

 目の前でグッタリと眠るユキを眺めながら思う。


 ユキが最後の店で欲した指輪がまさかそんな意味を持ったものだとは思わなかったんだ。

 実は装飾品の店に行きたいとユキが言った時、俺はブレスレットを強請られると期待したものだから指輪と言われて、少し悲しかったんだ。ユキは俺とのブレスレットは欲してくれないのかとな。しかもユキはそれを自分で払うつもりだった訳だしな……

 だがそれは杞憂だった訳だ。

 ユキにとっての左手の薬指の指輪がまさかこの世界でのブレスレットと同じ意味とは思わなかった。そしてまさかユキがそれを俺と着けることを望んだのは独占欲からだなんて誰が想像できる?

 あんなことを言われてしまえば可愛くて仕方がなくてつい止まらなくなってしまったのも仕方がないだろう? ユキが可愛すぎるのが悪い。


 ……流石にグッタリと身動き1つ取らずに深く眠るユキを見ていると申し訳なさは感じる。だがそれよりもユキからの独占欲への嬉しさの方が強いんだ。

 明日はユキはおそらく、いや確実に動けないだろう。ならば明日のヴォイド様の授業は休みになる、か……しまったな、早く俺の買ったガラスペンを使って欲しいのだが今日は木曜だから明日を逃せば来週になってしまう。
 ……仕方ない、明日の朝渡すだけ渡してユキの反応だけでも楽しもう。

 あのガラスペンを渡した時、おそらくユキは嬉しいよりも先に申し訳ないと思うのだろう。髪飾りと指輪を贈っただけで申し訳なさそうにしていたからな。
 そこらの貴族子息とは大違いだ。俺はユキ以外の者とそんな関係になったことはないが、騎士団の中ではそんな話をよく聞く。高い宝石を強請られただの服を強請られただの、な。それに比べて俺のユキは強請らなさすぎるからもっと強請られたいくらいだ。

 申し訳なさそうに顔を歪ませたユキは、それでも俺が笑った顔が見たいと言えば嬉しそうに笑うんだ。


 おそらくユキは抱き潰したことにだって怒らない。俺との行為も嫌がる様子は見せないしそれどころかむしろ……快感に従順なユキはたまらなく可愛い。そんなことを言えば顔を真っ赤にして暫く触れさせてくれなくなりそうだから言わないが。


 きっと明日のユキも色んな表情を見せてくれるだろう。

 ああ、早く起きているユキの可愛い反応が見たい。



 変わらず眠り続けるユキに、もう寝てしまおうと額に軽く口づけを落とし、ふと目に入った左手の薬指で輝く光にも1つ口づけを落としてから小さな身体を抱き込んで目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離縁しようぜ旦那様

たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』 羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと? これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである

クソ雑魚新人ウエイターを調教しよう

十鳥ゆげ
BL
カフェ「ピアニッシモ」の新人アルバイト・大津少年は、どんくさく、これまで様々なミスをしてきた。 一度はアイスコーヒーを常連さんの頭からぶちまけたこともある。 今ようやく言えるようになったのは「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」のみ。 そんな中、常連の柳さん、他ならぬ、大津が頭からアイスコーヒーをぶちまけた常連客がやってくる。 以前大津と柳さんは映画談義で盛り上がったので、二人でオールで映画鑑賞をしようと誘われる。 マスターの許可も取り、「合意の誘拐」として柳さんの部屋について行く大津くんであったが……?

俺の妹は悪女だったらしい

野原 耳子
BL
★冷酷な第一王子✖頑張るお兄ちゃん騎士 伯爵家の長男であるニアは、妹のダイアナが聖女様を傷付けた罪で家族もろとも処刑された。 だが、首を斬り落とされた瞬間、十六歳だった頃の過去に戻ってしまう。 家族を救うために、ニアは甘やかしてきた妹を厳しく鍛え上げ、自分自身も強くなろうとする。 しかし、妹と第一王子の出会いを阻止したことによって、 なぜかニアの方が第一王子に気に入られて側近になってしまう。 第一王子に執着され、運命は予想外な方向に転がっていくが――

今、私は幸せなの。ほっといて

青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。 卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。 そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。 「今、私は幸せなの。ほっといて」 小説家になろうにも投稿しています。

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

BL r-18 短編つめ 無理矢理・バッドエンド多め

白川いより
BL
無理矢理、かわいそう系多いです(´・ω・)

国王様は新米騎士を溺愛する

あいえだ
BL
俺はリアン18歳。記憶によると大貴族に再婚した母親の連れ子だった俺は5歳で母に死なれて家を追い出された。その後複雑な生い立ちを経て、たまたま適当に受けた騎士試験に受かってしまう。死んだ母親は貴族でなく実は前国王と結婚していたらしく、俺は国王の弟だったというのだ。そして、国王陛下の俺への寵愛がとまらなくて? R18です。性描写に★をつけてますので苦手な方は回避願います。 ジュリアン編は「騎士団長は天使の俺と恋をする」とのコラボになっています。

【完結】真実の愛とやらに負けて悪役にされてポイ捨てまでされましたので

Rohdea
恋愛
最近のこの国の社交界では、 叙爵されたばかりの男爵家の双子の姉弟が、珍しい髪色と整った容姿で有名となっていた。 そんな双子の姉弟は、何故かこの国の王子、王女とあっという間に身分差を超えて親しくなっていて、 その様子は社交界を震撼させていた。 そんなある日、とあるパーティーで公爵令嬢のシャルロッテは婚約者の王子から、 「真実の愛を見つけた」「貴様は悪役のような女だ」と言われて婚約破棄を告げられ捨てられてしまう。 一方、その場にはシャルロッテと同じ様に、 「真実の愛を見つけましたの」「貴方は悪役のような男性ね」と、 婚約者の王女に婚約破棄されている公爵令息、ディライトの姿があり、 そんな公衆の面前でまさかの婚約破棄をやらかした王子と王女の傍らには有名となっていた男爵家の双子の姉弟が…… “悪役令嬢”と“悪役令息”にされたシャルロッテとディライトの二人は、 この突然の婚約破棄に納得がいかず、 許せなくて手を組んで復讐する事を企んだ。 けれど───……あれ? ディライト様の様子がおかしい!?

処理中です...