後藤家の日常

四つ目

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「あの、すみません」
「へ、な、なに?」

三年生の教室まできて、春さんのクラスの人に声をかけるとびくっとされてしまった。
この高身長はやっぱり皆を驚かせてしまうな。
いや、今はそんな事よりも春さんの事だ。

「あの、春・・・草野先輩を知りませんか?」
「草野なら、今日休みらしいけど」
「・・・え」

休み? 春さんが来ていない?
でも何も連絡は貰って無い。あの春さんが連絡なしで放置するとは思えない。
いや、放置するしかない程の状態なのかもしれない。
どちらにせよ、今の私にはどうする事も出来ない。

「そうですか、ありがとうございます」

教えてくれた先輩に礼を言って、教室に戻ろうとする。お弁当を食べる気はしなくなっていた。
戻りつつ携帯端末を確認するが、何も通知は入っていない。本当にどうしたんだろうか。
不安に思いつつも教室まで戻り、いつもより早めに席に着く。

「どしたのよあんた」

席に着くと北島さんが声をかけてきた。
昼休み後に声をかけられるのは珍しい。いや、私がギリギリに戻るせいか。

「どうかした?」
「いや、あたしが聞いてんだけど。朝のご機嫌顔が無くなって完全に仏頂面じゃない」
「あ、うん、ちょっと」
「ふーん。まあいいけど」

私の返事に北島さんはいつも通りだ。
気になる事を素直に聞くが、返事が返ってこなければそこまで。
今の私は少し余裕がないからとても助かる。
放課後になったら一度連絡を入れてみよう。流石にそれぐらいしても良いだろう。
午後の授業を気もそぞろになりながら受け、放課後になるまでずっとそればかりを考えていた。

そして放課後になって、教師が教室から出て行くと同時に携帯端末を取り出す。
見ると春さんからのメッセージが入っている。午後の授業が始まってすぐの時間だ。
ずっとカバンの中に入れていたので気が付かなかった。

内容を見てみると『ごめん、明ちゃん、風邪ひいて寝ていた。本当にごめん』と書いていた。
風邪。風邪を引いた。連絡を入れられない程高熱だったんだろうか。
大丈夫かな。お見舞いに行っても良いよね。連絡来たし大丈夫だよね。

「・・・行こう」

悩んでいても仕方ない。まずは動こう。そう決めたらすぐにカバンを取ってまっすぐに帰宅。
家に着いたら手早く着替えて財布を持ってもう一度出る。
途中で色々買い物してから春さんの家に到着。呼び鈴を押して暫く待つとお姉さんが出てきた。

「あら明ちゃん。もしかしてお見舞いに来てくれたんだ」
「はい。春さん、状態酷いんですか?」
「あれ、あのバカ連絡入れてないの?」
「い、いえ、連絡は入れてくれたんです。ただ容態とかは・・・」
「ったく、あいつ何してんだか」

しまった、正直に答え過ぎて春さんを悪者にしてしまった。
お姉さんはなぜか私を気に入ってくれてるから、こういう時春さんを責めてしまう。

「どうやらあいつ朝方にぶっ倒れたらしくてね。自力でベッドには転がったらしいんだけど、そっから覚えてないらしい」
「そう、だったんですか」

成程、それじゃあ連絡を入れられなかったわけだ。
でも言葉から察するに春さんもしかしてずっと一人だったのかな。
それに意識が朦朧とするほどの高熱って、大丈夫なんだろうか。

「あの、熱は、大丈夫なんですか?」
「あー、朝はあたし居なかったから解んないんだけど、今はそんなに高くないかな」
「そうですか。良かった」

お姉さんの言葉に少しだけ安心する。
今は大丈夫なのか、本当に良かった。

「心配して、色々買ってきてくれたんだ?」
「はい」

お姉さんが私の手にある袋を見て、見舞いの品かと聞いてきた。
勿論お見舞いの品なのだけど、慌ててちょっと色々買い過ぎた気がする。
少しだけ恥ずかしい気持ちが湧いてきた。

「ま、あいつも可愛い彼女が来たならすーぐ元気になるでしょ」
「あ、えっと、聞いて、いますか」
「勿論♪ 今度から夏子おねーちゃんって呼んでも良いのよ?」
「えっと、それは、その、また今度に」
「チェ、残念」

世間話をしながら春さんの部屋の前に着く。
するとなぜかお姉さんは「はっはっは、後は任せたー」と言って去っていった。
あの人はノリが母に似ている。母と違ってすごく気を遣ってくれてるけど。

「お邪魔します・・・」

そっと春さんの部屋のドアを開ける。
実は来るのは初めてでは無いのだけど、やっぱり少し緊張する。
ベッドに目を向けると、少し呼吸の荒そうな春さんが寝息を立てていた。

寝ていると解ったので、起こさない様にそーっと近づく。
袋を春さんの部屋のテーブルに置いて、顔をじっと見る。
普段より少し顔が赤くて、熱が有るのが見ただけで解る。
多分一瞬意識が戻った時にとにかく連絡してくれたんだろうな。

「・・・寂しかったですよ」

少し我が儘な文句を言うが、口にして自己嫌悪。
春さんは体調崩していたからなのに、何を言ってるんだ。

自分自身にため息を吐きながら改めて春さんの様子を見る。
熱がどの程度なのか気になって彼の額にそっと触れると、高熱、というほどでは無いけど確かに熱い。

「ん・・・あれ、明、ちゃん?」
「あ、春さん、すみません。おこしてしまいましたか」

触れてしまったせいか、春さんが目を覚ましてしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、春さんはにっこりと笑う。
その顔に見惚れてしまったせいで、手を引き損ねた。

「あー、明ちゃんの手、気持ちいいね・・・」
「そ、そうですか?」
「うん、気持ちいい・・・」

ポーッとした顔で言う春さんが可愛くて、返事で声が裏返ってしまった。
狡い。この人は本当に狡い。
こういう些細な所で可愛すぎる。男の人って嘘じゃないかなって時々思う。

「・・・あ、あれ、明ちゃんだ。あれ、なんで」

さっきまで少しぼーっとしていた春さんの目が、しっかりと私を見つめ始めると同時に言動もはっきりして来た。どうやらさっきのは少し寝ぼけていたらしい。
それであんなに可愛らしい反応だったのか。

「お見舞いです。連絡くれたので」
「あ、そうだった。その、ごめんね朝の時点で連絡入れなくて」
「いえ、気にしないでください。そんな余裕も無かったんでしょうし」

さっき少し文句を口にした事を隠しながら返事をする。
すると心の中で、何かもやっとしたものが生まれたのを感じる。
けど今の春さんは病人だ。変に気を遣わせちゃいけない。

「お姉さんの話から察するに、ずっと寝てたみたいですけど、お腹すいてませんか?」
「あー、昼は全然ダメだったけど、今なら少し・・・」
「じゃあ、おかゆでも作りましょうか。それとも果物の方が良いですか?」
「え、あー、じゃあ、その、おかゆで」
「はい、少し待ってて下さいね」

春さんの返事を聞いて、買って来た材料をもって台所に向かう。
この家にはお姉さんに会いに何度か来ているので、間取りは全部知っている。勿論台所もだ。
とりあえず買って来たものを冷蔵庫に入れて、今日のお弁当に詰めていたご飯を取り出す。
そのご飯で手早くおかゆを作り、春さんの元へもっていく。

「春さん、出来ましたよ、どうぞ」
「あ、ありがとう明ちゃん」

春さんに寄り添うように座り、レンゲにすくったおかゆを少し冷ます様に息を吹きかけ、春さんの口にもっていく。
すると春さんは少し戸惑った様子を見せた後、おかゆを口にした。

「どうですか?」
「美味しい・・・これ、出汁とってしっかる作って有るよね・・・」
「はい。でも風邪から回復したばかりですし、なるべく易しい味にしています」

春さんの言葉に応えつつ、またレンゲにおかゆをすくう。
そして同じ様に春さんの口元にもっていき、春さんはそれを口にする。
どうやら春さん、結構お腹がすいていたようで、おかゆは完食した。

「ありがとう、明ちゃん、美味しかったよ」
「どういたしまして。お口に合ったなら何よりです」

お弁当を食べて貰えなかったのは残念だったけど、役に立ってよかった。
春さんも食欲があるようだし、この様子ならすぐに回復しそうかな。

「あっつ・・・」
「あ、おかゆを食べたので少し熱が上がったのかもしれません」
「あー、かもしれない。ただでさえ汗でべたついてるのに。明ちゃん臭くない? ごめんね」
「いえ、春さんの匂い、私は好きですよ」
「あ、そ、そう、ありがとう」

しまった、今のは少し変態っぽかった気がする。言うんじゃなかったか。
いやでも、こういう所いつまでも隠せないよね。しょうがないと思おう。
引かれてないと良いけど・・・。

にしても、気持ち悪いならどうにかしてあげないと。
病み上がりでお風呂は駄目だし、体を拭いてあげよう。

「春さん、体を拭きましょう」
「へ?」
「用意してきますね」

春さんに伝えたらその場を立ち、洗面器にお湯を張ってタオルを用意する。
お水じゃ体が冷えちゃうかもしれないから、お湯の方が良いだろう。
タオルは複数もって春さんの元へ戻る。

「春さん、上脱いでください」
「え、あ、あの、本当にやるの?」
「はい。気持ち悪いなら、あそうだ、先に着替えだしておきましょう。拭いてから着替えに手間取って体冷やすと駄目ですし」
「あ、うん、ちょっと待ってね、出してくるから」

春さんが立ち上がろうとするが、それは制して着替えの場所を聞く。
流石に春さんの服の場所までは知らない。そこまで知ってたら流石に変態が過ぎる。
春さんに聞きながら服を捜し、可愛らしい寝間着を彼の横に置く。
着ぐるみみたいな服だ。

「春さん、もしかしてこういうの好きなんですか?」
「い、いや、違う、気が付いたらこういうのしかないんだって! 信じて!」
「あ、はい、何となくわかりました」

多分お姉さんが定期的に入れ替えているのだろう。
因みに今着ているのは普通のスウェットだ。それでも可愛いけど。

「服脱がしますね」
「え、い、いや脱ぐぐらい自分でするから」
「そうですか? じゃあ濡れタオルの用意をしておきますね」

濡れタオルを絞って、春さんの体をふく用意をする。
予備を複数持ってきたのは頭も拭く為だ。気休め程度だけど、しないよりは気持ちいい。
でもまずは体が先だ。頭は後にしよう。体がさっぱりしてからの方が気持ち良いと思うし。

「じゃあ拭きますね」
「う、うん」

春さんが脱いだのを確認して、まず首から拭いて行く。
そして肩から腕、腕が終わったら背中、背中が終わったら胸とお腹。
力を込め過ぎないように、でもちゃんと汗を拭きとる様にしっかりと拭いて行く。
そして足を拭こうとして、春さんが下を穿いたままな事に気が付く。

「春さん、下も脱がせますね」
「え、い、いや、ちょっとまって、流石に下は自分でやるから!」
「あ、は、はい。じゃあこれ、新しいタオルです」

ズボンに手をかけると焦って拒否されて、あっけにとられながら新しい濡れタオルを渡す。
何でそんなに焦ったんだろうか。
看病なのだから、そんなに気にする事無いのに。

・・・あれ、看病って事で意識がいってなかったけど、春さんの裸を見てそれに触れている。
そんな今更な事に、本当に今更な事に気が付いた。
同時に春さんが焦った理由にも気が付いてしまった。

「その、少し向こうを向いていた方が良いですか?」
「う、うん、出来れば」

意識すると恥ずかしくなって、顔が熱くなってきた。心臓がバクバクしているのが解る。
背後から聞こえる春さんが服を脱ぐ音や、体をふく音が更に私の熱を上げる。
早く終わってくれないと、意識し過ぎてどうにかなりそう。

「えっと、明ちゃん、もう良いよ」

どうやら拭き終わったらしい春さんは、もう可愛い着ぐるみパジャマを着ていた。
何これ可愛いすぎる。写真撮りたい。

「春さん、写真撮っていいですか?」
「え、こ、この格好?」
「はい、駄目ですか?」
「あ、いや、うー・・・い、良いよ」
「ありがとうございます」

春さんの許可に深々と礼をしてから携帯端末で写真を撮る。
連射機能を使って、一番良いと思った物を残しておこう。
うん、これは帰ったら待ち受けにしておこう。それが良い。

「じゃあ、仕上げをしますね」
「仕上げ?」
「体は拭いたと思いますけど、顔周りと頭はまだでしょう?」
「あー、うん」

春さんの返事を聞いて、彼の後ろに回って頭を拭いて行く。
少し強めに、頭の皮膚を洗う様に。
これだと髪は余り綺麗にはならないけど、頭が痒いことは無くなるはずだ。
そして耳や耳の後ろ、顎や顔も優しく拭いて行く。

「サッパリしました?」
「うん、ありがとう、明ちゃん」

全て終わって彼に尋ねると、とても可愛い笑顔でお礼を言われた。
私はもうそれだけで満足です。ちゃんと訪ねて来てよかった。
最後にそっと着ぐるみの帽子をかぶせて、あまりの可愛らしさに心の中だけで悶絶していた。
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