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第6話
去年の夏の、「あの日」のはなし ②
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「あれ、これ早見くんじゃない?」
俺と黄色ハチマキ野郎が話しているなか、不意に佐原さんがそう言った。
見ると、部屋の壁に貼られていた写真を眺めていた。
ユニフォームを着た野球部のメンバー20人が、まじめな顔で2列に並んでいる。去年の夏の県予選の際に撮影したものだ。この部屋を好きに使っていた野球部の誰かが貼ったのだろう。後列の右から3番目に、俺がいる。
「なんか、この写真の早見くん、すっごい不服そうな顔してない?」
佐原さんが笑いながら現在の俺を見た。
俺のいる位置からでは表情までははっきり見えないが、この写真を撮ったときの気分が最悪だったことは今でも覚えている。
「エースナンバーの1番奪われてすぐだったからな。イライラがもろに顔に出てんだろ」
そう俺がいうと、佐原さんが少し驚いた顔をした。
「ってことは早見くん、もともとエースだったってこと?」
「……そうだけど」
「え、でもこの写真って、去年の夏だから早見くんまだ2年生だよね?」
「1年の夏にエースナンバーもらって、2年の夏に奪われたんだよ」
淡々と、事実のみを述べる。佐原さんは今度はきょとんとしている。
「えっと……それは残念?なんだよね?でも1年生でエースって、すごいことじゃないの?」
「……まあ、いろいろあんだよ」
佐原さんはそれ以上聞いてこようとはしなかったが、代わりに黄色ハチマキが、けっ、と気にくわなそうに口を開いた。
「ようするに、大型ルーキーだののせられて調子に乗ってたら、1個下にもっとすげえやつが入ってきて、すぐにポジション奪われたって話だろ」
相変わらず俺への当たりがキツいが、だんだんこちらも慣れてきた。というか、そういえばコイツとの話を途中でぶった切っていたことを思い出す。
自分が何をしていたのか覚えてないんだろうな……とついさっき意味ありげに話を始めようとしていたところを佐原さんに遮られていた黄色ハチマキは、いつ話に再び割って入ろうか機を伺っていたらしい。
「あ、わりぃ、お前の話の途中だったな」
めんどくさそうに俺がいうと、
「いやそもそもお前が聞いてきたんだろうが!!」
と輪をかけて不機嫌になっていた。
「まあいい……お前が無様に野球部のエースを奪われたって話も、まさに関わってくるからな」
黄色ハチマキはふん、とまた俺を鋭く睨む。
「教えてやるよ、俺たち科学部とお前との因縁を……」
「あ、この人知ってる」
ようやく話を再開しようとした矢先に、佐原さんが写真を見ながらつぶやいた。再びタイミング悪く遮られた黄色ハチマキは、今度は佐原さんを睨んだ。佐原さんたぶん、わざとやってんな、と俺は思った。
「オイ今度は何だよ!」
黄色ハチマキが言う。佐原さんが指さしていたのは、前列にどっしりと構えた、ほかのメンバーよりも肩幅の広い、いかにもスポーツマンのようなりりしい顔立ちをした男だった。
「何度か廊下ですれ違ったことある。あれだよね、プロのスカウトも見に来たって騒がれた1年生のコ。ほら、去年、学校中で話題になってたじゃん。うちのグラウンドでものすごいホームラン打って、校舎の窓ガラス割ったっていう……」
「そうだよ、そいつがやったんだ。東伊知郎っていう、怪物。……そんでそいつに俺はエースナンバーを奪われたんだよ」
極力冗談っぽく、俺は言ったつもりだったが、佐原さんはそれを聞いてはっ、と少し申し訳なさそうな顔つきをした。
「あ……そっか、なんかごめん……」
謝られても困るんだけどな、と俺は思いつつ、話を続ける。
「最初は俺も、1年生にエースナンバー奪われてたまるかって思ってたんだけどな。飄々と俺より速い球投げるし、おまけにバッティングもとんでもねぇし。俺の頑張りも空しく、だれの目が見ても東のほうがすげぇのは明らかだった。それに……」
「その東が校舎まで運んだ特大ホームランを打たれたのも、お前だもんな、早見」
痺れを切らしたらしい黄色ハチマキが、今度は俺の話を遮った。
「……そうだけど、なんでお前が知ってんだよ」
「なんで知ってるのか、だと?」
黄色ハチマキは呆れたような顔で俺を見た。
「じゃあ逆に聞くが、お前は知ってんのか?お前がその東伊知郎にかっ飛ばされた球が、
一体“どの教室の窓ガラス”を割ったのか」
「ああ?」
一体何の話をしてんだ、と俺は眉をひそめる……が、その直後ふと、頭の中でまったく別の場所にしまっていた話と話がすっとつながる、そんな感覚に陥る。
「いや、えっと……まさか」
「ようやく気づいたか」
と黄色ハチマキが言う。
去年の夏、甲子園予選前の紅白試合で、そのとき2年生だった俺が投げたストレートは、1年生だった東に真芯で捉えられ、100m近く離れた校舎まで運ばれた。そのボールは、北棟の3階のガラスを割った、ところまでは知っているが。渾身のボールをホームランされたことのショックで、それがどこの部屋だったのかなんて、当時の俺は気にもかけていなかったが……。
「あのとき化学室に飛んできたボールが、窓ガラスと一緒に、俺たち科学部の平和な活動も、夢も、粉々に砕いたんだよ」
哀しみと怒りに打ち震えたような表情と声だった……のだが、そう口にした黄色ハチマキは相変わらず緑色のホースでぐるぐる巻きにされ、椅子に座っている実にシュールな恰好だったので、いかんせんシリアスみが半減するんだよなぁ……と思っていたことはなんとかばれないように、俺は黄色ハチマキを静かに見つめた。
俺と黄色ハチマキ野郎が話しているなか、不意に佐原さんがそう言った。
見ると、部屋の壁に貼られていた写真を眺めていた。
ユニフォームを着た野球部のメンバー20人が、まじめな顔で2列に並んでいる。去年の夏の県予選の際に撮影したものだ。この部屋を好きに使っていた野球部の誰かが貼ったのだろう。後列の右から3番目に、俺がいる。
「なんか、この写真の早見くん、すっごい不服そうな顔してない?」
佐原さんが笑いながら現在の俺を見た。
俺のいる位置からでは表情までははっきり見えないが、この写真を撮ったときの気分が最悪だったことは今でも覚えている。
「エースナンバーの1番奪われてすぐだったからな。イライラがもろに顔に出てんだろ」
そう俺がいうと、佐原さんが少し驚いた顔をした。
「ってことは早見くん、もともとエースだったってこと?」
「……そうだけど」
「え、でもこの写真って、去年の夏だから早見くんまだ2年生だよね?」
「1年の夏にエースナンバーもらって、2年の夏に奪われたんだよ」
淡々と、事実のみを述べる。佐原さんは今度はきょとんとしている。
「えっと……それは残念?なんだよね?でも1年生でエースって、すごいことじゃないの?」
「……まあ、いろいろあんだよ」
佐原さんはそれ以上聞いてこようとはしなかったが、代わりに黄色ハチマキが、けっ、と気にくわなそうに口を開いた。
「ようするに、大型ルーキーだののせられて調子に乗ってたら、1個下にもっとすげえやつが入ってきて、すぐにポジション奪われたって話だろ」
相変わらず俺への当たりがキツいが、だんだんこちらも慣れてきた。というか、そういえばコイツとの話を途中でぶった切っていたことを思い出す。
自分が何をしていたのか覚えてないんだろうな……とついさっき意味ありげに話を始めようとしていたところを佐原さんに遮られていた黄色ハチマキは、いつ話に再び割って入ろうか機を伺っていたらしい。
「あ、わりぃ、お前の話の途中だったな」
めんどくさそうに俺がいうと、
「いやそもそもお前が聞いてきたんだろうが!!」
と輪をかけて不機嫌になっていた。
「まあいい……お前が無様に野球部のエースを奪われたって話も、まさに関わってくるからな」
黄色ハチマキはふん、とまた俺を鋭く睨む。
「教えてやるよ、俺たち科学部とお前との因縁を……」
「あ、この人知ってる」
ようやく話を再開しようとした矢先に、佐原さんが写真を見ながらつぶやいた。再びタイミング悪く遮られた黄色ハチマキは、今度は佐原さんを睨んだ。佐原さんたぶん、わざとやってんな、と俺は思った。
「オイ今度は何だよ!」
黄色ハチマキが言う。佐原さんが指さしていたのは、前列にどっしりと構えた、ほかのメンバーよりも肩幅の広い、いかにもスポーツマンのようなりりしい顔立ちをした男だった。
「何度か廊下ですれ違ったことある。あれだよね、プロのスカウトも見に来たって騒がれた1年生のコ。ほら、去年、学校中で話題になってたじゃん。うちのグラウンドでものすごいホームラン打って、校舎の窓ガラス割ったっていう……」
「そうだよ、そいつがやったんだ。東伊知郎っていう、怪物。……そんでそいつに俺はエースナンバーを奪われたんだよ」
極力冗談っぽく、俺は言ったつもりだったが、佐原さんはそれを聞いてはっ、と少し申し訳なさそうな顔つきをした。
「あ……そっか、なんかごめん……」
謝られても困るんだけどな、と俺は思いつつ、話を続ける。
「最初は俺も、1年生にエースナンバー奪われてたまるかって思ってたんだけどな。飄々と俺より速い球投げるし、おまけにバッティングもとんでもねぇし。俺の頑張りも空しく、だれの目が見ても東のほうがすげぇのは明らかだった。それに……」
「その東が校舎まで運んだ特大ホームランを打たれたのも、お前だもんな、早見」
痺れを切らしたらしい黄色ハチマキが、今度は俺の話を遮った。
「……そうだけど、なんでお前が知ってんだよ」
「なんで知ってるのか、だと?」
黄色ハチマキは呆れたような顔で俺を見た。
「じゃあ逆に聞くが、お前は知ってんのか?お前がその東伊知郎にかっ飛ばされた球が、
一体“どの教室の窓ガラス”を割ったのか」
「ああ?」
一体何の話をしてんだ、と俺は眉をひそめる……が、その直後ふと、頭の中でまったく別の場所にしまっていた話と話がすっとつながる、そんな感覚に陥る。
「いや、えっと……まさか」
「ようやく気づいたか」
と黄色ハチマキが言う。
去年の夏、甲子園予選前の紅白試合で、そのとき2年生だった俺が投げたストレートは、1年生だった東に真芯で捉えられ、100m近く離れた校舎まで運ばれた。そのボールは、北棟の3階のガラスを割った、ところまでは知っているが。渾身のボールをホームランされたことのショックで、それがどこの部屋だったのかなんて、当時の俺は気にもかけていなかったが……。
「あのとき化学室に飛んできたボールが、窓ガラスと一緒に、俺たち科学部の平和な活動も、夢も、粉々に砕いたんだよ」
哀しみと怒りに打ち震えたような表情と声だった……のだが、そう口にした黄色ハチマキは相変わらず緑色のホースでぐるぐる巻きにされ、椅子に座っている実にシュールな恰好だったので、いかんせんシリアスみが半減するんだよなぁ……と思っていたことはなんとかばれないように、俺は黄色ハチマキを静かに見つめた。
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