赤いボタンを押すとき

右京之介

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赤いボタンを押すとき

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        「赤いボタンを押すとき」

                         右京之介
 
 足元に広がる透明の床から、青くて美しい惑星が見えている。
どうやら、ほとんどが海のようだ。陸地に降りるとして、どこにするかな。
AIがはじき出した着陸地点は、ある街の小学校の校庭だった。
小学校? 何をする施設だ? ――宇宙人には分からなかった。

放課後。私はかき集めた落ち葉を大きなゴミ袋に詰め込んだ。二人しかいない園芸部のもう一人が風邪で休んでいたから、私が一人でやることになったのだ。
落ち葉でパンパンに膨れ上がったゴミ袋を見て、感慨にふける。
「我ながらよくやった。偉いぞ、私! さて、焼却炉まで持って行くかな。ヨイショ!」
ゴミ袋を肩に担いだとき、目の前に宇宙人が現れた。
小柄な体を銀色の服で包み、異様に大きな目をしている。
「われわれは宇宙人だ」定番のセリフを言ってきた。
「キミは一人なのだから、われわれという表現はおかしいよ」私は言ってやった。
「えっ? でも、AIがこう言えと……」
私は肩からゴミ袋を下した。「一人だから、ボクは宇宙人だ、でいいんじゃない?」
「そうですか。すいません」うなだれる宇宙人。
「うちの学校に何か用なの?」かわいそうに思ったので、きいてみた。
「UFOの燃料がなくなりそうなので、いただきに来ました」
 宇宙人が指差す方向に小さなUFOがプカプカと浮いている。
「燃料と言われても、ここはガソリンスタンドじゃないし」
「燃料はそれです」宇宙人は私の足元にあるゴミ袋を指差した。
「これ? こんなのタダであげるよ」
「えっ、いいんですか!?」
 いいのに決まってる。焼却炉まで運ぶ手間が省けるのだから。
「でも、落ち葉がUFOの燃料になるの?」
「はい。これだけあれば大丈夫です」
宇宙人はうれしそうに答えると、小さな手を広げて見せた。
丸くて赤いボタンがついた四角い箱が乗っていた。
「落ち葉をタダでいただくわけにはいきませんから、このボタンを差し上げます」
 私は渡された赤いボタンをじっと見つめた。
「クイズ番組で押すボタンじゃん。これを押すとどうなるの?」
 私が顔をあげると、宇宙人はUFOとともに消えていた。

 家路を急いていると、前からクラスのいじめっ子の男子が歩いて来た。
「よぉ、落ち葉の掃除は終わったのか」男子がニヤニヤしながら寄って来る。
「それ以上近寄るとこれを押すからね」赤いボタンを見せた。
「なんだそれは? 押したらどうなるんだ?」男子は立ち止まってボタンを見つめる。
「さあ、どうなるのでしょうね」実は私も知らない。
 私は赤いボタンを前に突き出しながら、ズンズンと男子に近づいて行く。
「ま、待て、来るな。早まるな。――じゃあな」
 男子はこれが爆弾とでも思ったのか、あわてて逃げて行った。
赤いボタンを持つと勇気が出てきた。でも、ボタンを押すことはしなかった。
私も怖かったからだ。何といっても宇宙人にもらったものだから、何が起きるか分からない。
 こうして赤いボタンは私のお守りとなって、たくさんの困難を乗り越えることができた。

 やがて、赤いボタンをもらった女の子は九十歳になり、老衰で亡くなった。
彼女の遺言には、自分を納棺したら、赤いボタンを押すようにと書かれていた。
 今、彼女はたくさんの花に囲まれて、小さな棺の中に横たわっている。
遺言に従って、孫の男の子が赤いボタンを押した。
棺の中の花がたちまち鮮やかな色へと変化し、みずみずしくなり、まるで今まで咲いていたかのように、生き生きと蘇った。
宇宙人は赤いボタンを押すことで、枯葉を新しい葉っぱに変え、UFOの燃料として、使用していたのだ。
色とりどりの新鮮な花が詰まった彼女の棺は静かに閉じられた。
葬儀場の上空には小さなUFOが浮かんでいた。   

                          (了)
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