パンドラ

猫の手

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二章

【約束-2】

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「俺達になにか用か?」

 村野が言った。

 一人が眉をつり上げ明らかな敵意を剥き出しながら返答する。

「ああ。用があるっちゃあ用があるな」

 チンピラ風の男はケンカ腰に言った。

「なんだと! ハッキリしない野郎だな」

 村野も敵意を剥き出しにした。

「やめなよ、村野。いきなりトラブルになるようにことを運ばなくても」

 修一は村野をなだめる。

「悪い。でもコイツらは一体、俺達になんの用なんだ?」

 村野は相手をうかがいながら修一に言った。

「僕に言われてもわからないよ」

「まあ、落ち着きなさい。血の気が多いのはいけない」

 もう一人のスーツ姿の男が間に入って言った。

「落ち着いてないのはそっちのチンピラみたいな奴もだぜ」

「村野。もうちょっと言い方変えなよ」

「俺は相手に合わせてるだけだ」

 開き直ったように村野は言った。

「ガキ、ちょっとばかし態度に問題があんじゃねぇのか! 俺達は別にケンカしに来たわけじゃねぇんだ!」

 チンピラ風の男は眉をさらにつり上げる。

「ちょっと、あなた達いきなりなによ。こんな暗い場所であんたらみたいな危なそうな人達が近づいて来たら誰だって警戒するわよ」

 蒼太が割って入る。

「そうよぉ。あなた達は危なそうだもの」

 紅太も続いて入った。

 相手は二人の会話に反応している。

(ハハ、僕と同じような反応だな)

 そう修一は思った。

「みんなとりあえず落ち着きなさい。荒木もよ」

 ずっと黙っていた女が口を開いた。

「けど、沙羅さん」

「落ち着くのよ。話が進まないわ」

 彼女は「沙羅明美さらあけみ」という女で端正な顔立ちに気の強そうな目をしている。見た目は三十代後半だと思えるが張りの良い肌と勝ち気な表情が若さを出していた。

「わかりました」

 沙羅の言葉に素直に従ったこの男は「荒木太一あらきたいち」といい、チンピラのような格好で、村野に負けないガタイの良い体をしている。

「それよりなんのようだ? 遊び相手探してんなら他行きな!」

 村野が言った。

「クソガキ! 黙ってねぇとぶっ飛ばすぞ!」

 荒木は我慢ならないようだ。

「やめなさい荒木! いちいち反応しないで!」

 そう言ってから沙羅はスーツの男に顔を向ける。

「池内どう? 探知機の反応は」

「やはり反応があります。そしてもちろん彼からの反応です」

 探知機を見ながら返事をするスーツ姿のこの男は「池内智明いけうちともあき」という男で沙羅の右腕的な存在。身なりはしっかりしている。細身の体だが身長は高く顔立ちは紳士的だった。

「あなた達に少しお願いがあるんだけど良いかしら?」

 沙羅は怪しい笑みを浮かべた。

「あんた。いきなり来たわけわかんない奴らのお願いを素直に聞ける奴がいると思うのかい?」

 村野が呆れたようにして言った。

「クソガキ! 沙羅さんに対して態度を選びやがれ!」

「なんだと!」

 村野と荒木は既に一触即発状態だった。

「やめなって! 村野もあなたも!」

 修一は止めに入る。

 オカマ達はこういう場面は苦手らしく大人しくしながら様子を見ていた。

「確かにその子の言う通りだ。二人ともいい加減にしなさい。私達はケンカをしにきたわけじゃないだろ。沙羅さんを困らせるな」

「わかりましたよ、池内さん。確かに目的を忘れちゃいけねぇ」

 荒木は怒りを押し殺しながら渋々言った。

「やっぱりなにか用があんじゃねえか。ハッキリしねえのが一番面倒だぜ」

 荒木の眉がつり上がるが沙羅が割って入る。

「それじゃハッキリ言うわ。実はあなた達の一人に用があるの」

 沙羅は意味深に言う。

「なによ、私達みたいにか弱い乙女はあんた達みたいな奴等に目をつけられることはなにもしてない」

 蒼太は怯えながら言った。

「そうよぉ、私達はただの乙女よ」

 紅太も怯えている。

「うるせぇぞ! オカマども!」

 荒木が怒鳴る。

「君達は関係無い」

 池内が言った。

「だから、なんなんだお前ら」

「村野、抑えなって」

「わかってるけどよ」

 村野は怒りを抑えた。

(村野、ケンカはしないでくれ。例え僕達のためでも……)

 修一はそう思いつつ沙羅達を見た。

 池内は探知機を見ながら沙羅に近づきなにやら呟いている。

「そう、やっぱり女の勘は当たるものね」

 沙羅は微笑を浮かべた。

「沙羅さん、間違いないですね。やはり、あの時の電波は彼の通信機器から発せられたようです」

「ノートパソコンとか他の通信機器を持ってないところを見るとスマホね」

 沙羅は微笑を浮かべながら修一を見る。

「荒木、彼を捕まえて! スマホを奪うのよ!」
 沙羅は声を上げて言った。

 荒木は修一に顔を向け嫌な笑みを作り舐めるように見た。

「小僧、スマホを渡してもらいてぇんだが」

 荒木は修一に詰め寄る。

「オイ! なに俺の友達に近寄ってんだ。調子に乗ってっとぶっ飛ばす!」

 村野が前に出る。デカイ体で戦闘体勢だ。

「どけ! クソガキ!」

 荒木が殴りかかろうとする。

「友達のためなら俺はトラブル上等なんで!」

 荒木が村野の顔を目掛けて拳を振るう。だが、村野は掌で荒木の拳を受け止めて握りしめ力を入れた。

「おっと、痛たた」

 荒木の蹴りが村野の脇腹に命中するが、怯むことなく村野が荒木の顔面にカウンターを入れた。荒木は軽く後ろによろめく。

「やるな、小僧」

 荒木は全くダメージを受けていないようだ。

「たかが二、三発で『やるな、小僧』って」

 村野はバカにしたように荒木に言った。

「そうかい」

 荒木は拳を鳴らす。

「そうだろ?」

 村野はニヤリとして言った。

「このクソガキ!」

 荒木がブチギレ、そのまま村野に突進する。

「おっと、あんたキレすぎ」

 村野も負けじとぶつかり取っ組み合いになった。

「村野やめてくれ!」

 修一は叫んだ。

(争いはゴメンだ)

 修一の声に反応して村野にスキが出来た。

 荒木が村野の首に腕を回し締め付ける。

「ぐっごご……っ」

「村野っ!」

 修一は飛びかかるが荒木の蹴りを食らいうずくまる。

「修一さん!」

「修一ちゃん!」

 オカマ達が修一に駆け寄る。

「どうしたクソガキ、俺はお前が大人しく降参するまで手は緩めねぇぜ」

 荒木は容赦なく力を加える。

「か……っぁ」

 苦しみながらも荒木の脇腹に肘をぶつけた。

「おっと……大人しくしとけば楽になんだよ」

 体を後ろに反らす形に村野の首を締め付け体重を掛ける。

「お前、村野を放せ!」

 修一は膝をつきながら荒木に向かって叫ぶ。

「クソ……」

 村野は息が絶えそうだ。

 見ていられなくなったオカマ達が口を開く。

「いやよぉ! もうやめて!」

 紅太が叫んだ。

「紅ちゃん! 村野さんを助けるわよ!」

 蒼太が言った。

 蒼太と紅太が勇気を振り絞り荒木に歩み寄る。

「ハイハイ、やめなさい」

 その時、沙羅は両手を叩きながら言った。

「荒木、離してあげなさい」

 荒木は沙羅の言葉に従った。

「ゴホ……はあ、はあ……」

 村野は地面に倒れた。

「修一君と言ったね? 私達は君のスマホに用があるだけなんだよ。なにも君達に危害を加えたいわけじゃないんだ。だから大人しくしてもらいたい」

 池内が言った。

「スマホ? なんでですか?」

 修一は首をかしげた。

「いいから持ってるスマホを渡せや!」

 荒木が語気を荒くする。

「修一、コイツらのスマホを盗んだりしたのか?」

 村野が言った。

「盗まないよ! 僕はなにもしてないし、僕も意味わからないし」

「彼はスマホなんか盗ってないわよ。私達の目的は彼のスマホの中にあるモノ」

(中にあるモノ……)

 修一はハッとした。

「君はもうわかってるんじゃないか?」

 そう言って池内が修一に歩み寄る。

「探知機の反応も完璧みてぇだしな」

 荒木も歩み寄り言った。

 村野達はわけがわからないと言いたそうに修一を見ている。

「修一さん、スマホの中にあるモノってなんなのよ?」

 気になったように蒼太が訊いた。

「修一ちゃん、一体なんなのぉ?」

 紅太も同じく訊いてくる。

「まぁ、修一とコイツらの関係はわかんねぇけど、理解出来んのはコイツらが修一にとって敵ってことだ」

 村野は立ち上がり修一の前で構える。

「なんだ小僧、まだやられ足りねぇか?」

 荒木は挑発的に言った。

「村野さんに近づかないでよ!」

「もう私達も黙ってないわよぉ!」

 先程までと違いオカマ達も立ち向かおうとする。

「みんなやめてくれ! これ以上争いはごめんだよ」

 修一が前に出る。

「その通りだ。さっきも言ったがコチラもことを荒立てたくない」

 池内が淡々とした口調で言った。

「僕が原因でみんなに迷惑を掛けたくない」

 そう言って修一は地面を見つめた。

「修一……」

 村野は呟いた。

「多分だけど、この人達の目的がわかったよ」

 沙羅が修一を見ながら微笑を浮かべた。

 修一は右ポケットに手を入れケータイを取り出す。

「それでいいんだ。さあ、渡しなさい」

 池内が手を差し出す。

「やっぱりか……。じゃあ、あなた達はアドレスを……」

「そうよ、私達にとって大事なものよ。正確にはアドレス自体のプログラムだけどね」

「渡したら僕達になにもしないって約束してくれますか?」

 修一が不安げに訊いた。

「ええ、素直に渡したらね」

 修一は疑わしそうに沙羅を見た。

「早くしろやガキ! 池内さんが手を出してんだろが。早くスマホ渡しやがれ!」

 荒木が痺れを切らし怒鳴る。

「修一、渡したくねぇんなら渡すな! 大事なもんなんだろ?」

 修一は少し考え込む。

「実は僕もよくわかんないんだよ。大事なんだけど、それより気になってるんだ、アドレスの謎を」

 痺れを切らしたように池内がスマホに手を伸ばす。

「それは君が知るべきことじゃないんだよ。ほら、スマホを渡しなさい」

 修一は手を払いのけ後ろにさがる。

「渡す前に聞かせてくれ、このアドレスは一体……」

「だからてめえには関係ねぇ!」

 荒木が修一に近寄る。

「荒木! やめなさい!」

「沙羅さん、すいません」

 荒木は怒りを沈め後ろにさがる。

「悪いが、君のワガママを聞いてはいられないんだよ」

 池内が少しばかりウンザリしたように言った。

 沙羅は考え込むように顔を下に向けている。

「悪いんだが俺達もそのアドレスのことが気になるぜ。さっきから話が見えてこねぇんだがな」

 村野が言った。

「そもそも、なんでアドレスがあんたらに関係するのよ?」

「そうよぉ、よくわかんないわぁ」

 オカマ達が村野に続く。

「だから何度も言わせないでくれ、君達には……」

「まぁ、いいわ。知りたいのなら少しだけ教えてあげるわ。ただし彼にだけよ」

 池内の言葉を遮って沙羅が修一に顔を向けて言った。

「沙羅さん! 大丈夫なんですか?」

 池内が驚いた表情をして言った。

「沙羅さんがそう言うんなら俺は文句ないですけどね」

「しかし……」

「池内、私の判断よ」

「わかりました……沙羅さんがそう言うのなら……」

 池内は沙羅に従った。

「それじゃ、私と二人だけで話しましょう。あっちの離れた場所でゆっくりとね」

 沙羅は敷地の奥を指差し、促すように修一に顔を向け言った。

「修一、気をつけろよ! コイツらスキをついてなにやっかわかんねぇかんな!」

 村野が割って入り言った。

「フフフ、話し合いに暴力は不要よ。騒いでるのは荒木とあなただけよ。わかってるのかしら?」

 沙羅は不敵な笑みを村野に返す。

「ちっ……」

 村野は不満げに舌打ちをした。

 修一と沙羅は奥のコンクリートブロックの置かれている場所に向かう。
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