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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方
ケーキドーナツが繋ぐ絆(前編)
しおりを挟むーー時は遡り去年の秋に起きたオーギュスト国のシャルロット誘拐事件が起きた直後のころ。
クライシア大国の本殿の応接間でゲーテ王子はグリムと二人きりでお茶を飲んでいた。
「……俺はミレンハン国へは帰らない。正式な物ではなく書簡でだが、父上にもちゃんと了承を貰ったぞ」
ゲーテ王子は強い眼差しをグリムに向けた。
グリムは渋い顔をしてゲーテ王子に返す。
「何故ですか?貴方は仮にも王位継承順位一位の王子なんですよ?そろそろ国に帰って王位を継ぐための勉強や仕事もしていただかないと……」
「正式に廃嫡してもらうつもりだ。今までも王子としての公務は第三王子のトーマがやってたんだろ、有能で人望のある弟に王位は譲るつもりだ。あいつの方が王には相応わしいだろ。何より本人にやる気があるようだし。長男が継がなきゃいけないって決まりもない。父上もお祖父様の妾腹の子だったろ?それに、俺も王なんて興味ないしな」
「ーーー!」
グリムは眉間に皺をたっぷり寄せてゲーテ王子を睨む。
「僕は認めていません」
「お前の意見なんかどうでもいい。国王である父上がお認めになったんだから……」
「……シャルロット姫ですか?」
「はあ?なんでここでシャルルの名前が出てくるんだ」
「いただくお手紙の中でよくシャルロット姫の名前が出ていました。最近は二人で城下町デートまでしたとか。王子がここまで女性にご執心なさるなんて初めてのことじゃないですか。国に帰りたくないのも、彼女と離れたくないからですよね?」
「~~な訳あるか!くだらん。話は終わった。お前は、さっさと国へ帰れ」
「……っ、王子!僕は……っ」
ゲーテ王子はグリムに背を向けると部屋を出て行った。
グリムは彼の背中を追おうとソファーから立ち上がるが、王子は荒っぽく扉を閉めて退室していた。
*
*
とある春の朝。
シャルロットは馬車に乗り城下に降りていた。
第二騎士団の騎士アヴィの実家の侯爵家のお屋敷は中心街を外れたところにあった。
数年前に建て替えられたそうで、比較的スタイリッシュで新しいデザインの大きなお屋敷だった。
オリヴィア小国とミレンハン国の王族二人がお邪魔すると訊いてアヴィの父マーク侯爵が侍女や執事をバックに揃えてわざわざ出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました!姫、ゲーテ王子も。妻は生憎 遠方へ出ているので顔向けできず大変申し訳ございません」
マーク侯爵はアヴィと、シャルロットの護衛のために付いてきた第一騎士団の騎士キャロルの実の父親だ。
楽しげに父と挨拶を交わすアヴィとは対照的に、キャロルは無表情のままそっぽうを向いていた。
マーク侯爵はキャロルに気付くと表情を緩ませてクネクネ動きながら猫撫で声でキャロルに駆け寄った。
「キャロルちゃあん、久しぶりじゃないか~!大きくなったなあ!私の可愛いウサギちゃん。騎士の叙任式以来じゃないかあ!」
「近寄るな!ウサギちゃんって言うな!俺は遊びに来たんじゃない!姫様の護衛で来たまでだ!じゃなかったら誰がこんな家に来るか!」
以前アヴィとキャロルが異母兄弟だと教えてもらっていた。
アヴィはマーク侯爵の正妻の子供、アヴィの上にもう一人正妻の子供がいて、キャロルはマーク侯爵が外で養っている愛人の子供。
政略結婚が主流のこの世界では、このように他所で愛人や家庭を持つ貴族も珍しくはないそうだ。
反抗期からか、父親を毛嫌ってるキャロルとは違ってマーク侯爵は息子を溺愛している様子だ。
「父上、台所借りて良いよね?王子様に料理を教えるんだ~」
「ああ、そうだったなぁ!どうぞどうぞ、ゆっくりしていってください!」
廊下を歩きながらアヴィはキャロルを優しく咎めた。
「お前、もう少し父上に優しくしなよ。ついでに俺(おにいちゃん)とも仲良くしろ」
「外で家庭を持ってる不誠実な男をよくそのように慕えるもんだな。お前の神経が分からないよ」
「なんだ、潔癖な男だなあ。俺様のお祖父様なんか愛人が十二人もいたぞ?」
ゲーテ王子はゲラゲラと笑った。
傍に居たユーシンは苦笑いしている。
「全然、不誠実な父親じゃないわ。マーク侯爵って本殿でよくお会いするわよ。会う度にキャロルさんやアヴィさんは元気かと訊いて来るもの。貴方達のこと、本当に大事に思ってるのね」
「……暇なんでしょうよ」
「ふふ。そうかしら。社員食堂にもマーク侯爵が資金援助してくれたのよ。未だ反対派の貴族も多い中、ありがたいわ」
「……あの人がそのような事を?……」
キャロルは驚いたような顔をしていた。
本当は息子達には黙っていてくれと頼まれていたのだが……。
程無くして侯爵家の台所に到着した。
社員食堂より広いし機能的なキッチンにシャルロットは目を輝かせた。
「最新の魔道具を取り揃えてあるんだよ~、ほら、この魔動式かまどなんて指一本で火が付くんだ」
「まあ、ガスコンロみたいですわ!良いわね~食堂にも欲しいわ」
「母上が商会の会長やってるんだけど、そこの新商品だよ。シャルルさん、ぜひ買って買って~」
アヴィはヘラヘラと笑ってる。
「姫様、今日は何を作るんですか?」
「ケーキドーナツよ、グリムさんに作ってあげるのよね?」
「ふん、甘い物でも食えばあいつも機嫌を直すだろ」
「グリムさん、様子がおかしかったわよね?私をミレンハン国へ輿入れさせるとか突拍子も無い事仰るし……」
「まあ、いつものアイツだったらそんな馬鹿げた事言わないよな。ったく、何考えてんだか」
シャルロットはゲーテ王子と顔を見合わせ、考えてみたがグリムの腹の中など分かるはずもなかった。
「シャルルさん、小麦粉持ってきたよ。これで良いですか?」
アヴィは小麦粉の入った紙袋をシャルロットに手渡した。
「じゃあ、早速作ってもらいます。まずは小麦粉を……」
「このボウルに入れるんだろ?」
ゲーテ王子はドバッと勢いよくボウルの中に小麦粉を投入した。
「ちゃんと計量してください!お菓子作りは計量が命ですわ!」
「……わかったよ」
渋々台の上にあった測りを使用し小麦粉の量を調整し始めた。
お菓子作りは初めてで大雑把なゲーテ王子だが、真剣な顔をして材料を順序よく混ぜていく。
そうして出来上がった生地を絞り袋に入れて紙の上に円状に絞り出す。
ゲーテ王子はシャルロットの指示通りに絞り袋を握るが、緊張しているのか力が入り過ぎて歪な形になってしまった。
シャルロットは隣でクスクス笑う。
「シャルル!わ、笑うな!」
「ご、ごめん……。ふふ、頑張って!」
「王子ってば下手くそ~!」
「なんだと!?」
アヴィが笑って冷やかしている。
彼らのやりとりを微笑ましそうに見ながらユーシンやキャロルも絞り袋を手に成型作業を手伝っていた。
「アヴィさん、揚げ油の準備はできているの?」
「バッチリだよ~!」
紙の上に絞り出した生地を紙ごと熱した油の中に落とすのだが、揚げ油にビクビクしているゲーテ王子。
「ゆっくり入れてね、油が跳ねますわ」
「おう」
アヴィの実家の屋敷にある業務用並みに大きな魔動式のフライヤーは、一度に大量のドーナツを揚げるのに適している。
社員食堂に導入してはどうかと以前アヴィから勧められていたものだ。
確かに便利で使い勝手も良さそうだ。
ゲーテ王子は恐る恐るといった感じに油の中に生地を落とした。
「姫様、ドーナツをたくさん作るんですね?」
「騎士団の皆さんにも配りたいそうよ、ゲーテ王子の提案なの」
「シャルル、それは言わない約束だろ!?」
ゲーテ王子は顔を真っ赤にしてシャルロットに顔を向けた。
「ゲーテ王子!鍋から目を離さないでください!」
「お、おう」
逆にシャルロットから怒鳴られてしまい、ゲーテ王子は真剣な顔に戻り鍋を見つめた。
*
大量に揚げたドーナツをバスケットに詰めて、アヴィの屋敷で軽くランチを済ませたシャルロット達は馬車に乗り城へ帰ることになった。
「キャロル……!」
乗ってきた馬の前に立つキャロルに、マーク侯爵が走って駆け寄る。
「何ですか?今は仕事中なんですけど」
キャロルは冷めた目と冷たい声を実父であるマーク侯爵に向ける。
マーク侯爵は構わず笑顔でキャロルの手を握った。
「たまには顔くらい見せに来なさい。お前になんと言われようと、私はお前の父親だ。お前もアヴィも、私の可愛い息子だ」
「……半分獣人の俺が、第一騎士団に入れたのは貴方の後ろ盾のお陰です。それは感謝しています……、その……、これ」
キャロルは小さな包みをマーク侯爵に差し出した。
「これ……」
「あ、後で食べようと思っていたドーナツです!…父さん、どうぞ」
「あっ、その不細工でこじんまりしたドーナツ、キャロルが作ったやつだね!」
余計な事をポロリと漏らしたアヴィの脛をキャロルは蹴った。
痛がるアヴィ。マーク侯爵はパァッと嬉しそうな笑顔になって包みの中からドーナツを取り出しパクパク立ち食いした。
「う、うまい!うまいぞ!なんて美味しい揚げ菓子なんだ!ブラボー!」
涙を流しながら大袈裟に声を張る父親の奇行にキャロルは顔を真っ赤にしてあたふた慌て始めた。
アヴィやシャルロットや屋敷の使用人たちも微笑ましそうに父子の様子を見守っていた。
「マーク侯爵って親バカね」
「アヴィがよく親の話をするんですが……想像以上っす」
「おい!シャルル、さっさと馬車に乗れ!城に戻るぞ!」
「あ、はぁい」
シャルロットは馬車に乗り込んだ。
ゲーテ王子もグリムさんと仲直りできるといいのだけれど……。
窓の外を見つめ、シャルロットは春の空を仰ぎながらお日様にそっと祈った。
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